「塾通いは4年生から」という中学受験の常識が変わりつつある。中学受験情報局「かしこい塾の使い方」主任相談員の西村則康氏は「偏差値にとらわれた学校選びは、大学受験でむしろ不利になる恐れがある。このため塾通いを1〜2年の短期間でおさえる“ゆる受験”が増えている」という――。
※本稿は、プレジデントFamilyムック『中学受験大百科 2021年完全保存版』の一部を再編集したものです。
■大手塾は立場上、話したがらないが…
「中学受験をする場合、塾は最低でも小4から」「習い事はあきらめないと、志望校には合格できない」「3年間、親は子供に付きっ切りで勉強を見てやる必要がある」。こうしたことは、長らく中学受験の世界で「常識」とされてきた。
しかし近年、1〜2年の短期間の塾通いで中学受験を行う層が増えつつあると、中学受験情報局「かしこい塾の使い方」主任相談員の西村則康氏は言う。
「ここ数年、中学受験は過熱する一方です。少子化傾向にもかかわらず、受験者数は2015年以降増加傾向にあります。そんな中、従来とは異なる受験スタイルを選択する家庭が増えてきました。『習い事を続けたまま受験をしたい』『受験勉強はさせたいけれど、塾に3年間通わせるのは大変なので、1年だけ受験勉強をさせて、中堅私立に進学させたい』『4教科まんべんなく勉強するのではなく、子供が得意な分野を評価してくれる試験方式の学校に進学させたい』といった“ゆる受験”への指導の要望は近年増加傾向です」
背景には、家庭の教育観の多様化、入試制度の変革があるようだ。
「従来の4教科型、算数と国語のみの2教科型に加え、英語やプログラミング、思考力など必ずしも膨大な量の暗記を必要としない新しいタイプの試験も増えており、気軽に挑戦する家庭が増えてきたのです」
中学受験専門のプロ家庭教師、瀬川和士氏にも、短期決戦での受験の相談が増えているそうだ。
「大手塾は立場上、話したがりませんが、受験の過熱は中堅〜上位の学校を中心とした話です。1年だけの受験勉強で受かる学校はたくさんありますし、なかには魅力的な学校もたくさんあります。習い事や得意なものを伸ばしつつ、偏差値的におトクな学校に入るのは、新しい選択肢になっていくかもしれません」
■「中学受験での偏差値50は高校受験での偏差値70くらい」
ゆる受験を選択した場合、1年間の受験準備をして狙えるのは、偏差値50程度の学校になると西村氏。
「偏差値50と聞くと、ちょっと低いのではと思ってしまう親御さんも多いかもしれません。しかし、受験塾に通う優秀な子供たちの中で、真ん中くらいの成績にあたります。また、中学受験での偏差値50は高校受験での偏差値70くらいに相当します」
1年間の受験勉強で合格できる学校の中にも、魅力的な教育をしてくれる学校はたくさんあるそうだ。
「歴史や伝統、高い教育力があるのに、派手にPRすることを好まないために、あまり知られていない学校が埋もれているのです。こうした学校は特に伝統的な女子校に多いですね。中高一貫教育に携わってきた歴史が長く、情操教育や進路指導について蓄積したノウハウがありますし、先生たちの質も高いです」(西村氏)
西村氏が薦めるのは、共立女子、跡見学園、山脇学園だ。
「共立女子、跡見学園は20年ほど前まで、女子校トップの桜蔭の併願先として人気でした。共学校の躍進もあり、このところ偏差値は低迷傾向ですが、教育力が下がったわけではありません。共立女子は内部進学の権利をキープしつつ、難関大を目指すという子が昔から多いため、進学指導の力には定評があります。山脇学園は面倒見が良く、GMARCHに多数合格者を輩出しています。3校に共通していえるのは、子供たちが自分のやりたいことを見つけて6年間打ち込める、のびのびした雰囲気があるということ。また、ベテラン教員が若い教員を上手に教育し、それぞれの校風になじませている印象があります」
瀬川氏が薦めるのは、三輪田学園、富士見、普連土学園の3校だ。
「私も数多くの学校を見てきましたが、三輪田学園は教員の指導力が極めて高い学校です。富士見はGMARCHをはじめ、国公立大学にも多くの現役合格者を出し、2020年は東京大学の推薦入試合格者も出ています。また、山種美術館とのつながりから情操教育への造詣も深いです。偏差値程度というのはかなりおトクといえるでしょう。普連土学園は英語教育にたけており、塾なしで多くの生徒がGMARCH以上へ進学しており、1学年120人ほどの小規模校で面倒見が良い学校です。1年での合格は少し難しいですが、ぜひチャレンジしてほしい学校ですね。こうした伝統校は、有名大学への指定校推薦枠が充実しており、新設の人気校と比べて偏差値のわりに大学進学に有利といえるでしょう」(瀬川氏)
西村氏によれば、共立女子については2年程度の対策期間が必要になるものの、その他の学校であれば、6年生の夏休み前までに受験勉強を始めれば十分狙える範囲だそうだ。
■ゆる受験でオススメの男子校
一方、男子におすすめの学校はどうか。男子校は女子校に比べて数が圧倒的に少なく、選択肢は多くはないが、その中で西村氏は、聖学院と桐光学園を推す。
「聖学院は100年以上の歴史があるキリスト教系の男子校で、1学年が150人ほどのアットホームで面倒見の良い学校です。昔から英語教育には定評がありましたが、近年はレゴを使ったものづくり思考力入試でも注目されているように、プロジェクト運営を通して生徒が自分たちの力で探究し、体験する協働学習にも力を入れています。桐光学園の男子部も、以前より偏差値は下がっていますが、学習の面倒見がよく、GMARCH以上の私立大学を中心に多数の合格者を出しています」
瀬川氏は、獨協と日本大学豊山を薦める。日大豊山は日本大学の付属校の中で唯一の男子校である。
「獨協は130年余りの伝統があり、獨協医科大学と同じ学校法人が運営するため、昔から医師の家庭の子供が多く通っています。自由な校風で、学力面でも男子特有の成長曲線に合わせた着実なカリキュラムを組んでいます。日大豊山は日大への内部進学者が8割近くにのぼり、他の付属校に比べて内部進学が圧倒的に有利です。中高6年間は部活動などを思い切り満喫できるという点では良い選択だと思います」
「うちもゆる受験に挑戦したい」という家庭は、具体的に何から始めればよいのだろう。まずは日常的に読み書きと計算の習慣を身につけさせてほしいと両氏は口をそろえる。
「偏差値50程度の学校の入試問題は、標準的な学力を確認するオーソドックスな問題がほとんどです。私が家庭教師として指導するときは、初日に計算では九九や、四則計算のルール、分数と小数の変換、単位の換算、割合と速さの基本など教科書レベルの内容を正しく理解できているかを見ます。国語であれば、会話できちんと聞かれたことに答えられているかや、語彙(ごい)力がしっかりあるかをチェックします」(瀬川氏)
■「大手塾は頼れない」ゆる受験の勉強法
次に塾選びだが、西村氏は「残念ながら残り1年で引き受けてくれる塾はほとんどない」と言う。
「大手塾は進度が速く、6年生になるまで学校の勉強しかしていなかった子は授業についていけません。比較的ペースがゆるやかな日能研か栄光ゼミナールならギリギリなんとかなるかもしれませんが、10人以上の集団授業はきついでしょう。小回りが利く地元密着の中小塾や個別指導、家庭教師などに志望校を伝えて、基礎を丁寧に教えてもらうのが近道です」
受験教科は「国語・算数に絞り込んだほうが効率的」と西村氏は2教科型受験に特化する勉強を勧める。
「特に算数は学校の勉強と入試問題とのギャップが大きい教科なので、できれば10月ごろまでには『中学入試 でる順 過去問 計算合格への920問』(旺文社)といった計算問題集を1冊、さらに文章題については『小学高学年 自由自在 算数』(増進堂・受験研究社)で基礎レベルのみ例題の説明を読んで理解したうえで、同じシリーズの『小学高学年 算数 自由自在 問題集』の基礎問題をやっておくといいでしょう」
一方、4教科型の場合には、「理科と社会を基礎問題集『メモリーチェック』(みくに出版)でしっかり仕上げるように」と西村氏は言う。
「オーソドックスな問題がメインなので、基礎固めや問題演習が入試対策に直結します。できるだけ、標準レベルの問題を落とさないように学習していきましょう」(西村氏)
瀬川氏によると夏休みから晩秋にかけて、「四科のまとめ」(四谷大塚)を使って基礎固めを仕上げ、月半ば以降は過去問に取り組めるように進められたらベストだそうだ。
「冬休みから本格的に過去問を使い問題演習に入ります。ただし親は過去問を早めに入手し、出題レベルや傾向を確認しておくこと」(瀬川氏)ここに紹介した方法で攻略できるのは、オーソドックスな問題を出す学校のみ。同じ偏差値帯でも、出題傾向が独特な学校の場合、受験勉強のスタートを数カ月程度前倒しにして、対策の時間を取る必要がある。
「受験家庭はつい、偏差値にとらわれた学校選びをしがちです。実際には、手ごろで面倒見の良い学校もありますし、家庭ごとのスタイルに合った受験も可能です。ぜひ、ご家庭で無理のない“ゆる受験”を探ってみてください」(西村氏)
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加藤 紀子(かとう・のりこ)
フリーランスライター
ライター。子育てが一段落してから教育関係の取材・執筆を本格的に開始。教育専門家に取材したことから得た知見や、国内外の最新研究から得た子育てのコツを盛り込んだ初の著書『子育てベスト100』は現在17万部のベストセラーに。1男1女の母。
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(フリーランスライター 加藤 紀子)
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