自己決定を繰り返すことで人は自律していく 横浜創英中学・高等学校長 工藤勇一氏が実践する、自律型人材を育てる「三つの言葉」とは – 『日本の人事部』 – 日本の人事部

花のつくりとはたらき

既存の戦略やビジネスモデルを踏襲するだけでは生き残れない時代。時間や場所に縛られることなく働ける環境が広がる中、多くの企業では「自律する人材」の育成が急務となっています。同時に、その難しさに直面する経営者や人事担当者も多いのではないでしょうか。横浜創英中学・高等学校長の工藤勇一さんは、学校教育の現場において生徒が「自律」の力を身につけるための取り組みを一貫して続けています。前任の千代田区立麹町中学校時代には「宿題・定期テスト廃止」や「固定担任制から全員担任制への転換」など、公立校の常識を覆す改革を実行して話題となりました。一連の施策はすべて、生徒の自律の力を育むためのもの。さらには教職員や保護者も自律する人材へと変え、一人ひとりが当事者意識を持つ組織を作っています。工藤さんはどのようにして個々人へ働きかけ、自律を促しているのでしょうか。その知見と具体的な手法を聞きました。

プロフィール

工藤 勇一さん
横浜創英中学・高等学校長

(くどう・ゆういち)1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、2014年から千代田区立麹町中学校長。教育再生実行会議委員、経済産業省「未来の教室とEdTech研究会」委員など、公職を歴任。2020年3月まで千代田区立麹町中学校で校長を務め、宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止などの教育改革を実行。一連の改革には文部科学省が視察に訪れ、新聞各社・NHK・民放各局などがこぞって取り上げるなど話題となる。初の著書『学校の「当たり前」をやめた。生徒も教師も変わる!公立名門中学校長の改革』(時事通信社)は10万部を超えるベストセラーに。ほか著書に『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え』(SBクリエイティブ)、『麹町中学校長が教える 子どもが生きる力を身につけるために親ができること』(かんき出版)、『最新の脳研究でわかった! 自律する子の育て方』(SBクリエイティブ)など。

日本の働き方改革が進まなかった一番の理由は学校教育にある

人事領域では昨今、「自律」という言葉が頻繁に聞かれるようになりました。工藤さんは「自律」をどのように定義していますか。

私は「自分で考え、判断し、決定し、行動する力」と定義しています。自分自身をコントロールし、人の力も借りながら、自らの意志で一歩一歩世の中を歩んでいける子どもたちを育てることが大切だと考えています。

なぜ工藤さんは学校教育において自律を重視しているのでしょうか。

子どもたちは今よりもさらに不確実性の高い未来を生きていかなければなりません。自分で考え、判断し、決定し、行動する力は、そうした世界で生きていくために欠かせないものです。それは企業も同じでしょう。

ところが日本の学校教育では長年にわたり、自律とは正反対の人材を育ててきました。私が考える「自律していない状態」とは、うまくいかないときに人のせいにしてしまうこと。たとえばテストで良い成績が取れなかったときに「先生の教え方が悪い」「学校教育が不十分だから良い塾に通わなければならない」といった思考になってしまう状態です。

背景には、教員や保護者などの大人が子どもに対して手をかけ過ぎ、あれこれと指示を出してしまう現状があります。サービス過剰な環境に慣れ、ずっと受動的な姿勢で育ってきた子どもは、自分で考えて判断する力が育まれません。「指示されて当たり前」の状況で、「誰かの言うとおりにやった」のに良い結果が出ない。そんな体験を通して、うまくいかないときに人のせいにするようになっていくのです。

そんな人間が大人になっても、自分で考えて判断し、物事を改善できるようにはなりません。私は日本の働き方改革が思うように進まなかった一番の理由は、学校教育にあると思っています。

子どもたちが自律の力を身につけるべきであるのは当然だと感じますし、実際に企業もそうした人材を求めています。それにもかかわらず学校教育が正反対の方向へ進んでしまう原因は、どこにあるのでしょうか。

教育における「最上位の目標」を見失ってしまっているからです。

日本の教育政策の根本を司る文部科学省は、2020年度から始まった新たな学習指導要領において「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)を重視しています。学習指導要領のリーフレットでは「自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、判断して行動し、 それぞれに思い描く幸せを実現してほしい」というメッセージも発しています。つまり、自律する子どもを育てることを最上位の目標としているのです。

目的と手段に整理して考えれば、「自律する子どもを育てる」ことが目的であり、「学力を上げる」ことは自律する子どもを育てるための手段に過ぎないはずです。ところが教育現場では目的と手段が逆転し、学力を上げることが目標になってしまうケースが多々あります。そうして宿題を大量に出し、ペーパーテストばかりを重視し、どんどん手をかけ指示を出して、自律しない子どもを育ててしまう。

こうした現状を変えるためには、文部科学省や教育委員会、学校、教員、保護者、そして子どもたちを含めて、組織全体で最上位の目標に立ち返り、全員で合意しなければなりません。私は前任の千代田区立麹町中学校時代から、このことを繰り返し発信してきました。

組織の「最上位の目標」に合意し、一人ひとりが「当事者としての意識」を持つ

工藤さんはこうした課題意識を教職員と共有し、個々人が自律する学校運営を進めています。自律型の組織を作るためには何が必要なのでしょうか。

大きく二つのことが必要だと考えています。

一つは、組織の構成員それぞれが、組織を作っている当事者だという意識を持つこと。当事者意識を高めるだけであれば難しくはありません。一人ひとりに決定する権限を与えてあげればいいのです。基本的に人は「あなたに権限を与えるよ」と言われれば当事者意識が高まるもの。しかし、これだけではうまくいきません。なぜなら一人ひとりが個別の価値観や過去の成功体験を持ち、それらに基づいて良かれと思って行動する可能性があるからです。権限を与えるだけだと、みんながバラバラな方向性で動いてしまうかもしれません。

そこでもう一つ大切になるのが、組織としての最上位の目標を共有し、全員が合意していることです。優れた企業の多くは、自社の技術やサービスによって社会に貢献することを最上位の目標としています。組織の構成員は、その最上位の目標を実現するための手段を考え、与えられた権限の中で自律的に実行していく。最上位の目標が合意されている組織なら、目標の実現を妨げている事柄についても率直に意見し、議論できるはずです。

企業における「最上位の目標」というと、理念やビジョンが思い浮かびます。

おっしゃる通り、理念やビジョンが生きた形で共有され、一人ひとりの腹に落ちていることが求められると思います。

私は以前、株式会社IHI(旧社名:石川島播磨重工業)の代表取締役会長を務められていた斎藤保さんと対談させていただいたことがあります。IHIはもともと江戸時代から続く造船業の会社でしたが、「技術をもって社会の発展に貢献する」という経営理念を会社の隅々にまで浸透させ、現在では宇宙開発においても大きな存在感を示す企業となりました。造船業を守るのではなく、技術で社会貢献するのだという最上位の目標に向かって自律型人材が活躍していることをうかがい、感銘を受けたのを覚えています。

自己決定の経験を繰り返すことで自律を促していく「三つの言葉」

個々人へ自律を促すための手法についてもお聞かせください。工藤さんは近著『最新の脳研究でわかった! 自律する子の育て方』(脳神経科学者・青砥瑞人氏との共著)において、受験失敗などで自己肯定感が下がっている生徒に対して、「どうしたの?」「君はどうしたいの?」「何を支援してほしいの?」という三つの言葉でアプローチする方法を紹介されています。

自律型の人間として育ってこなかった私たち大人が、自律型の人間を育てるためのアプローチをするのは非常に難しいものです。この三つの言葉がけは、自律型の支援がなかなかできずに悩む教員のために、アプローチ手法を分かりやすくするための言葉として考えました。

ヒントになったのは、ヤング・アメリカンズの取り組みです。ヤング・アメリカンズはアメリカに本部を置く歴史あるボランティア団体で、歌や踊りのワークショップによる教育プログラムを提供しています。日本にも数十人の大学生がやってきて、子どもたちに対して日本のやり方とはまったく違う指導を行っています。

「みんなで歌とダンスを覚え、1本のミュージカルを作る」という活動があるとしましょう。日本の従来の教育では「みんなで一緒に頑張ろう」という掛け声のもと、一体感を持って頑張ることを求めます。そうすると、もともと歌やダンスが苦手な子は「やりたくない」と引っ込んでしまう。日本の指導ではそうした子を「一緒にやろうよ」と無理やり巻き込もうとし、下手をすると叱ってしまうこともあります。

一方でヤング・アメリカンズのメンバーは、「歌やダンスが好きなのは人間の本能」だと考えています。苦手とする子どもたちへ寄り添い、「やりたくなければやらなくていい。ここにいるだけでいい。やりたくなったら教えてね」と言って活動を始めるのです。そうやって接していくと、たった三日間のプログラムでも子どもたちがどんどん変わっていきます。その過程では常に「どうしたの?」と寄り添い、「今はどんな気持ち?」と本人の思いを聞き、その上で「じゃあ、この後はどうする?」と問いかけていました。

「活動に参加しなさい」と強制することはないのですね。

この三つの言葉はすべて質問形なので、聞かれた本人は自分の思いや意志を話すことになります。私は「支援できることがある?」と聞くことによって、心理的安全性を保つことも大切だと考えています。自分を肯定してくれる環境の中で自己決定していく。その経験が重要です。

授業に集中できない生徒がいると、多くの学校では「君は別室に移動しなさい」と指示を出します。別室にいることを強制されると、生徒は「先生に勝手に決められた」と感じ、教員を批判する。つまり、人のせいにするようになります。それに対して「授業に集中できないなら君は別室に行くこともできるけど、どうする?」と問いかけ、自分で考えて「じゃあ移動します」と判断した生徒は、自分で決めているから人のせいにはしません。

『自律する子の育て方』では、脳神経科学者の青砥瑞人さんとともに、こうしたアプローチを脳の構造から裏付けています。自己決定が許される環境で自己決定の経験を繰り返していけば、人の脳はその動きに慣れていくのです。反対に、自己決定に慣れていない人間は自己決定しようとせず、自己決定したくないから、「決めてくださいよ」と人や組織に文句ばかりを言うことになります。新たな制度や仕組みに対して「自分に合っていない」と文句だけを言うような状況です。

企業においても、同じような状態に陥っている人は多いと思います。

そうですね。繰り返しになりますが、私たち大人の多くは自律型の人間として育っていない可能性が高く、自己決定することにも慣れていないので無理もありません。職場においては些細なことで構いませんので、上司が部下に「三つの言葉」によるアプローチを繰り返していくことが大切なのではないでしょうか。

最初から完璧を求めようとしないことも重要です。いきなり「君はどうしたいの?」「何を支援してほしいの?」と聞かれても、うまく答えられないかもしれません。そのときに「そんなことじゃダメだ」「もっと自分の頭で考えろ」などと圧力をかけてしまっては本末転倒です。

まずは小さなことから自分で決定する経験を積み重ねてもらう。決定の内容に上司として懸念があれば「そのやり方ではこんな課題があるかもしれないね、僕に何か支援できることはある?」と聞く。そうしたアプローチの積み重ねが、自律する部下を育てることにつながっていくはずです。私自身も学校経営において、部下である教職員へこのアプローチを続けています。

優れた人材育成とは「反省させずにありのままを受け入れさせる」こと

人事やマネジメントに携わる中で、「他者に自律を促すための支援ができる人材になりたい」と考えている人も多いと思います。そのためには何が必要でしょうか。

私自身は試行錯誤を続けて、「メタ認知能力」というキーワードにたどり着きました。他者の自律を促すためには、自分自身がメタ認知能力を磨き、その上で相手もメタ認知能力が持てるように働きかけることが大切だと思います。

かつての私はメタ認知能力を単に「自分を俯瞰的に見る能力」のことだと考えていたのですが、脳科学を学んでいくと、それだけでは十分ではないことに気づきました。欠点も含めて、自身の傾向やパターンなどのありのままを受け入れ、自分自身をよりよい方向に自分を上書きしていく力まで含めて、メタ認知能力だと。

部下にメタ認知能力を持たせるためのポイントは、まずは「反省させない」ことだと考えます。反省させると人は自分を追い込んでしまい、ありのままを俯瞰的に見ることができなくなってしまいます。優れた人材育成とは、「反省させずにありのままを受け入れさせる」ことにあるのではないでしょうか。

例えば「進行管理の仕事がうまくできない」と悩んでいる部下がいるとしましょう。メタ認知能力の低い上司だと「とにかく頑張ろうよ」といった情緒的な言葉しか出てこないかもしれません。一方でメタ認知能力の高い上司は、部下の悩みに対して「そもそも進行管理は難しいものなんだよ」と言って安心させてあげることができます。その上で、本人の仕事の進め方に問題があるのか、あるいは組織の体制に問題があるのかなどを冷静に見ていくことが大切です。

本人が自分自身で対応できることとできないことを切り分け、自分ができることについては優先順位を整理して取り組んでいけるよう支援すればいい。自分で対応できないことが組織の問題であれば、組織で解決する方法を一緒に考えていけばいいのです。

「反省せずにありのままを受け入れる」ことは、人材育成に悩みを抱える人事担当者やマネジメント層にとっても大切なのかもしれません。

そうですね。まずはありのままを受け入れる訓練をすることが必要です。それは「幸せになる訓練」でもあると思います。

私はよく部下の教職員に「勝手に理想を描いて勝手に不幸にならないようにしよう」と話しています。人はとかく目の前の現状を見て憂いてしまうものですが、そうならないようにするためには、あらかじめ予測しておくことが大切です。例えば私は麹町中を退職し、2020年4月に現在の横浜創英中学・高等学校に着任しましたが、新しい職場に移るときに必ず心掛けていることがあります。私を理解していない人が多いのは当然のことであり、何かを反発するようなことを言われても「予想通りだったな」と思うだけです。「最初からみんなが自分の考え方を理解してくれるはずだ」といった理想を勝手に描いていたら、自分で自分を不幸にしてしまうからです。

まずは組織や自身を取り巻く環境のありのままを受け入れ、どこから改善していくのかを考えることが自分の仕事だと思えばいいのではないでしょうか。そのためにも、まずは組織にとっての最上位の目標を、対話を通して全員で合意していくことが大切です。

「常に自分たちが最優先にやるべきことは何なのか?」を考えて、それを実現するための手段を選択し実行できる。人事やマネジメントに携わる方々にはぜひ、そんな自律型人材を育ててほしいと思います。企業に自律型人材が増え、その人たちが上司となって若い人を育てていけば組織は間違いなく成長するでしょうし、ひいては日本社会の発展にもつながるはずです。

私も引き続き、学校教育の場を通じて自律型人材を育てることに尽力していきたいと考えています。

(取材:2021年6月1日)

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