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都立高校の全日制普通科は、男女で合格最低点が異なっている。男女別で定員が設けられているからだ。それはつまり、同じ点数でも性別を理由に不合格となっている受験生がいるということである。
この制度を問題視し、今年5月には「東京都立高校の男女別定員制を廃止し、性別によって不利にならない入試を行ってください!」の署名運動が行われ、3万筆以上の署名が集まった。6月には「都立高校入試のジェンダー平等を求める弁護士の会」が意見書を公表している。
男女別定員制の問題点や、制度が残されてきた背景などについて「都立高校入試のジェンダー平等を求める弁護士の会」の笹泰子弁護士に話を聞いた。
笹 泰子(ささ やすこ)(弁護士)
東京弁護士会所属。国際協力分野での仕事、カリフォルニア州立大学での人類学修士課程を経て、2014年弁護士登録。家事事件、セクハラ等の労働事件、性犯罪被害者支援、女性の難民申請事件等、女性の権利に関わる事件を多く扱う。医学部入試における女性差別対策弁護団事務局(https://fairexam.net/)、都立高校入試のジェンダー平等を求める弁護士の会所属。東京弁護士会性の平等に関する委員会委員、明治大学法科大学院ジェンダー法センター客員研究員、日本労働弁護団所属。
当初は教育機会が不平等であった女子の救済が目的
まず、都立高校の男女別定員制とはどういったものなのか。
東京都はその年の公立中学校の卒業予定者数と高校進学希望者数を推計し、公私分担の按分比率を決定する。全ての都立高校の全日制普通科にて、中卒予定者の男女比率に沿って男女別の定員を設け、男女別の成績順で合格者を決めているのだ。
その結果、合格最低点に男女差が生じ、現状多くの学校で、女子の方が男子よりも合格難易度が高くなっている。
都は2000年から、9割まで男女別に合否判定をした後、残りを男女合同で判定する緩和制度を導入した。現在約3割の学校が実施しているものの、今年5月の毎日新聞の報道によると、ある程度は点差の縮小が見られてはいるが、緩和制度を導入しても、約8割で女子の合格最低点の方が高く、最大で243点差が生じていたという。
こういった現状について、笹弁護士は「憲法26条1項の個人が『能力に応じてひとしく教育を受ける権利』の保障や、憲法13条の個人の尊重、憲法14条の平等原則の規定に反しており、教育基本法4条1項が禁止する性別による教育上の差別にも該当します」と指摘する。
現在、大半の学校では女子の合格最低点の方が高く、女子に不利益が生じている割合が大きいが、一部の学校では男子の合格最低点の方が高くなっている。「本件は、『性差別』の問題です。性別は入試で審査されるべき個人の能力と無関係であるのに、性別で定員や採点を分けている事自体が不当なのです。受験生の性自認の多様性への配慮も欠けています」と笹弁護士は述べる。
なぜ男女別定員制度は設けられたのか。話は戦前まで遡る。
戦前は女子の教育機会が限られ、男子とは内容も異なり、男子の方が学力が高い傾向にあった。戦後になり、共学化を通じた男女平等達成のため、女子の学力を補うことを目的に、男女別の定員制が設けられることに。つまり当初は女子の救済の意味があったのだ。
ところが、現在は多くの学校で女子の合格最低点の方が高く、当初の「女子救済」という目的は達成しているものの、導入時のまま制度は維持されている。
笹弁護士:憲法の平等原則から、公的機関が男女を別異に取り扱うことが許されるのは、合理的な理由がある場合に限られます。都立高の男女別定員制についても、現在でもなお平等原則に適合しているかという観点から合理性や相当性に関する検証が必要ですが、都はその検証をしておらず、制度の必要性に関するエビデンスも示されていません。
制度導入当初の目的は既に達成されている
一方で、男女別定員制の撤廃について、懸念を示す声や反発もある。
まず私立学校への影響だ。現状、女子の方が合格最低点が高く、男女別定員制を撤廃した際に、女子の私立進学者が減ることが懸念されている。
また、定員制が撤廃された場合、都立に合格する女子が増え、私立は女子校の方が多いため、「男子の進学先がなくなるのではないか」と心配する声もある。
その他、都立高校に女子ばかりが合格し男女のバランスが極端に偏ることを予想したり、授業構成やトイレや更衣室など設備の面を問題視する見方もある。
だが、笹弁護士は「客観的なシミュレーションはされていない」と指摘する。
笹弁護士:男子の進学先不足を懸念する意見は、あくまで男女別定員制のある『今の受験行動』のもとで、多くの都立高校において女子受験生の合格点が男子より高いこと、つまり特定の高校の受験生のなかでは女子の学力が相対的に高いことを前提としているのでしょう。
ですが、実際に男女別定員制が撤廃された際に、本当に都立高校全体で女子ばかり合格するのかは疑問に思います。現在は男女別定員制があるために同じ学校を受ける受験生のなかでも、男女間で偏差値や学力の差が生じているのです。男女別定員制が撤廃されたら、男女別の偏差値表もなくなって、各自が性別に関係なく純粋に実力に見合う学校を選択するというように受験行動が変わりますし、上から成績順に合否が決まるだけではないでしょうか。
毎日新聞が、既に男女別定員制が撤廃された大阪府立の高校を取材しており、女子比率が65%になった学校もあるものの、府立高全体の女子の割合は制度移行前に比べ2%増えた程度で、難関高校は男子の比率が多くなったと報道されています。また、ある校長先生は、移行に伴い施設の調整の必要などはあるが<どうしても克服できない課題はないと思う>と答えていることも重要です。
さらに、仮に私立高校に進学する女子が減る可能性があるとしても、それは公的機関である都立高校で不平等な制度を維持する理由にはなりません。例えば、私立高校が伝統や教育内容から入学者を女子に限ることは自由ですが、女子の私立進学希望者が減少する状況下でもなおそれを維持することの経営リスクは、当該私立高校自体が負うべきものです。都立高校の不平等な試験制度によって解消されるべき問題ではありません。
少子化の影響で既に都内の中学卒業者数は減少してきていますし、今後も、都立高校の定員や受入れキャパシティは余るようになります。都立高校も令和3年度に31校で1クラスずつ減らしているんです。また、2次募集や3次募集を行っている学校もありますし、都立高校のそのような余力を使えば、いずれの性別であっても進学先のない生徒が生じるという事態は避けられるはずです。
一部では男女別定員制撤廃には「政治家のクォータ制もあるのだから」といった反論もあるが、笹弁護士は「男女別定員制とクォータ制は、全く別の問題」と強調する。
笹弁護士:政治分野における「クォータ制」は、「アファーマティブアクション」や「ポジティブアクション」であり、積極的な格差是正の意味あいがあります。歴史的・構造的に不利な立場に置かれてきた女性に対し、今も続く負の影響を取り除くため、特別かつ暫定的にとる措置です。つまり属性を理由に優遇することが、実質的平等を実現するための手段として機能するから、平等原則の例外として許されるのです。
また、政治分野において女性に参政権が認められたのは1946年。それまで女性は政治において市民として認められてすらいませんでした。「政治は男のものである」という意識の影響が今も根強くあり、それを取り除くためにクォータ制を導入する必要があるのです。残念ながら、日本ではまだ政治におけるクォータ制は実現されていませんが。
加えて、議員は市民の代表であるため、クォータ制には、議員の構成に市民の属性を反映するという意味があることも教育との違いです。教育はあくまでも個人が人格形成や自己実現のために受けるものです。高校入試において男性が差別されてきた歴史的背景もありません。「男子の方が劣っている」「男子の方が成長に時間がかかる」といった意見もありますが、そのような見解には科学的根拠もなく、むしろ「セクシズム」という差別的なものと位置づけられます。
男女別定員制により都立高校のなかでも「難関校では女子が得をしている」という反応もありましたが、仮に「難関校に進学する女子を増やすため」というアファーマティブアクションが正当化されるなら、極めて限定的かつ暫定的に実施すべきですし、現行の都立校全体での男女別定員の是非の問題とは区別して論じるべきです。いずれも、政策のエビデンスとなる客観的なデータをもって、平等原則の観点から十分な検討がなされる必要があります。
生徒は「自分は差別を受けた」と知るのが難しい
2018年に発覚した医学部入試における女性及び年齢差別については、被害当事者からの声がたくさんあがった。しかし、都立高校の男女別定員制については、現時点で当事者からの相談は届いていないという。
笹弁護士:都立高校入試では合格最低点が公表されておらず、自分が不合格であった理由を検証することができません。そのため、被害者が被害を自覚することが難しいという問題があります。
予備校では都立高校について男女別の偏差値表を配っており、中学校でも男女別の合格レベルの差を前提に進路指導をしていますので、生徒たちは男女で合格ラインが違うことを知っているはずです。ですが、大学受験に比べると高校受験において浪人する人は少なく、都立高校に不合格になった場合でも、私立に進学する人がほとんどです。もし自分が性別を理由に不合格になったと察したとしても、まだ15歳と若く、新しい環境での生活に慣れるのに精いっぱいでしょうし、不公正な制度に対して声をあげることは極めて困難でしょう。
「都立高校入試のジェンダー平等を求める弁護士の会」はすでに文部科学省に意見書を提出し、今後も、東京都の関連部署や都議会議員への働きかけを予定しているとのこと。最優先されるべきはこれからの未来をつくっていく生徒たちだ。東京都はこの問題と真摯に向き合う必要があるだろう。
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