理科の教師から、料理は化学の実験と同じだと聞いたことがある。レシピ通りに作れば誰でも一応は再現が可能で、手順や調味料などを変えて試してみると意外な発見をしたり、ときには無残な結果になったりする。では、専門家が本気で食に関する実験をしたらどうなるのか。この『理系研究者の「実験メシ」 科学の力で解決! 食にまつわる疑問』(松尾佑一/光文社)は、まさに“大人の自由研究”といった内容で、食欲と知識欲を刺激してくれる。生物学を専門とする著者が、実験するにあたって設定したルールは次の3つ。
1. 基本的に実験は一発勝負(装置の改良による再実験はあり)。
2. 家庭にあるもの、市販されているものを使って実験を行なう。
3. 著者の感想だけではなく、家族や友人などにも実験の成功を判定してもらう。
粉のコーヒーを、フィルターを使わずに淹れるのに必要な重力加速度は?
著者の研究室には、海外からの研究者や出張に行った同僚などからお土産でもらった、豆を挽いた粉タイプのコーヒーが溜まる一方で、その原因はペーパーフィルターやドリッパーといった他のグッズを用意するのが面倒だからなのだとか。そこで思いついたのが、「遠心分離機を使ってコーヒーの抽出をしてみよう」という次第。
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しかし、研究費で購入した実験装置や器具を使用するわけにはいかない。そのため、コーヒーにお湯を注いで均等になるよう混ぜたうえで、1mの紐をつけたペットボトルに移し替えて、振り回すことにした。この段階で、普通にドリップするより面倒な手順になっているのだが、そこは著者も私も気にしない。問題は、振り回すのが案外と大変なこと。著者は焼き肉を報酬にして男子大学生に頼み込んで実験するも結果は惨敗。ただの濁った水は、飲めたものではなかったそうだ。得られた加速度がジェットコースター並みの4G程度だったのが問題と考えた著者は、本書の最初の実験でいきなりルールを破ってしまう。遠心分離機をレンタルすることにしたのだ。そしてついにドリップ式と遜色ないコーヒーを淹れることに成功して判明した必要な重力加速度は、なんとジェットコースターの約250倍の1000Gだった。
自家製納豆を作るなら、天然の藁を使ってはいけない
著者の実験室の冷蔵庫には、研究のために10種類ほどの酵母菌が保管されているそうで、「せっかく酵母菌の研究をしているのだから、パンくらい作ってみるか」と思い立ったのだが、実際に作っている人のブログを読んだりして「無添加・オーガニック・グルテンフリー」といった言葉を目にすると、「入る店を間違えたかのように撤退」してしまったという。むしろ、「ジメジメとした世界で菌と楽しく戯れたい」と目をつけたのが自家製納豆作り。
納豆菌の入手方法は大きく分けると、(a)天然の藁などについた納豆菌を大豆に移す、(b)市販の納豆を混ぜる、(c)純粋な納豆菌を購入する、の3つ。一般的には(b)の方法で作る人が多いのだが、研究者たる著者は全てを試す。そして納豆菌が「心地よいと思う場所」を探すために、サーモカメラを使用したのだという。もはや、最初に設定したルールは何処に行ったのかと思わなくもないが、これでこそ!という醍醐味も感じる。
実験の結果は本書で確認してもらうとして、重要なことが書いてあったのでそちらを記しておこう。今回の実験では食中毒の原因となる菌は検出されなかった代わりに、カビが確認されたそうだ。天然の藁には何かしらの微生物がついており、100度で沸騰する水に対し120度で15分以上の滅菌が必要なボツリヌス菌などを考慮し、著者も(a)で作った納豆は実食していない。かつて読んだマンガに、天然の藁を用いて煮沸消毒だけで済ませていたものがあったが、危険も潜むということか……!? 真似しないよう、くれぐれも気をつけていただきたい。
自転車を漕いでバターを作れば、カロリーをゼロにできる?
学生時代より15kgも体重が増えてしまった著者は、お嫁さんから「自転車に乗ってサイクリングにでも行ったら」と言われてしまい、そのついでに生クリームからバターを作ることにする。小中学校の頃に、生クリームを入れたペットボトルを激しく振って作ったことがある人もいるだろう。それを自転車のタイヤの回転を利用して、やってみようというのである。
手製のバター製造装置(ペットボトル)を取り付けた自転車はなかなかに目立ち、通り過ぎる車の運転手からは「なんだこれ?」と怪訝な顔をされたそうだが、その甲斐あってか55分ほど走るとバターになったという。出来上がったバターは31gで223キロカロリー、自転車を漕いで消費したカロリーは約265キロカロリーだそうだ。実はこのあとのコラムが興味深く、近年になって体に悪いとされている植物性脂肪のマーガリンは、もともと牛脂の柔らかい部分と牛乳を混ぜ合わせたものだったという。そして、問題とされたトランス型不飽和脂肪酸はすでに入っていない商品が流通しており、マーガリンだからと目の敵にするのは見当違いだと著者は指摘している。
本書には他にも、お湯を入れてから「いったい何分までならインスタントラーメンは人道的な食べ物でありえるか?」といった実験などがあり、愉しめた一方、なにより自分で調べてみることの大切さを学ぶことができるのでおすすめだ。
文=清水銀嶺
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