高校生社長奮闘記 八幡浜「えもんファーム」の挑戦 – 愛媛新聞

高校生社長奮闘記-八幡浜「えもんファーム」の挑戦-–-愛媛新聞 教育関連ニュース

 冷たい風雨が吹きつけた11月下旬、人気の観光スポットである道の駅「八幡浜みなっと」(八幡浜市沖新田)は観光客らでにぎわっていた。中でも多くの人が足を止めるのは、産直交流施設アゴラマルシェにあるかんきつジュースコーナー。市内産かんきつを使ったストレートジュースが100種類以上並び、博覧会のように華やかだ。


 「めっちゃ売れてますね。やっぱりうれしいですよ」。その棚をスマートフォンで撮影し喜ぶのは、愛媛大附属高校3年渡部透馬さん(18)=八幡浜市国木。黒い長袖Tシャツに、作業用のズボン。一見すれば、どこにでもいそうな高校生。ただ、彼には別の肩書がある。「富士柿」のアイスクリームや、かんきつジュースなどを販売する企業「えもんファーム」の代表。人はこう呼ぶ「高校生社長」と。


(竹下世成)

■社長業のスタート

アゴラマルシェ内のかんきつジュースコーナー。渡部さんのジュースも並ぶ

 最初に「社長」を意識したのは小学生の頃だった。テレビのニュースで、株式会社の社長を務める小学生が紹介されていた。「すごい」。この驚きは、今も忘れることはない。

 中学生のころには、世間ではスタートアップ企業やベンチャー企業などの起業が盛んに。ふつふつと意欲が湧いてきた。中学3年生のころには、「起業」が明確な目標に。業種は生まれてからずっと身近にある農業。起業を意識して選んだ愛媛大附属高の入試面接では「実家の農業を継ぎたい」と力強く答えた。

 起業に必要な資料などを集めながら、2020年1月にえもんファームを設立。開業資金は1万円。税務署に開業届を提出して実感が湧いた。「ついに始まる。頑張らなければ」

■なぜ、農業か

重さが500㌘前後になる富士柿。逆さにすると富士山のようにも見える

 息子の決断に、母の八恵さん(45)は驚かなかった。「小さな時から人と同じことをしたいとは言わなかったんです」。子どもの挑戦はとにかく応援する考えで、今まで接してきた。小学3、4年生の時に「始めたい」と言ったドラムは、今も習い続けている。渡部さんも「両親の後押しがあってこそ。チャレンジに寛容な家庭の影響は大きかったですね」と笑顔で語る。

 挑戦の気概は、渡部さんのDNA、地域の歴史に根ざす。100年ほど前に、渡部さんが住む国木地区の産業を大きく動かした男がいた。その名は、井上三郎右衛門(1892~1980年)。1926年、地元の農家に配布された柿の苗から、巨大な実を付ける木を発見。優良な木から接ぎ木を続けて広めたのが富士柿だった。

富士柿を発見した井上三郎右衛門さん(渡部さん提供)

 平均して重さが500グラムほどにもなる富士柿は、逆さにすると形が富士山のように見えることから、その名が付けられた。デリケートで育てるのは難しいが、甘みが強く、関東圏などで贈答用として取り扱われる。全国で生産しているのは八幡浜市だけで、その大半を国木地区が占める。何を隠そう、三郎右衛門は渡部さんの高祖父。えもんファームの「えもん」は彼の名前が由来だ。

■目指す背中は遠く

渡部さん(右)が尊敬する祖父の井上憲久さん。背中を追い続けている

 現在、その農園を主として管理しているのは井上家3代目の井上憲久さん(70)。渡部さんが「スーパーおじいちゃん」と慕う祖父だ。

 渡部さんは歩けるようになると、祖父と一緒に園地がある山に入っていた。収穫時季は母も祖父の農業を手伝うため、家には誰もいない。当然のように農園に通うようになった。山での作業は一つ一つがイベントのように楽しく、憲久さんが幹にロープを掛けてブランコを作ってくれたのもよい思い出だ。農機具メーカーのキャップに、使い込まれた薄緑色の作業着。そして、地下足袋。格好いい憲久さんの姿を追い続けてきた。高校生社長として脚光を浴びる渡部さんと一緒に取材に応じることもあるが「正直、まだまだ認められていないと思う。農家としてはひよこどころか卵ですらないので」。偉大な祖父や、高祖父の背中は遠い。

 それを痛感したのは、高校2年。学校の年間を通した課題のテーマに柿の栽培を選んだ。将来的に柿農家を継ぐ身としては当然の決断。ただ、作業を始めると苦戦の連続だった。かっぱを着ての消毒作業はすぐに汗だくになり、脱ぐとぐっちゃぐちゃ。果実も虫にやられて収量が少なく、安定した収穫の難しさに驚いた。「家では祖父がやってくれている。普段目にしていた光景が、当たり前じゃないことを身をもって感じた」

■軌道に乗りつつ

えもんファームのかんきつジュース。似顔絵を前面に打ち出したデザインだ

 設立1年目の20年は、開業資金1万円に、母からの借金5万円を加えてスタート。祖父の山で育った甘平と、高級かんきつ「紅まどんな」で知られる愛媛果試第28号を使って、ジュースを約100本ずつ作った。

 ジュースに貼るラベルのロゴと似顔絵はインターネットで依頼し、あえて自分自身が前面に出るようなデザインを採用した。「まだ、柿だけでは、なかなか人の心にまでは響かない」。「高校生社長」という肩書をフル活用して、メディアや市民の関心を引き付けられる間が勝負だと思っていた。

 幸運も重なった。10年以上続けてきたドラム教室のイベントに、ロックバンド「ジャパハリネット」でドラムを担当する中岡りょういちさんが参加。世間話から、中岡さんのラジオ番組への出演が決まった。放送以降、地元のケーブルテレビや民放の番組にも出演。当初は1日20件以下だった会社のホームページの訪問者数も、放送があった日には200件を超え、注文も相次いだ。道の駅を歩いていると、小さい子から「えもんファームだ」と言われることも。少しずつだが、確かに地域に浸透している手応えはある。

 1年目は、愛媛果試第28号のジュースは売り切れたが、甘平は2~3割売れ残り、半額への値下げを余儀なくされた。10万円以上の売り上げはあったものの、経費や母・八恵さんへの返済などもあり、黒字には届かなかった。「学びがある1年でした。確定申告も初めてで、便利なソフトはあるのですが面倒くさい。ただ、そこはきちっといこうとやりきりました」

■反省と進展

富士柿を使ったアイスクリーム。今後も富士柿の製品を増やしていく

 21年は前年の反省を踏まえ、料金や製法を見直した。皮ごと搾っていた甘平のジュースを、実のみにすることで濃厚な一本に仕上がり、昨年よりも売れ行きは好調。愛媛果試第28号のジュースも12月末までに、21年度分の120本が完売した。

 最も世間に打ち出したい富士柿を使った商品も波に乗った。八恵さんは家庭内で富士柿のレシピをいろいろと「発明」しており「おいしかったので世に出さない手はないと思っていたんです」と渡部さん。その思いも込めて販売した富士柿アイス(400円)は、八幡浜市のふるさと納税の返礼品に採用。みなっとのアイスクリーム店でも使用されるなど売れ行きはよく、21年はトータルで二、三万円ほどの黒字の見込み。借金も全て返済できる予定だ。

 栽培では勉強ばかりだが、商いとしては少しずつ、道筋が見えてきたえもんファーム。ただ、懸念もある。これまで、自身が注目を集めてきた一因は、「高校生社長」という珍しさ。22年4月からは県内の大学に通って農業経営などを学ぶ予定で、もう高校生社長は名乗れない。この肩書の「賞味期限」は残り3カ月しかない。「今は頑張りだけで取り上げられているが、柿に注目してもらえるようにならなければ。面白い人だと興味を持ってもらえる。挑戦し続ける人、新しいことに取り組む人、みんなができないことをしていくしかない」

■贈答品から日常品へ

富士柿の産地として知られる八幡浜市国木地区。山にはさまざまな園地が広がる

 新たな取り組みとして目を付けたのがマーマレード。21年5月に審査結果が発表された「第3回ダルメイン世界マーマレードアワード&フェスティバル日本大会」で、アマチュア部門の金賞に選ばれた。試作品の数は20個以上。応募前の約1カ月は試行錯誤の日々で、母と一緒に「作っては食べる」を繰り返した。

 受賞のメリットは広く顔が知られたことだけではない。今までの土産物中心のラインアップから、日常使いの商品としての可能性も見いだせた。「友人からも『マーマレードは売らないの』との声もあります。日常的に使う商品や、柿の派生品をどんどん増やしていきたいですね」と笑顔で話す。

 いろいろな果物の商品を販売しているが、一番の目標は井上一族が誇る富士柿の認知向上だ。いま、世の中の柿のイメージは「メロンやイチゴとは違って『華がない』と思われてそうに感じるんです」。ただ、富士柿は違う。洋風なスイーツのようなおいしさもあり、英語のパーシモンと呼ぶ方が適切なようにも思う。「まずは、アイスなどで富士柿の存在を知ってもらって、青果につなげていきたい」

富士柿の原木(渡部さん提供)

 国木地区を見渡せる高台に、井上家の農園はある。収穫を終えた園地を歩きながら、周囲を見回す。徐々に生産者や農地は減っていく。同級生にも地元愛が大きい人や、山が好きな人はいたが、農業を継ぐという人は少ない。えもんファームも会社としては、まだまだふ化したばかり。先は長い。

 ただ、渡部さんは力を込める。「農業は大変とか、もうからないという話がありますが、今の僕には希望しかない。農業のイメージを僕が変えます」。眼下の谷に広がる柿園に、若人の意気込みが響く。空を覆っていた厚い雲の切れ目から、太陽が地域を照らすように顔を出していた。

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