「生徒の76%が移住者」入学希望が殺到する – Yahoo!ファイナンス

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9:16 配信

プレジデントオンライン

■「子どもの76%が県外地からの移住者」

 そんな小学校が、長野県は佐久穂町(さくほまち)にある。2021年で開校3年目を迎えた、「学校法人茂来(もらい)学園 大日向小学校」である。

 開校当初、佐久穂町内から大日向小へ通う子どもは8人しかいなかったが、今では38人に増えた。それに伴い、長年減少傾向にあった町の人口がわずかながら増えた月もあるという。

 多くの世帯が移住するほど魅力的な小学校とは、一体どんな場所なのだろうか?  開校当初から校長を務める桑原(くわはら)昌之(まさゆき)氏と教頭の宅明(たくみょう)健太(けんた)氏※、そして娘が大日向小に通う保護者のやつづかえりさんに話を聞いた。

 ※肩書はいずれも取材当時

■日本で唯一の「イエナプラン」認定校

 大日向小は、1924年にドイツで発祥し、オランダで発展した「イエナプラン教育」をベースにした私立小学校だ。イエナプランとは、子ども一人ひとりの違いや個性を尊重し、社会で自立しながらも、他者と共生できる人物を育てていくことを目指す教育の考え方である。

 2021年6月時点、日本でイエナプランを採用し、専門の機関から認定を受けている小学校は大日向小のみだ。

 桑原校長はこう話す。

 「学校は地域の公共財。子どもだけじゃなく保護者も教職員も地域の方々も、学校を中心にして皆が幸せになれる、そんな場所を目指しています。いわゆるクラスは『ファミリーグループ』と呼ばれ、異学年で構成されています。現在は、1年生~3年生まで交ざった教室が3クラス、4年生~6年生まで交ざった教室が2クラス。中等部(フリースクール)に通う中1~中2の生徒も9人、同じ教室で学んでいます」

■「サークル対話」「仕事」…時間割も独特

 大日向小の1日はどうなっているのだろうか。

 保護者のやつづかさんによると、毎朝スクールバスで8時30分までに登校し、「サークル対話」で一日が始まる。これは、グループリーダー(担任教員)と子どもたちが円状に座り、あるテーマについて話し合ったり、週末の出来事や一日の予定を共有したりする。日によっては読み聞かせもあるという。

 時間割は教科で区切られておらず、カリキュラムは、学習指導要領にのっとって編成されている。

 ワールドオリエンテーションは“イエナプランのハート(核)”と呼ばれる「教科横断的」な学習で、カリキュラムの中心となっている。1週間のうち7時間が充てられ、2年で7つの領域について学ぶという。

 その学びに必要な事柄や基本的な学習事項は、ブロックアワーの時間に学ぶ。子どもたち自らが「仕事」と呼ばれる課題をスケジュールに落とし込み、1週間ごとに振り返りを行う。

■「自分以外はすべて外の世界」という考え方

 「ワールドオリエンテーションは、『自分以外はすべて外の世界』という考えなので、決してワールドワイドという意味ではないんです。道端に咲いている植物を観察したり、学校法人でお借りしているプルーン畑で摘果から収穫、販売までのルーティンを体験したり。

 例えばプルーンの果実ひとつとっても、なぜここにプルーンの実がなって、なぜ畑があるのか?  という問いにつながります。すると、大日向地区の農業や歴史、気候という理科的な要素にまで関わってきますし、販売では国語や算数の力も必要です。探究活動と教科学習を連動して行う、そんなサイクルを大事にしています」

 また、公立小と違うのは「何時間目」という区切りがない点だ。1年生~6年生まで全学級が15時10分(水曜日は13時10分)に授業を終了する。

■宿題はなし、ゲームでも自然でも遊べる

 ある日の校内では、このような声も飛び交う。来客に「校長先生はいますか?」と問われた児童が、「校長先生はあっちです。くわまーん(校長のあだ名)!」。「ねぇ、たくみょう(教頭のあだ名)ってさ、苗字なんていうの?」「……宅明が苗字だよ」(教頭)。教師と子どもが同じ目線にいるのも特徴だ。

 普段はもちろん、夏休みなどの長期休暇にも宿題は出さない。やつづかさんは、子どもたちの様子についてこう話す。

 「ゲームやポケモンカードなど都会の子と変わらない遊びもしつつ、学校や学童の時間では、身近な自然の中でよく遊んでいます。最近娘のクラスでは、校庭にある使われていない動物小屋にいろいろなものを持ち込んで、秘密基地づくりを楽しんでいるようです」

 保護者のひとりが運営する学童は、ほかの保護者も「サポーター」として関わり、アットホームな雰囲気だという。

■全校生徒136人のうち104人が移住者

 もうひとつの大きな特徴は、移住者の割合が高いことだ。全校児童生徒136人(小学校127人+中等部9人)のうち104人が移住者で、うち96人が県外からの移住。もともと佐久地域に住んでいる児童は、残りの30人ほどだという(2021年6月時点の情報)。

 桑原校長によると、「北は北海道から南は九州までさまざまですが、東京から佐久平(さくだいら)まで新幹線で1時間20分で来られることもあり、やはり首都圏からの移住が多い」そうだ。

 北陸新幹線の佐久平駅から佐久穂町までは、車で20~30分。移住組の児童104人のうち約3割が、母子移住または父子移住だという。「仕事の関係でお母さんが東京にいるご家庭もあるし、それぞれのライフスタイルに合わせて選択されている」そうだ。

■「東京に多様性はあるのかな」と考えるようになり…

 2020年春に東京から母子移住したやつづかさんは、娘の進学先に大日向小を選んだ理由をこう話す。

 「最初は、『公立小学校で多様なお友達と仲良くなれば、それでいい』と考えていたんです。横浜の公立校で育った夫も同様の考えでした。けれど、娘が大きくなるにつれて、『今の東京の環境に多様性ってあるのかな? 』と考えるようになって」

 ある日近所の人と話した際、小学校卒業後に私立中学を受験するのが当然という空気を感じとったという。

 「小学校生活のどこかで受験をする、しないの選択をせねばならないという実情を知ったんです。『しない』という選択肢もあるにしろ、多くの親が受験を選ぶと。これはきっと、3~4年生になる頃には周りの子が塾へ行き始めて、娘も私も影響を受けそうだな、と思いました」

 夫に相談すると、そうした事情に同じ懸念を示した。また、やつづかさんには、子育てにある“こだわり”があったという。

 「娘には、受験勉強をさせるよりも実体験から学んでほしいんです。学校だけでは得られない、さまざまなことを」

■内気な娘に小学校生活がこなせるのか

 娘は内気で周囲に気を遣い、自分の考えをすぐに言葉に出すことが苦手な性格だったという。0歳から通う保育園はゆったりとしていて、自分のペースで過ごせていたが、小学校ではそうもいかない。周囲に合わせて動かねばならない小学校生活が気がかりだった。

 そんなとき、当時はまだ開校前の大日向小理事の長尾(ながお)彰(あきら)氏と仕事を共にしたことから、大日向小に興味をもった。夫妻で入学体験や説明会に参加し、出会った教職員の雰囲気や言動からも、イエナプラン教育の理念を具現化しようと努力していることが感じられたという。

 「もともと『学校と深く、ポジティブに関わりたい』という気持ちがあったんです。イエナプランはそもそも対話や社会との関わりを重視しているので、親の関わりも歓迎されていて、そういう意味でも『ここなら娘に合いそう』と夫と話しました」

 娘を大日向小に通わせるためには、当然移住するしかない。夫は都内の会社に勤務しているため、母子2人での引っ越しだ。娘が自分のことを自分でできるようになってきていたことや東京との行き来のしやすさから、迷いや不安はほとんどなかった。「夫は、ゆくゆくは長野で副業先を見つけて東京との2拠点居住なども視野に入れつつ、ひとまずは東京に残ることになったんです」

■「卒業したら東京に帰る」という選択肢も

 夫も大日向小への進学に前向きで、移住することに不安はなかったが、それでもやつづかさんには心配ごとが1つあった。それはやはり娘の気持ちだ。娘は当初、「引っ越したくない」「保育園のみんなと同じところに行きたい」と、友達が誰もいない学校へ行くことに後ろ向きだったという。

 「実際の授業を見学させてもらえる“学校見学”の日の朝は、『行きたくない! 』とふてくされていたんです。そこで、娘にこう話しました。

 『大日向小は、いろいろな人がお互いに話し合って、協力し合って生きていけるようになるための練習を大事にしているんだよ。それは、大人になってからも大切なことだから、小学校で練習できるのはすごくいいことだと思う』

 『あなたは、心の中ではたくさん考えていても、なかなかほかの人に言えないことがあるでしょう。イエナプランの学校だったら、自分の気持ちを話せるようになるんじゃないかな、と思うんだ』」

 やつづかさんは、イエナプランのコンセプトを娘にも分かりやすいようにかみ砕き、「なぜ必要だと思うのか」を丁寧に説明した。娘は最後まで納得こそしていなかったものの、「じゃあ、小学校だけだよ。小学校が終わったら東京に戻るからね」と言うようになったという。

 「そうだね。卒業して、東京に帰りたかったら帰ろう。それまでの間に、どうしても合わなければほかの小学校へ行ってもいいよ。夏休みには、保育園のお友達にも会いに行こうね」

■ふてくされていた娘が「やったー!」

 移住後、娘に思わぬ変化があった。

 「こっちに来てからも、学校が始まるまでは『全然楽しみじゃない』という感じだったんです。それがたまたま、コロナの影響で入学式がなくなり、オンライン授業から始まって。初回は緊張していましたが、翌日のオンライン授業は楽しみにしていたようでした」

 開校したての大日向小はICT環境が整っていたこともあり、休校中もすぐにオンライン授業に対応してくれたという。娘は、オンラインを通じて少しずつ、友達や先生とのやり取りに慣れていった。「6月に『来週から学校行けるんだって』と伝えたときには、『やったー! 』と素直に喜んでいたんですよ。登校初日には、とてもうれしそうにランドセルを背負って、うきうきと家を出ていきました」

 内気な娘にとっては、オンライン授業がよい慣らしとなったようだ。また、変化は遊び方にも表れ始めた。

 「保育園時代は、お休みのほうが好きな子でした。金曜日になると『やったー!  明日は休みだー! 』って(笑)。今は、家で遊ぶのも好きだけど、日曜日になると、『やったー!  明日は学校だー! 』という感じ。家以外の場所に楽しみを見出すようになったのが、娘の大きな変化かなと思っています」

■家の安さとコロナ禍で費用は「プラマイゼロ」

 家計の面から見れば、母子移住は単身赴任と似たような状況だ。やはり、毎月の支出は倍になったのだろうか。

 「リフォームや家具の購入など、転居による一時的な出費と学費分を除くと、東京と長野の2世帯になったことによる支出増と、コロナで外出や外食・旅行が減ったことによる支出減で、プラマイゼロのような感覚です。夫がワンルームマンションへ引っ越したため、前の家より家賃が減ったことも大きいですね。

 私は佐久穂町の中古住宅を東京では考えられないくらいの値段で購入しましたが、賃貸住宅の場合も、家賃は東京と比べたらだいぶ下がります」

 一方で、東京時代にはなかった出費も発生した。

 「冬場の燃料代は、これまでの3~4倍になりました。ただ夏場はクーラーがなくても過ごせるのでありがたいですし、近所に目移りするようなお店やカフェが少なく、仕事がほぼオンラインになったことで外出ついでにお金を使うこともなくなり、無駄遣いは減ったと思います」

 学費は東京の私立よりも若干安い。入学金や施設維持費などを含めた年間の授業料が、東京の私立小は約70万円※1(加えて年間約65万円が、塾や習いごとにかけられている)に対し、大日向小は約54万円※2だ。

 ※1、※2 いずれも給食費や教材費、交通費などは含まない

■娘が長野を出たとしても暮らし続けたい

 やつづかさんは、佐久穂町に来て「すごくよかった」と話す。

 「娘が楽しく学校へ通っていることが、何よりもうれしいですね。先生たちもとてもよく見てくださるし、保護者同士のつながりが濃く、私自身も楽しく過ごしています。自然豊かで、どこを見渡しても景色がきれいだし、地域の方々も歓迎してくれて、温かいなと思うことが多いです」

 大日向小には2022年春、中等部(認可申請中)が開設される予定だ。やつづかさんは、卒業後のプランに関しても柔軟に考えている。

 「卒業後の進路は、娘の意思を尊重したいと思っています。娘が『このまま通ってもいいよ』と言うなら中等部へ進むし、高校をどうするかは、今はいろいろな選択肢があるので、状況に応じて柔軟に対応していきたいです」

 やつづかさんは、インターネットを活用して、町からほとんど出ることなく仕事を続けられている。町の中小企業経営者の依頼で働き方についての講演をするなど、少しずつ地元での仕事も開拓しているそうだ。やつづかさんのほかにも、移住してきた保護者や職員がおのおののスキルを活かしてカレー店や書店、ドーナツ店などをオープンさせ、閑散としていた町の中心部が活気づいてきたというから驚きだ。

■校長がコロナ禍で感じた「変化」

 新学期や入学に合わせて母子(父子)移住した家庭のなかには、もう一方の保護者が後からやってくるケースも多いという。桑原校長は「テレワークの影響は大きいでしょうが、とてもうれしいこと」だとほほ笑む。

 ほかにも、父親が新幹線通勤する前提で佐久平駅周辺に自宅を構えたものの、結局はテレワーク中心になり2段階移住で佐久穂町へ引っ越してきた家族や、佐久穂町への移住を検討する中で「学校を調べていたら大日向小を見つけた」という人もいる。

 「1年目は大日向小への入学が先で移住は後、という方が多かったが、2年目や3年目は、コロナ禍で『生き方そのものを見つめなおそう』という方が増えた印象があります。

町自体が「自律し多様なコミュニティーが人々のくらしを支え、挑戦や行動を支援するまち」というスローガンを掲げているので、住民の皆さんも非常に温かい。もちろん一概には言えませんが、そういった意味でも、佐久地域は移住先として人気です」(桑原校長)

■安易に入学を勧めない理由

 一方で、ごく少数ではあるが、移住後にやはり合わなかったと町を出た家族もいるという。宅明教頭はこう話す。

 「理由の統計を取っているわけではないですが、大人も子どもも、環境の変化に適応するのが得意な人と、そうでない人がいると思うんです。家族の在り方が変わったことや、学校の在り方にフィットしなかったなど、複合的な要因があると思いますね」

 そうしたケースは、コロナ禍で町の出入りができなくなった時期にみられた。桑原氏は、「いくら『通いたい』と言ってくださっても、保護者に大きく負荷がかかるような状態だと幸せにはなれないので、事前の面談では『移住することが最善なのか』ということと、行き来するのは大変だということを伝えたうえで、それでも入学してくださる方にお越しいただいています」と語る。

 それでも大日向小への入学希望者は絶えず、2022年度の入学に向けたオンライン説明会には300人以上から申し込みがきているという。

■「詰め込み型」から脱却した教育が広がりつつある

 2022年4月には、広島県福山市にイエナプランの公立小学校が開校する。大日向小は私立なので、公立小という点が、また違った意味をもつだろう。

 長年公立小で教鞭を執ってきた桑原校長は、「イエナプランの取り組みは公立小でも取り入れることは十分可能」と話す。自身も、町立の小中学校のみならず佐久地域の小中学校や高校ともコミュニケーションを図り、互いを参考にし合っているという。

 イエナプランに限らず、近年は新しい教育法を取り入れる学校が公立私立ともに増えている。従来の「詰め込み型」ではない教育が、これからの日本でも広がるかもしれない。

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原 由希奈(はら・ゆきな)

ライター

1986年生まれ、北海道出身。北海道武蔵女子短期大学英文科卒、在学中に英国・ソリハルへ留学。老舗シティホテルや医療機関での勤務を経て、2019年にフリーライターとして独立。

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最終更新:8/5(木) 14:35

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