大学入試の提言を読む 英語教育のガラパゴス化を放置(鈴木寛) – 教育新聞

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2025年以降の大学入学共通テストでの英語4技能試験と記述式問題の導入について、文科省の検討会議が「実現は困難」とする提言をまとめたことを受け、文科省は近く導入の断念を正式に決める。Society5.0の到来に向け、高校の学習指導要領の改訂から、共通テストの導入を柱とする大学入学者選抜と大学教育の刷新まで、一貫した改革を目指してきた高大接続改革は、大きな曲がり角を迎えた。元文科副大臣・前文科大臣補佐官として高大接続改革を推進してきた鈴木寛・東大・慶大教授と、実質的公平性の実現を掲げて共通テストへの英語民間試験と記述式問題の導入に反対してきた検討会議メンバーの末冨芳・日大教授=7月29日掲載=に、それぞれの視点を聞いた。2回に分けて掲載する。

鈴木教授は「高校の学びで、これからの時代に必要なコミュニケーション英語や、思考力・判断力・表現力を重視しているのは、一部の学校に限られている。それを全ての高校に広げるためには、大学入試でなるべく広く英語4技能と記述式を問うようにするしかない、というのが改革の狙いだった。共通テストに導入できない理由を並べてみても、元々の本質的な問題が解決されるわけではない。特に、これまで20年間放置されてきた英語コミュニケーション能力はさらに放置状態が長引くことになり、このままでは今すでにある格差が一段と拡大してしまう。各大学が個別試験で対応するしかないのなら、英語4技能試験と記述式問題の促進策をもっとはっきりと進めなければならない」と指摘する。

 (聞き手・教育新聞編集委員 佐野領)

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探究学習 高校の学びは大きく変わった
――高大接続改革は13年に教育再生実行会議の第四次提言で打ち出されて以来、学習指導要領の改訂とも並行して進んできました。その大きな柱だった共通テストへの英語4技能試験と記述式問題の導入は、文科省の「大学入試のあり方に関する検討会議」がまとめた提言で、新学習指導要領で学んだ高校生たちが大学に進学する26年度以降も断念される方向になり、高大接続改革は軌道修正を迫られています。

高大接続改革の進捗(しんちょく)状況を私なりに総括してみます。いよいよ来年4月から高校で新しい学習指導要領が全面実施されます。小中学校は科目の追加などですが、高校は劇的に変わりました。理数探究、総合探究というプロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)型の導入、教科では「情報」が新設され、「公共」「歴史総合」「地理総合」が必修科目となります。

その大前提として、学校教育法が目指す知識・技能だけではなく、思考力、判断力、表現力を重視し、主体的に多様な他者と協働する力、学びに向かう力、人間性を育むという大目標があり、それを受けて学習指導要領が改訂されました。

第1に、探究学習についてです。これは、大学入試が変わってきたことが、高校の学校現場に大きな影響を与えています。学習指導要領が改訂され、国立大学協会(国大協)が総合型選抜(旧AO入試)を3割にする方針を出し、今年の入試を見ても2割ぐらいになっているので、国立大学は着々と3割に向かって進んでいます。これを受けて、地方の公立高校でも探究学習をしっかりやっていこう、という動きが出てきています。

その証拠に、例えば、探究学習の成果を競う「高校生マイプロジェクトアワード」は、8年前は18人の参加だったのが、今年3月には全国から4905プロジェクト、1万3743人の高校生が参加している。これに応募してくるのは探究をやっている高校生の一部なので、全国で5万人から10万人くらいの高校生が何らかの形で探究活動を始めているとみられます。新学習指導要領は始まってないのに、これだけ先行した動きが出ている。探究学習は明らかに動き始めました。

これまで、地方公立高校の中には、AO入試に対して否定的な立場をとってきた高校も少なくありませんでした。AO志望者に対して、教員がハラスメントに近いことも行い、それを見た多くの後輩たちが、AO入試をやむなく断念せざるをえない雰囲気が充満していた学校も地方には珍しくなかったのです。なぜなら、地方の高校のKPIは国公立大学の合格者数だったからです。しかし、今回の改革によって、そうした高校において、総合型選抜を生徒が目指す自由が実現されつつあります。もちろん、まだ、探究学習の意義や指導法がよく分からない、という学校は多いですが、総合型選抜を目指す生徒の人権を露骨に踏みにじっていた学校の態度は劇的に改まりました。やはり入試の影響は大きいことを痛感しています。

探究学習はアクティブ・ラーニングの本流でしたから、この方向は定まってきた。これからの課題は、この動きをどうやってスケールアップしていくか、探究を指導する教員の支援などサポート体制をどう組んでいくか、といったことだと思います。

記述式学習 上位校では変化

第2が記述式問題についてです。思考力、判断力、表現力は言語活動によって支えられ、その学習成果を測ることが記述式問題の狙いです。学習指導要領では20年前から思考の基礎となる言語活動の充実がうたわれていますが、大学入試には出ないということで、多くの公立高校では本格的な記述式の指導が行われていないのが実態でした。

この点については、ほぼ全ての国立大学が個別入試に記述式を取り入れ、早稲田大学政治経済学部も一般入試で記述式を導入することになったことで、塾・予備校も含めて、高校生の学びに変化が出てきていると思います。これまでも、旧帝大や慶應義塾大学など、個別試験で相当タフな論述を出題する大学を受ける受験生は、論述力や記述力を3年間みっちり学んできました。ただ、そうした高校生は全体の5%に満たないですし、しかも、旧帝大を目指す高校生が過半数以上在籍している高校は、ごくわずかでした。地方国立大学の論述導入の動きは地方の公立高校に、早稲田大学の改革は都会の私立および公立の高校の上位校を中心に、それぞれ大きな影響を与えています。その意味では、記述式問題についても目的は達成しつつあるのかなという気もします。

実は、私は文科大臣補佐官だったとき、記述式問題については、当初、国立大学のほぼ全てと早稲田大学の導入のめどがたった段階で第一段階としては十分ではないか、共通テストへの導入を急がずともいいのではないかと文科省の若手に言ったことがあります。しかし、それに対して、日ごろは朴訥な文科省の若手官僚たちから「それは大臣補佐官、選民思想です」と𠮟られました。私もはっとして、「私が間違っていた。全ての高校生の論述・記述力を向上させるために、共通テストについても、自分も最大限尽力する」と率直に反省しました。

確かに、上位校の高校生だけが記述・論述力を磨けばいいわけではありません。「自ら考え、自ら行動する」ためには、論理力を磨くのに最も資する論述力を身に付けることは必須です。マニュアルを覚えて、それを暗記して、それを再現するという能力はどんどん人工知能やロボットに置き換えられてしまいます。フランスは全ての大学進学希望者にバカロレアの試験を課していますが、膨大な量の論述問題がその中心となっています。

共通テストへの記述式の導入は今回見送られたわけですが、当初から懸念していた通り、個別入試に任せると、中小の私立大学はついて来られません。現に、文科省が行った2020年度大学入試の実態調査によると、個別試験を「客観式」問題だけで行っている大学の割合をみると、国立大学が18.4%なのに対して、私立大学は74.7%を占めています。多くの私立大学は記述式に対応できてないということです。

記述式問題は、まず80文字で導入して、それを120文字に増やし、最終的には200文字や400文字にしたかったわけですが、実態調査によると、121文字以上の記述式問題を出題したのは、国立大学が11.9%に対して、私立大学は1.2%しかない。

大学の学びは、論文を読み、それをきちっとまとめてリポートの形にするのが基本中の基本です。そのための準備ができているかどうかを測ることが、大学入学者選抜で記述式出題を出題する目的の一つです。それを個別試験に委ねた結果、やはり非常に多くの私立大学が対応できていない。知識の暗記に偏りがちな客観式の試験をまだ続けている、ということです。中小私立大学が独自に作問をし、採点をするだけの人員を抱えていないことは分かっていました。また、記述式を出題すると受験生に敬遠されます。一斉導入ではなく各私立大学の自主性に任せると、受験者数を確保し、受験料収入を確保したい私立大学は、導入するかどうか様子見をします。こうした事態は当初から予想されたことでした。だから、共通テストで記述式問題を導入したかったわけです。

一方で、国立大学と早稲田大学政治経済学部のような私立の難関大学が記述式問題を導入したことで、進学校の教育や高校生の学びは、国立大学や私立の難関大学を狙う上位校の高校生の中では劇的に変わってきました。しかしながら、それ以外の高校の学びは従来のままです。結局、格差がさらに拡大してしまいます。進学した大学における学びでもさらに格差が広がり、おそらく就職の時にさらなる格差につながってしまう。思考力や判断力、表現力が伴わない人材は近い将来、AIやロボットに代替されてしまう恐れが大きいわけで、そうした大学の卒業生の失業リスクは高まります。これによって、若者たちの生涯のウェルビーイングに、かなり格差がついてしまう懸念がある、ということです。

英語4技能 20年間の放置状態がさらに長引く

第3が英語4技能です。個別試験での導入にこぎつけたのは、立教大学など、ごく一部の大学だけ。国立大学はほぼ何の動きも示してないし、私立大学も個別入試での導入は現段階ではほとんど起こっていません。

英語4技能の問題は、学習指導要領が1999年に英語コミュニケーション能力の重要性を指摘して以来、20年間放置されてきました。学習指導要領だけではありません。教育基本法に基づく第3期教育振興基本計画においても、高校では、CEFR A2レベル以上の英語力を有する生徒の割合を50%にすることを目標に定めています。2019年度の英語教育実施状況調査によると、平均値は43.6%でした。目標を達成しているのは、秋田、福井、富山、兵庫の4県だけです。47都道府県のうち4県でしか、目標が達成されていません。

こうした“学習指導要領違反および教育振興基本計画未達”の現状に対して、20年間、公立高校、文科官僚、教育学者らは、ほとんど誰も動こうとしませんでした。学習指導要領が間違っているのか? 教育振興計画が間違っているのか? それならば、そちらを変えるべきです。この放置問題の理由や背景を分析し、対策を提案し、政策実現を目指して奔走した学者はほとんどいません。大学入試が実際に高校生の家庭学習や予備校での学び、そして、高校の授業に大きな影響を与えていることは明らかです。その現実は現実として踏まえなければなりません。

4技能試験の共通テストへの導入に反対する学者の中には、これにより格差が拡大するからと主張する人がいますが、それは現実をきちんと見ていないと思います。すでに民間教育を選べる家庭と、公立高校でしか選べない家庭とで、埋めがたい格差がついてしまっているのです。

それがはっきりでているのが、公私間格差です。これからの世界をあらかじめ見据え、学校独自の判断で、英語コミュニケーション教育に熱心に取り組む私立高校は増えてきました。また、グローバルなコミュニケーション力の重視をアドミッション・ポリシーとして掲げる大学のなかで、一部の大学は民間英語4技能試験を一般入試でも活用し始めました。また、一部の大学では、AO入試で英語民間4技能試験のスコアを提出できるようにしています。東大の大学院入試でも、国家公務員試験でも、民間英語4技能試験は利用されています。

しかし、今現在は、経済力があり、英語コミュニケーション能力の獲得のための民間教育や私立高校での学びを受けられる家庭の子女および帰国子女だけが英語コミュニケーション能力を身に着けています。家庭の経済力によって公立高校での教育しか受けられない高校生には、英語コミュニケーション能力を向上させる機会がないのです。特に、これからは、自動翻訳などの性能が向上し、英語コミュニケーション能力が相対的により重要になってくるなかで、民間教育を受ける機会のない高校生が放置され続けていいのでしょうか。

実は、公立高校でも、その気になれば、英語コミュニケーション能力の向上のための授業を実施できます。英語コミュニケーション能力を育成する方策はほぼ確立されていて、文科省がまとめています。「国際的な外国語運用能力の指標であるCEFRでB2レベル以上の資格を有する教員の割合を増やす」「ALT(外国語指導助手)を活用した授業時数の割合を増やす」「英語4技能のバランスがとれたパフォーマンステストを実施する」です。

2019年度の英語教育実施状況調査によれば、中学校では、CEFR B2レベル以上の教員が38.1%しかいませんが、高校ではB2レベル以上の教員が72.0%もいます。教えられる教員はいるのです。にもかかわらず、授業の中身をみると、中学3年生の87.2%がパフォーマンステストを実施するなど、英語4技能を重視した教育を行っているのに対して、高校に入ると、4技能重視の授業をしているのは普通科で36.7%しかありません。

つまり、高校では、英語ができる教員がいるのにも関わらず、中学校に比べてもコミュニケーション能力を上げるタイプの授業が行われていない、という実態があるわけです。英語ができる先生も増え、学習指導要領でも奨励しているのに、高校の授業実態は変わらないのは、なぜなのか。それは大学入試に出ないからだ、ということになります。

こうした状況を踏まえ、やむなく政治主導でこの問題の解決を図るしか方法は残っていませんでした。そこで下村博文元文科相が問題を提起されました。学習指導要領に書いているのにそれが無視され続け、変わらないのはなぜか。われわれも多くの高校教員や高校生、予備校生から意見を聞き続けました。やはり異口同音に、高校生の学び、特に予備校での学び、家庭学習、高校での授業も、大学入試の影響を大きく受けているということでした。

教員の中には、コミュニケーションを中心にした生きた英語の授業に変えたいといったら、高校の英語科の先輩教員から「入試に直結しないからやめろ」と言われたという生々しい話もうかがいました。大学入試と関係が薄くとも、生きた授業を一生懸命指導している教員や校長もいますが、そうした動きがなかなか主流にならないのは、そうした教員や学校は、保護者から支持されないからです。今では、保護者の声を無視しては高校の学びはできません。また、校長たちも、学習指導要領の順守よりも、将来、真に生きる学力よりも、国公立大学への進学実績を非常に気にするようになっています。なぜなら、保護者も県議会も地元メディアも、そのことにあまりにも注目するからです。

私も、大学入試によって高校教育を変えるのは邪道だと思います。これは検討会議で指摘された通りです。それならば、大学入試を変えずに、英語コミュニケーション能力の教育を盛り込んだ学習指導要領が20年間も放置されてきた背景である、「コミュニケーション英語は入試に出ないから教えなくていい」という高校の実態を、入試改革によらずして、変える方法、そんな魔法のような改革案があるならば、学者はその代案をしっかり出すべきです。

この分析が違うというのでしたら、違うという分析をすべきです。新しい分析に基づいて、入試改革以外の方策があるのなら、それを示すべきでしょう。

この英語コミュニケーション能力については、20年以上も前から、ほぼ何も進んでいないのです。それが現実です。その間、グローバル化は劇的に進展しました。日本の若者はどんどん取り残されていきました。

共通テストでできないのならば、検討会議の提言で示されたように、各大学の個別試験でやればいいわけですが、そんな結論は昨年初めに検討会議を初めたときから分かっていました。検討すべき課題は、個別試験で対応するしかないなら、それをどう促していくのか、その具体的な導入促進策だったはずです。

実際、自民党の文科部会は昨年3月、個別試験で英語4技能試験を実施するには英語民間試験の活用が現実的だとして、導入する大学に対して国立大学運営費交付金や私学助成金による補助を行うよう萩生田光一文科相に提言しています。政権与党がここまで提言しているのだから、予算化される見通しもある。しかし、検討会議の提言では、それも示してない。導入促進策を巡る議論が全く深められないまま終わったことは、大変失望せざるをえません。

共通テストに英語民間試験と記述式問題を導入できない理由を並べてみても、それは一昨年に導入を見送った萩生田文科相の判断は間違っていなかった、と証明するための理論武装をやったことにしかなりません。それが必要なのは分かります。しかし、それだけで終わってしまったら、文科省は1年半もの時間をかけて何をやっていたのか、という話になる。

日本人の英語コミュニケーション能力には非常に問題があるという現状認識は、広く共有されています。この現状は、放っておいても何も変わらないですよ。テレワークが進み、海外との英語によるコミュニケーション機会はますます増えた。日本国内の「内なるグローバル化」によって、日本語を母国語としない人たちと一緒に仕事をする機会もどんどん増えている。 英語でのコミュニケーション能力がますます必要とされているのに、このままでは20年間放置されてきた現状が、あと10年ぐらいは続くことになる。その無作為の責任を、どうとるのか。

この大きな問題が放置されたことについて、ドメスティックな環境で仕事している高校の教員と、一部の教育学者、それから文科省には、やっぱり危機感が希薄であると言わざるを得ません。

文科省が改革を主導できないなら、自治体が自衛するしかない
 ――2021年1月実施の共通テストで、英語民間試験と記述式問題の導入を見送った際には、受験生や高校現場に混乱が生じたわけですが、一方で、Society5.0時代に向けて、英語コミュニケーション能力や思考力・判断力・表現力を十分に身につけることができなければ、それによって不利益を受けるのも、日本の未来を担う子どもたちになります。それを回避するためには、どのような道筋があると考えますか。

文科省主導による改革の限界が露呈した今、それぞれの自治体や学校が自発的に自衛していくしかありません。少なくとも自分の町だけは、あるいは自分の学校だけは、子どもたちに必要な「英語コミュニケーション能力」を身につけていく、ということです。そうでないと、家庭による格差がどんどん拡大します。

論理性を持つための記述表現力、そして英語のコミュニケーション能力、さらにはプロジェクト・ベースド・ラーニングなどによる探究力。ここが大事だということはコンセンサスが取れている。ただ、その方法論において、いろいろな見解の相違があり、当初の文科省の案は撤回されました。当時の文科省の準備が不十分であったことは事実です。

ところが、この大事な問題について、各大学に任せていては何も変わらなかったという現状認識とそれに基づく新たな処方箋が、1年半の検討を経ても、文科省から示されなかった。このことをもっと重く受け止めるべきです。詰まるところ、自治体も学校も、子どもたちを、自分たちが自衛するしかありません。

中学生・高校生の英語力

中学校の英語コミュニケーション能力を例に考えてみましょう。第三期教育振興基本計画では、中学校卒業段階でCEFR A1レベル相当以上の英語力を達成した生徒を50%以上にするのが目標です。19年度の全国平均値は44.0です。ところが、さいたま市は77.0%という驚異的な数字を示している。47都道府県と20政令市でみたとき、目標値の50%を突破しているのは、福井県61.4%、岐阜県58.1%、横浜市57.0%、福岡市55.1%、熊本市54.8%、大阪市54.0%、神戸市50.1%、千葉県53.5%、東京都51.6%です。都道府県と政令市を合わせて67自治体のうち、57自治体が未達です=表参照

国で英語コミュニケーション能力の向上策が議論されない以上、それぞれの県や政令市で、教育振興基本計画の未達問題について、きちんと議論をしてもらうしかない。実際、さいたま市の中学校は政府目標を大きく上回る成果をあげているわけです。私も、さいたま市の教育長を存じ上げていますが、もともと英語科の教員で、教育委員会に移られてから、一貫して信念を持って長年努力してこられた成果が結実しているのです。市長も、そうした教育長を支え続けました。しかし、こうした努力が実るのも、基本的には中学までです。さいたま市立の高校に通える高校生は数に限りがありますので。一方、福井県では中学校も高校も政府目標を達成しています。

なぜ、さいたま市ができて、福井県ができて、うちの県や市ができてないのか。これを真剣に議論して、少なくとも自分の県や市の子供たちの将来に対して、県知事、市長、教育長、実業界あるいは校長会や各学校の校長や保護者が強い自覚を持って臨むしかない。さらに、首長のリーダーシップとそれを支える議会や市民、地元のメディアなどがちゃんと求めていくことが大事だと思います。 自治体は公立高校や公立大学の双方の設置者ですから、その入学試験を変えることもできます。

今後は、首長のリーダーシップ次第で、本当に大きな格差が出てきてしまうことになります。それは、残念ながら、やむを得ないと思います。

白紙になった格差是正策をどうするのか
 ――共通テストでの英語4技能試験の導入を断念した理由として、検討会議の提言では、経済的・地域的な条件に配慮した受験機会の確保という問題がクローズアップされました。これまでの高大接続改革とそれに伴う大学入試改革の進め方が、こうした格差の問題に十分な対応ができていなかった、という批判をどう受け止めますか。

確かに文科省の準備不足や説明不足が最大の問題であったことは事実です。ただ、繰り返しますが、このまま英語4技能試験を大学入試に導入しなければ、公立高校で英語コミュニケーション能力を育成するための授業は行われないでしょう。それは、今すでについてしまっている格差のさらなる拡大を助長することになります。

例えば、慶応大湘南藤沢キャンパス(SFC)では、総合型選抜(旧AO入試)の枠が多く、AO入試受験者のほぼ全員がTOEFLやGTEC、実用英語技能検定(英検)など英語民間試験を受けていますので、一般入試がほとんどの東大の学生に比べても、英語コミュニケーション能力が圧倒的に高くなっています。高校生までに留学経験があったりして、英語コミュニケーション能力がかなり身についている学生が多い。入学後も、そうした学生に囲まれていますので、一般入試での入学者も刺激されて、英語コミュニケーション能力を磨きます。

でも、当然ながら、SFCの学生だけが英語をしゃべれればいいわけではない。日本人の英語コミュニケーション能力を高めるためには、今となっては、多くの大学が個別試験で英語4技能試験を活用することが一つの有力な方策です。そのためには導入促進策が欠かせないのです。

いまは東大であっても、英語4技能は大事だが技術的な理由で個別試験ではできない、とホームページに書いています。東大でさえ独自でできないのだから、地方や中小の大学が独自の英語4技能試験をやるのは無理で、検討会議が提言したように英語民間試験の活用が「現実的な選択肢」です。

だからこそ、当初、大学入試センターが大学入試英語成績提供システムの体制を整備して、英語民間試験のデータを仲介し、安全性の確保や漏えいの防止などを含めた事務負担をやって、中小の大学を含めて入試に必要な情報を提供する仕組みを作ろうとしました。

また、経済的条件に配慮した受検機会の確保のための経済困窮者の受検料の引き下げ(英検準2級6560円、GTEC5460円など)や、離島や中山間地など地域的条件に配慮した受検機会の確保のための試験会場の拡大など、共通テストへの導入の際にさまざまな格差是正策がある程度決まっていました。

例えば、離島の多い鹿児島県では、共通テストは奄美大島だけでしか行われていませんが、GTECと英検は高校生がいる全ての島で試験会場と試験監督官を確保して実施することが決まっていました。関係者が努力して、さまざまな格差是正策が決まっていたのですから、文科省がもっと早くから是正策の協議を推進していれば、さらなる格差是正策を盛り込むことも可能でした。この点、文科省の対応は本当に緩慢でした。今回、共通テストへの4技能試験が見送られたことで、そうした格差是正策もいったん白紙に戻されてしまうことになりました。

共通テストに民間英語4技能試験を位置付けるからこそ、一定規模以上の人数確保が見込まれ、一人当たりのコストがより下がるので、経済困窮者のための低料金設定措置が可能となりました。また、共通テストだからこそ、各地の高校を試験会場に教員を試験監督者に動員して、受検会場を増やすことが可能となりました。

民間機関と心ある県教育委員会と県校長会とが独自に協議を進めたところでは、格差是正策が決まっていきました。文科省のリーダーシップが不十分だったので、県によって、バラツキがでたことは事実です。ですから、一昨年秋の段階で、萩生田文科相が実施を見送ったのは、やむを得ないところもありました。

しかし、あれから今回の提言まで1年半の時間がありました。より一層、会場を増やし、経済困窮者向けの料金をさらに引き下げるための方策を、もっとしっかり関係者を巻き込んで議論すれば、いくらでもアイデアは出たはずです。

結果として、各大学の個別試験での対応となってしまったので、十分な受験者数確保の見込みが立たず、困窮者への受検料引き下げも小幅になり、会場数の増加も白紙にせざるを得なくなり、地方や経済困窮者への格差是正を行う千載一遇のチャンスを逃すこととなりました。ほとんどの海外大学や一部の日本の私大は、これまでも英語4技能試験の結果を求めてきましたので、格差は放置されることとなります。

検討会議の提言では、新しい協議体で経済的・地理的条件などへの配慮を検討するとなっていますが、共通テスト導入時に民間英語試験実施団体に義務づけた格差是正策をいかに維持し、さらに拡充するかも明記していない。例えば、試験会場と試験監督官の確保について、文科省が各都道府県の高校に対して要請と支援策を提示すれば実施コストは一挙にさがり、料金もさらに引き下げられ、場所も増え、一石二鳥だと、以前から、民間実施機関は文科省に提案していたのに、そうした踏み込んだ検討はなされませんでした。

各大学の個別入試で民間英語試験を使うのが「現実的な選択肢」とするならば、英語民間試験の地方での実施、あるいは経済的困窮者向けの料金設定などは引き続き必要です。オンラインによる遠隔で英語民間試験を実施するとしても、それはオールジャパンでまとまって行い、一定数以上の参加者が見込めるから採算が取れるのです。それが各大学の個別試験で対応するのだったら、もう遠隔による実施の話も白紙にならざるをえない。

検討会議の提言では、当初予定されていたスキームよりも優れた格差是正案を提示しなければだめでしょう。それなのに、いったんは実現が約束されていた格差是正策をご破算にしておいて、もう1回復活・充実させる方策も論じられていないというのは、非常に残念です。

少なくとも各大学の個別入試で英語4技能試験や記述式問題を行う大学を増やすための導入促進策については、個別入試に導入した大学に対する、私学助成金、国立大学運営費交付金の増額という、1年半前に自民党文科部会から出された提案をそのまましっかりと実現すべきです。

繰り返しますが、英語コミュニケーション能力については、20年間放置された問題は、高校の現場では、ほぼ何も改善されていません。コロナ禍によってテレワークやオンライン授業などが、世界中で急速に広まりました。英語コミュニケーション能力さえあれば、日本にいながらにして、世界中の大学のオンラインコースに入学できるようになりましたし、世界中の企業の仕事に従事することが可能になりました。英語コミュニケーション能力の有無が、若者の学びと仕事の可能性を決定的に広げる時代になりました。

そうした中で、他の新興国にどんどん日本の若者の英語コミュニケーション能力が追い抜かれているのが実態です。この問題の悪化に対して、解決に向けた糸口すら、今回見いだせなかった。このままでは、日本の英語教育はガラパゴス状態がさらに続いてしまい、日本の若者の未来も日本の将来もお先真っ暗です。

学者たちも批判するだけでなく、理想論や建前論に終始するのではなく、現状の課題を解決・改善するための現実的で具体的な方策について、ぜひとも提案してほしいものです。

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