我が子が早生まれの保護者なら、「早生まれは受験では不利なんじゃないかしら?」と、一度は不安に駆られたことがあるほうが多数派に違いない。果たして「早生まれは受験では不利」は事実なのか、俗説なのか。事実だとして、その程度はどれくらいなのか?―これが今回のテーマである。
本稿では、生まれ月によって、以下のように呼ぶことにする。
1〜3月生まれ:早生まれ
4〜6月生まれ:遅生まれ
7〜9月生まれ:やや遅生まれ
10〜12月生まれ:やや早生まれ
「遅生まれが優位な傾向は高3まで続く」?
今回筆者がこのテーマを選んだのは、とある元・塾経営者から、こんなことを聞かされたからである。曰く、「小学生だと、成績上位者の7割は4・5月生まれで、4・5月生まれが優位な傾向は高校3年生くらいまで続く」と。
「そんなバカな。多少、遅生まれが有利であるにせよ、7割は極端だろ」というのが、これを聞かされたときの筆者の率直な感想であり、「ならば、一度調べてみるか」と、ネット上を渉猟したことが本稿につながった。
数十年前に遡るが、筆者が小学生の時の、学校での成績上位者(≒私立中学受験者)の顔ぶれを思い起こしてみると―、小6全体で40人前後いた男子の中で中学受験者が6〜7名、うち4・5月生まれは(筆者を除く)3名であった。たしかに、遅生まれに偏っている。
一方で、生まれ月と成績との関係がふと気になった高1の時に、成績上位者20名の生まれ月を調べてみたことがあるのだが、この時は早生まれがちょうど4分の1であった。もっとも、筆者が通っていたのは、偏差値50台の中高一貫校である。中学受験時に同じ関門をくぐった同質集団内では、生まれ月による偏りは徐々に縮まっていくということなのかもしれない。
早生まれの不利は「永続的」
▼「相対年齢効果」を検証
じつはこの分野には、知る人ぞ知る(らしい)有名な論文がある。川口大司・一橋大学准教授(当時)による「誕生日と学業成績・最終学歴」と題された2007年の調査論文(*1)である。
実年齢の違いが学業成績や運動成績などに与える影響は「相対年齢効果」という。同論文は、その相対年齢効果が最終学歴にまでおよぶのか、(1)国小中学生を対象とした国際比較教育調査の結果、(2)国私立中学校での相対年齢の高い者の在籍割合、(3)四年制大学の卒業率を―をもとに検証している。
同論文が、その「はじめに」(まえがき)で示している検証の動機はこうである。
「相対年齢が学業成績に影響を与えているとしても%2Cその影響が児童・生徒の加齢に従って減衰していくのであれば%2C長期的には重要な問題ではない。しかしながら%2C小学校低学年のうちに経験した不利さが後々まで影響するならば%2Cそれは看過できる問題ではない」
「はじめに」には調査・分析結果の要約が書かれており、それらのうち特に重要と思われる点を抜き出したものが以下である。
小学3・4年生と中学2年生の学業成績に関する分析結果は%2C算数・数学と理科の双方において%2C4月2日生まれ(遅生まれ)のほうが4月1日生まれ(早生まれ)よりもテストスコアが偏差値にして2から3だけ高い
男子算数・数学のテストスコアに関しては%2C小中高ともに成績上位層では相対年齢効果が見出されない
相対年齢は国私立中学校への進学行動にも影響を与え%2C4月2日生まれ(遅生まれ)のほうが4月1日生まれ(早生まれ)よりも%2C約2.5%ポイント国私立中学校への在籍率が高い(中略)。これはサンプルの国私立中学校在籍率が5.5%であることを考えると非常に大きな差である
相対年齢効果の存在は頑健に確認され%2Cその効果は永続的であり%2C最終学歴にまで影響を及ぼしている
上記4点のうち3点目までは、概ね予想の範囲内であろう。同論文の問題意識から言えば、むしろ気になるのは4点目ではないだろうか。
ただしこの点に関しては、2点目に「男子算数・数学のテストスコアに関しては小中高ともに成績上位層で相対年齢効果が見出されない」とあり、男子最上位層の理数系科目は例外のようだ。上位とそれ以下では相対年齢効果の出方に違いがあるということだろうか?
▼トップレベルでは影響が出にくい
実際、2013年に発表されたある論文「小学生から大学生までに現れる生まれ月分布の偏り」(*2)には、その傾向がこう書かれている。
「医学部入学生においては早生まれの割合が少ないという現象は見られず、特に早生まれの影響というものは見られない。しかしながら、国・公・私立大学を問わず医学部については入学難易度が高いため、今回調査対象の大学とは状況がかなり異なっている。大学進学率がほぼ5割となる状況の中で、大学入学における早生まれの影響は入学難易度が低めに位置する大学でより顕著に表れる現象であるかもしれない。これはJリーグ・サッカー選手で見られた、トップ・ チーム(現在のJ1)よりもサテライト・チーム(現在のJ2)で早生まれの影響が顕著であるという結果と類似しており、2番手に属するグループで影響が大きいことを示しているのかもしれない」
学業成績も運動能力と同様、相対年齢効果は先頭集団よりも第2集団以下でより顕著なものになりやすい、というのがこの論文の指摘だ。
偏差値にも「遅生まれ・早生まれ」問題
話を最初の論文「誕生日と学業成績・最終学歴」に戻す。その中に1点、筆者が引っ掛かった点がある。それは、以下の記述である。
「この早生まれと遅生まれの間の学力差は%2C国私立中学校への在学確率にも大きな影響を与える。4月生まれの国私立中学校在学比率は日本全国で7%であるにもかかわらず3月生まれの数字は4%である」
4月生まれが7%で3月生まれが4%なら、残りの10ヵ月の単純平均(89%÷10ヵ月)は8.9%ということになる。おかしくないか? と。
そこで、今年中学受験をした年齢の前後について、生まれ月別の割合を調べてみた(生まれ月別の割合はここ何十年もほとんど変化していないことが知られている)。それが、次の表(*3)である。
この表には4月1日生まれを早生まれにするという処理が抜けているが、4月の7%というのは、じつは生まれ月別の人口比よりもむしろ低いことが分かる。逆に3月生まれは、総数では4月生まれとほとんど変わらないにもかかわらず、国私立中学校在学比率(4%)では対人口比にして約半分にまで下がっていることになる。つまり、「遅生まれが有利というわけではなく、3月生まれが他の多くの生まれ月に席を奪われている」と解釈すべきである。
実際、冒頭の論文を発表した川口大司・現東京大学大学院経済学研究科教授が、国際学力テスト「国際数学・理科教育動向調査」(TIMSS、2003年)の結果について分析したところ、平均偏差値でも相対年齢効果が確認できたという。
TIMSSの結果について、日本の中学2年生(約9500人)と小学4年生(約5000人)の数学と理科の平均偏差値を生まれ月ごとに算出し、グラフ化したものによれば、4〜9月生まれ、10〜12月(または1月)生まれ、1(または2)〜3月生まれの3グループに大別され、偏差値が最も高い生まれ月と最も低い生まれ月との差は、小学4年生では3.5程度、中学2年生では3程度となっている。
早生まれの所得は「4%低い」
以上の内容を追認する研究結果も出されている。山口慎太郎・東京大学大学院経済学研究科教授が2020年7月に発表した調査研究によると、早生まれの不利は、高校入試の段階でも続いていることが分かったという。統計的な誤差を補正した上で、4月生まれと3月生まれで入学した高校の偏差値を比べたところ、「4.5も違っていた」とのことである。
さらには驚くなかれ、山口教授は「早生まれの不利は大人になっても消えない」と断言。30〜34歳の所得を比較した先行研究によると、早生まれのほうが約4%低いという結果が出ているというのである。
川口教授は論文「誕生日と学業成績・最終学歴」で、小学校低学年のうちに経験した不利さが後々まで影響するならば%2Cそれは看過できる問題ではない」との問題を提議し、「相対年齢効果の存在は頑健に確認され%2Cその効果は永続的であり%2C最終学歴にまで影響を及ぼしている」と結論づけている。そのうえ山口教授も「社会の仕組みそのものが、早生まれの不利を固定化する方向に働いていると考えられる」と指摘している。
早生まれの子どもに親がしてあげられること
では、2・3月生まれの子どもの親はどうすればよいのだろうか?
軽々に言ってしまえば、「森を見ず木を見よ。そして、木から森全体を眺めよ」である。遅生まれとやや遅生まれが偏差値51に、やや早生まれが偏差値50に、早生まれが偏差値48に、それぞれ横一線に並んでいるわけではない。生まれ月による差よりも、個人差(個性の違い)のほうが大きいという事実を、親がまずしっかりと認識することを第一義としたい。
▼我が子のポジションや個性を見極める
優劣を平均値で考えるのではなく、分布(の重なり)を踏まえて、まずは我が子のポジションや個性を見極めることだ。分布について図示するなら、合同な三角形を2枚重ねて底辺を固定し、それぞれの面積が変わらないよう頂点を少しずつ左右に動かした感じ、とでも言えばよいだろうか。大部分は重なっているのである。
早生まれであることが理由であるかどうかは措いても、「よその子よりも勉強する時間を長くすることで不利を解消しよう」と漫然と机に向かわせたり、「よその子よりも早くから塾に通わせることで解決しよう」としたりするのは、筆者には愚策に思える。それよりも、塾通いさせる前段階から
体格や運動能力、成績にコンプレックスを抱かせないようにする
その子が得意なことを習わせて自信をつけさせる
語彙力やコミュニケーション力が鍛えられる取り組みを習慣化する
「自然遊び」など、非認知能力の向上に資する経験を定期化する
といったことのほうが、よほど後々のためになると筆者は考える。
▼早生まれが不利になりにくい中学・高校を選ぶ
加えて、大学受験時に早生まれが不利になりにくい中学・高校を選ぶという観点があってもよいだろう。ほとんどの難関校は、中学入学時と高校卒業時とでの平均偏差値の変化は僅かでしかない。一方で、最上位クラスではないが中・高の6年間での学力の伸びが大きい中高一貫校はある。
「早生まれであるが故に、中学受験までには先に生まれた子どもたちとの差が埋められなかった」と判断できるのであれば、そういった学校に進むほうが、学力を伸ばす上でも精神的な面でも、他の生まれ月の子ども以上に好ましいはずだ。「偏差値60超えの中学校に滑り込んで、成績は6年間ずっと下のほう」よりは、「偏差値50台後半の中学校に入って、6年間で徐々に席次を上げていく」といった策戦のほうが―大学受験までを視野に入れるのであればなおさら―上策に思える。
*1 川口 大司%2C森 啓明「誕生日と学業成績・最終学歴」『日本労働研究雑誌』2007年12月号
*2 内山三郎「小学生から大学生までに現れる生まれ月分布の偏り」『岩手大学教育学部研究年報 第73巻』2014年3月
*3 e-Stat政府統計の総合窓口「人口動態調査 人口動態統計 確定数 出生上巻 4-2 出生月別にみた年次別出生数及び出生率(人口千対)」
■吉田克己(よしだ・かつみ) 講師。京都大学工学部卒。株式会社リクルートを経て2002年3月に独立。産業能率大学通信講座「『週刊ダイヤモンド』でビジネストレンドを読む」(小論文)講師、近畿大学工学部非常勤講師。日頃は小〜高校生の受験指導(理数系科目)に携わっている。「SankeiBiz」「ダイヤモンド・オンライン」で記事の企画編集・執筆に携わるほか、各種活字メディアの編集・制作ディレクターを務める。編・著書に『三国志で学ぶランチェスターの法則』『シェールガス革命とは何か』『元素変換現代版<錬金術>のフロンティア』ほか。
【受験指導の現場から】は、吉田克己さんが日々受験を志す生徒に接している現場実感に照らし、教育に関する様々な情報をお届けする連載コラムです。受験生予備軍をもつ家庭を応援します。
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