子供たちに「定期テスト直前の一夜漬け」をやめさせるにはどうすればいいか。千代田区立麹町中学校の校長を務めた工藤勇一さんは「麹町中では定期テストを廃止した。定期テストをなくすと勉強しなくなると思う人が多いが、それは大人の思い込みにすぎない」という――。
※本稿は、工藤勇一・青砥瑞人『最新の脳科学でわかった! 自律する子の育て方』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■「自律」はメタ認知能力のことである
私が麹町中学で一貫して目指したのは、子どもたちの「自律」であり、自律を脳科学の文脈に置き換えたときの中心概念として据えたのが「メタ認知能力」です。神経科学的な定義は青砥さんにしていただきましたが、私が子どもたちにメタ認知を説明するときに使っている定義は、さまざまなものがあります。
・自分を知る力
・自分自身をコントロールする力
・自分を成長させていく力
・ネガティブをポジティブに変える力
青砥さんも指摘されたようにメタ認知能力は簡単に身につくものではありません。メタ認知能力を高めるためのセミナーに出ている大人は私のまわりにもたくさんいます。ビジネスコーチングを受けている人もたくさんいます。しかし、そういう人たちのメタ認知能力が高まっているかというと、必ずしもそうとは限りません。
うまくいかない理由として、理屈を頭で理解する段階で満足して終わっている人もいるでしょうし、自分の具体に落とし込むことができてもそれを続けられなくて終わっている人も多いと思います。
ですから、学校で子どもたちにメタ認知能力を学んでもらうためには、子どもたち、教員、保護者全員が「自分を知り、自分を変える」重要性をしっかり理解した上で、「3つの言葉がけ」に代表されるように心理的安全性がある程度保たれたなかでトレーニングが続けられる仕組みや制度を大人がしっかりつくることが重要だと考えています。
■「反省しない」「自分を責めない」が出発点
メタ認知能力を高めていく際に気をつけてほしいのは「反省しないこと」「自分を責めないこと」です。そのためには親や指導者は「子どもを責めない」「否定しない」を徹底しないといけません。
もちろん自分に関する客観的な情報を持っておくことはメタ認知において必須です。自分に意識を向ける訓練も必要でしょう。ただ、青砥さんも書かれていたように、本人が望まなくても子どもは学校や家庭、塾、クラスメイトなどから外部評価を洪水のように浴びています。
メタ認知をする上で大切なのは、自分に関する情報や評価を「自己否定の材料」に使うのではなく、「自分の成長の糧」に変えていく意識の改革です。そこがすべての出発点です。
その意識を変えるためには、多くの人が常識だと思っている思考の大前提となる部分をまるっきり上書きしないといけません。
「理想的な人間を目指せ」→「人間は所詮デコボコだよ」
「失敗は許さない」→「人間は誰でも失敗するし、たとえ失敗しても大丈夫」
「いい学校に行け」→「学校なんて練習場にすぎないよ」
「周囲と合わせろ」→「人はみんな違うんだよ」
「気合で乗り切れ」→「頑張れないのが普通だよ」
■大人が否定しなければ、自分の非を認められるようになる
このような意識改革が学校全体でできない限り、大人は子どもを否定し続け、子どもが自分を俯瞰的に捉えられるようになっても自分を責め続ける構図は変わらず、結果、自己肯定感を失った当事者意識の欠けた子どもを量産することになるのです。とくに私が「否定しない」ことの重要性を痛感するのは、誰かを説得しないといけないときです。
メタ認知能力が高い人を相手にする場合は別として、自分の思考パターンや言動パターンに問題がないと信じこんでいる人に対して「それは違うよ。こうでしょう」といきなり否定から入っても、「はい。そうですね」と言う人はまずいません。頭に血が上り、冷静な判断などできなくなり、感情的な対立が起きるだけです。
ただでさえ人は自分のことを俯瞰視しづらいわけですから、自分が良かれと思っていることを真正面から否定されては自分を振り返ることはできません。もちろんそれは子どもにメタ認知をさせるときも同じです。子どもを否定しない、責めない、反省させないことを大人が十分注意して心理的安全性を保つからこそ、思考がちゃんとでき、ときに自分の非を素直に認めることができるのです。
■結果ではなく、プロセスを意識させる
子どもたちが自分と向き合う機会を増やす簡単な方法は、子どもたちに結果ではなくプロセスに意識が向くように大人が仕向けることです。正しい褒め方でも書いた通り、多くの大人がついやってしまう「結果を褒める行為」ではプロセスに意識を向ける余裕が生まれません。
プロセスをひたすら褒めるようにすると、子どもたちは「プロセスの質」を求めるように意識が変わっていきます。
その象徴的な例が、麹町中学での定期テストの廃止と宿題の廃止です。定期テストがあると「定期テストで他の生徒より良い点を取ること」が生徒の目的になりがちなので、普段は勉強せずにテスト直前に一夜漬けをする現象が起きます。また、宿題があると「宿題を提出すること」が目的になってしまうので、わかる問題だけ解いてわからない問題を放置する現象が起きます。
本来の学びとは「わからないことをわかるようにする」ことですから、まったく意味のないことに子どもたちの貴重な時間が奪われることになります。とくに宿題は言われたことをこなしているだけで自ら選択したわけではないので、子どもたちは勉強に対してネガティブなイメージを持つようになります。
■定期テストを廃止、子どもたちの思考パターンが変わった
いずれも「子どもの学力を上げる」という上位目的とは反する現象が起きるのです。
そこで麹町中学では定期テストを廃止し、その代わりに出題範囲の狭い単元テストを導入しました。さらに単元テストの点数に納得できなかった子どもは再テストを受けられるように仕組みを抜本的に変えました。同時に宿題も廃止したので、子どもたちは自分にあった勉強のスタイルを確立していかないといけません。
ここまで仕組みを徹底すると、子どもたちの思考パターンは自ずと「わからないことをわかるようになりたい」「テストで良い点が取れなかったけど、もうちょっとなにかできたかもしれない」と能動的になっていきます。定期テストも宿題も無くしたら子どもが勉強しなくなるのではと思われる方が非常に多いのですが、それは「子どもは命令しないと何もできない」という大人の思い込みにすぎません。
とくに子どもたちの学習意欲を掻き立てる効果が高いのが単元テストの再テスト制です。テストを受けるかどうかは完全に任意で、再テストを受けたら2回目の点数が成績になる仕組みになっています。すると子どもたちの頭のなかで何が起きるかいうと、クラスメイトに勝つか負けるかの発想から、1回目のテストを受けた自分に勝ちたいと発想が変わるのです。
■自分の勉強法をアップデートする子どもが出てくる
1回目が不本意な結果だと自分の課題を解決しようという意思が働き、わからないものをわかるようにするためにはどうしたらいいかといろいろ考え、友達に聞いたり、インターネットで調べたり、教員に聞いたり、図書館に行ったりと自分なりに試行錯誤をはじめます。もちろんその間、教員からこれをしろ、あれをしろの指示は一切ありません。
最初のうちは子どもたちも何をすべきか戸惑って、大半の子どもは仲良しグループのなかで質問をしあったり、仲のいい先生に質問をしたりすることからはじめます。多くの子どもにとってはそれ自体が異質な体験であり、もしそこで問題が解決できれば、「困ったときは人に聞けばいいんだ」とひとつ学ぶことができます。
さらにそれを何回かやっていると、「この科目は親友に聞けばいいけど、数学をもっと上手に教えてくれる人っていないのかな」といった具合に、自分の勉強法をアップデートしようとする子どもが出てきます。
たとえば親友に「このクラスで数学を教えるのが一番上手な子って誰かな」と聞いてみて、その子との接点がないのであれば共通の友人を介してお願いをするなどを自主的に行うようになります。それでうまくいけば、今度は「相談する相手って大事なんだ。人脈を広げれば相談相手は増えるんだ」という学びを得ることができ、それを繰り返せるようになります。
麹町中学の子どもは3年生にもなると先生がなにも言わなくてもみんな勝手に学び合う環境に変わります。視察に来られる方はその光景に一様に驚かれますが、それが実現できるのも、口先だけではなく、徹底的にプロセスに意識が向くように環境を整えているからです。
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工藤 勇一(くどう・ゆういち)
横浜創英中学・高等学校校長
1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長等を経て、2014年から千代田区立麹町中学校長。2020年4月1日より横浜創英中学・高等学校校長。教育再生実行会議委員、経済産業省「未来の教室」とEdTech研究会委員等、公職を歴任。著作に『学校の「当たり前」をやめた。―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』(時事通信社)、『子どもが生きる力をつけるために親ができること』(かんき出版)など。
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