入試改革より教育改革を 共通テスト元年、今後について考える – 東大新聞オンライン

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 本年度、大学入試改革の一環として大学入学共通テスト(共通テスト)が実施された。記述式問題導入見送り、英語民間試験導入見送りなど二転三転し混乱を招いた印象が強い大学入試改革だが、今後どのように展開すれば良いのだろうか。専門家と高校教員に話を聞いた。

(取材・山﨑聖乃)

現場の意見を取り入れ、きめ細やかな議論を

 トップダウンで反対意見をあまり吸い上げることなく会議が重ねられた結果、柱となる計画が直前に頓挫してしまった」。そう指摘するのは教育社会学が専門の中村高康教授(東大大学院教育学研究科)だ。政府が現場の声を取り入れず、「学力の3要素」(知識・技能、思考力・判断力・表現力、主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度)に代表されるような机上の理論を直接制度に反映しようとし過ぎた結果、現実との乖離(かいり)が甚だしくなったという。

 そもそも、思考力・判断力・表現力とは具体的にどのような能力を指しているのか明確ではない。センター試験が思考力・判断力を測っていなかったとする論調にも大いに疑問がある、と中村教授。「『従来の暗記中心ではなく』という枕詞や『思考力・判断力が問われる』というマスメディアの表現の仕方に違和感を覚えます」。ぞんざいな捉え方によって、どのような思考力・判断力をどのように問うべきなのかに踏み込んだ議論がされていない点が課題だと話す。

 さらに、入試改革でどのような状況の高校生に変化を促すのか見えづらかった点も問題の一つだ。例えば、大学入学共通テストでは記述式問題導入による表現力向上が図られたが、その対象となる受験生はどのように想定されていたのだろうか。共通テストの受験層は大学の個別試験よりも幅広く、中には書くこと自体を負担に感じる受験生もいる。中村教授は、強引に記述式問題を導入しても、そうした受験生にとっては試験へのストレスが大きくなるばかりで期待するほどの表現力アップにはならないのではないかと指摘。一方、ほとんどの国公立大学では二次試験で既に記述試験が課されており、そうした受験生にとっては共通テストに記述式を導入する意味は薄い。「誰のために記述式問題の導入を試みたのでしょうか」と話す。

 また入試制度に注目すると、学力試験が重視される一般選抜(旧一般入試)へは主体性評価などの導入を求める一方で、学校推薦型選抜(旧推薦入試)では逆に学力的な試験の比重を高めることを企図していた。「どの入試方法でも多面的な評価が求められれば、多様な層を画一的に評価することにつながるのではないかと違和感を覚えました」。さまざまな状況の高校生がいることを考慮し、それぞれに対して適切な改革を進めることが求められる。

入試改革に夢を見ないで

 今後、どのような入試改革を進めていくべきなのか。「そもそも入試は大学側の収容定員の都合により実施せざるを得ない必要悪という側面が強い」と中村教授。「入試で世の中を良くしようとするよりは、入試で世の中に迷惑をかけないようにしなければなりません」。副作用を十分に考慮し、入試改革にはもっと慎重になるべきだという。例えば、入試で求められる能力を全国一律に変えた場合、その判断が間違っていた時にはその能力を追求した日本全体が失敗することになる。

 今回は高大接続の議論で入試改革に比重がかかってしまったが、本来高校と大学の接続は教育システムによってなされるべきだと中村教授は強調する。入試方法を変えることで学力向上を図るより、高校生から大学生になる教育のプロセス全体を見て、より効果的な教育を考えることが求められる。入学難易度が高くない大学では、学力が教員の求める水準に到達していない学生や、大学の授業に必要な科目を高校のカリキュラム上学んでいない学生が少なくなく、大学教育に支障が出ることがあるという。例えば、経済学部では入試で数学を課していない大学が多いこともあり、経済を学ぶ上で高校生のうちに習得すべき数学の基礎が身に付いていない学生の話をよく聞く、と中村教授。そのような学生をどのようにカバーしていくかを考える方が、より多くの学生が力をつけることにつながると指摘する。「入試改革で一挙に上手くいくという議論は単純過ぎで、現実はもっときめ細やかです」

 中村教授は高大接続の一例として、学校推薦型選抜などにより入学が早期に決まった生徒に大学で必要となる基礎教育を事前に受けてもらう「入学前教育」を挙げる。しかし、高校教員は自分の通常授業や部活動で手一杯であることが多い。そのような問題をどのように克服するかを政策として工夫していくべきであり、それは改革の対象になり得ると中村教授は語る。

 他にどのような改革が必要か。学校現場から意見を募るシステムはインターネットを使えば簡単に構築できるのではないかと中村教授は指摘する。また、現在の文部科学省の会議には、高校・大学の関係者も参加しているが、校長や学長などが多く現場からの意見を十分取り入れているとは言い難い。各学校の受験生を受け持つ教員や進路指導担当の教員など、最前線にいる人の声を聞くべきだと語る。

中村高康(なかむら・たかやす)教授(東京大学大学院教育学研究科)96年東大大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。大阪大学准教授、東大大学院教育学研究科准教授などを経て、13年より現職。

進路指導担当教員の声

 大学入試改革は高校教育にどのような影響を与えたのか、高校教育現場が求める教育改革とはどのようなものか。「より多くの学生が力をつける」ための手掛かりとすべく、共通テスト利用型・併用型を含む私立大学の一般選抜や学校推薦型選抜を利用して進学する生徒が多い高校の進路指導担当教員に話を聞いた。

「高大」接続では不十分 都内中堅私立高校(21年4年制大学進学率73%)より

 今回の大学入試改革で文部科学省から「学力の3要素」の育成・評価を提示されましたが、雲をつかむような印象を受けました。思考力・判断力・表現力の向上などを目標としてはっきり意識するようにはなったものの、目標達成への道筋があまりにも不明瞭です。

 大学入試改革に対応して、学校全体として主体性評価のための情報システム『JAPAN e-Portfolio』の利用の奨励や、英語の民間試験を学校単位で申し込もうとする動きがありました。一方で、大学入学共通テストへの対応のために学校全体で授業方針を変更することはありませんでした。私は3年生の英語科を担当していますが、同じく3年生の英語科を担当する教員同士で話し合い、例年比べて文法などの知識より読解を重視することに。生徒からは効果を感じたという声もちらほらと上がりました。

 しかし、共通テスト全体の結果はセンター試験通りとはいきませんでした。上位層の得点率は例年から大きく変化しませんでしたが、勉強が苦手な層では、例年より得点率が下がってしまい、二極化したといえます。今後どのように対応していくか、授業展開の方針は教員個人に委ねられています。

 教育現場から今回の文科省の政策に意見を述べると、大学入試改革にばかり力を注ぐのでは不十分だと感じます。生徒の一生という観点から、小中高大ひいては就職まで全てつながっていることを考慮しなければなりません。高大接続だけでは足りないと思います。本校は中高一貫校ではないので、高校3年間で生徒が自分のキャリア像を描くことの難しさを感じています。キャリア像が描きづらいことが、大学進学、学業へのモチベーションがなかなか上がらないことにつながっています。例えば、高校と大学、企業が連携して専門的な学問分野や職業の面白さを高校生に伝える機会があれば、生徒の大学進学へのモチベーションが上がり、学力という面に絞っても結果がついてくるのではないでしょうか。生徒には大学進学をゴールにするのではなく、その後に全力で取り組めることを見つけ、満足できるような生きる力をつけてほしいと思っています。

(談・私立高校進路指導担当教員)

解法論で終わらないためには 中堅都立高校(共通テスト出願率89%)より

 大学入学共通テスト導入以前から個人の問題意識により、思考力・判断力・表現力などを養うためグループワークやプレゼンテーションを積極的に取り入れたり、ICTを利用したりする教員もおり、共通テストを理由に授業方針を変更することはありませんでした。今までの蓄積があり歯車が回っている状態なので今後も学校全体として大きく授業方針を変えることはないと思います。

 本校の生徒の共通テストの結果は、まだ1年目なので断言はできませんが、新型コロナウイルス感染症の影響を差し引いても苦戦したという印象です。私の担当する社会科では、センター試験に比べて解答となる用語自体は易化していますが、解答を出すプロセスが複雑化しています。そのため、上位層にとっては点が取りやすいですが、思考力や読解力の向上を課題とする層にとっては難化しました。

 そのような意味では、共通テストに対応することが、一定程度効果を生むという理論が成り立ちます。しかし、個人的には選択式の試験だと結局個々の問題に対する解法論で終わってしまうのではないかと思います。

 本校では大多数の生徒が入学試験に論述問題がない私立大学に進学します。入試改革により学校教育が改善されるのか定かではありませんが、仮に入試改革により高校の現場の教育が大きく変化するとすれば、国公立大学が二次試験で現在行っているような論述問題の導入だと思います。共通テストへの導入は採点の公平性や費用などの問題があるので、私立大学に何らかの根拠に基づいて順次導入していくべきです。

 もう一つ教育現場から指摘したいことは、他の教科については分かりませんが、少なくとも社会科において共通テストと私立大学の入学試験が乖離していることです。本校の場合、大学受験をする生徒のほとんどは、複数の受験方法を確保するためにも共通テストに出願しますが、共通テストのみで合格が決まるケースは多くありません。細かい知識を問う問題が多い私立大学の入学試験と、共通テストの双方に対応しなければならないのは生徒にとって重い負担となっています。私立大学の入試と共通テストの関係についても検討する必要があるのではないでしょうか。

(談・都立高校進路指導担当教員)




山﨑聖乃

文科Ⅲ類2年。学術面所属。令和に合った新しい価値観創成の一端をメディアを通して担いたいなと考えています。

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