2021年5月26日、東京都立高校の入試で女子の合格ラインが男子のそれを大きく上回る状況が続いていることを毎日新聞が報じた。
東京都では、公立高校(全日制普通科)の募集定員が男女別に設定されている。教育の専門紙である日本教育新聞によると、性別による合格最低点の格差を是正するために平成10年度(1998年)入試から導入された制度である。
しかし、男女別定員制は公立高校入試において一般的とは言い難い。2021年4月27日におこなわれた参議院 文教科学委員会での瀧本寛 初等中等教育局長の答弁によると、公立高校入試での男女別定員制は、東京都を除いて実施が把握されていない。(*1)
(*1)令和2年度入試までは、群馬県の高崎商業高校でも男女別定員が確認された。また、高校入試ではないが、長野県の2つの県立中学校で男女別定員の廃止が決定したと報じられた。
問題視されてきた「男女の合格ライン」
都立高校入試における男女の合格ラインが取り沙汰されたのは今に始まったことではない。2019年の朝日新聞や2021年5月9日の東京新聞でも、同様の内容はすでに報じられていた。
今回の毎日新聞による報道で重要なのは、同社が情報公開請求によって入手した、男女別定員制の緩和について、平成27年度〜令和2年度に都立高校長に実施したアンケートを、「東京都立高校の男女別の合格ラインの違いに関する資料」として一般公開した点だ。男女別定員制の緩和をおこなった高校のみとはいえ、男女別合格最低点が開示されたことで、男女で実際にどの程度、高校の入りやすさに差があるのか、点数として可視化されたことだろう。
今回の報道を受けて、5月27日の記者会見で、加藤勝信官房長官が男女別定員制の是非について質問を受けるなど、この問題は広く注目を集めた。
しかし、都教委が公表している過去5年分の応募状況によると、都立高校普通科の倍率は、男女で大きな差は見られない。
では、都立高校入試の男女別定員制はどのような批判を受けているのだろうか。また、男女の合格ラインの違いをめぐる問題の争点はどこにあるのだろうか。
男女別定員制への批判
そもそも、男女別定員制への批判とは具体的にどのような内容なのだろうか。以下では新聞メディアや政治家、研究者の論調を概観していこう。
新聞メディアの論調
冒頭に紹介した新聞メディア各社は、性別の枠をはずした「合同定員制」が導入されていない現状が全国的に見て特殊であり、男女の合格ラインの不平等が批判されている状況を伝えている。 例えば毎日新聞は、過去に検討された合同定員制への移行がいまだ実現されていないことや、東京医科大学などの女子受験者に対する不利な得点調整に言及した上で、男女別定員制が入試における男女差別につながっていると問題視している。
東京新聞は、東京都教育委員会(以下、都教委)や東京私立中学高等学校協会といった関係者へのインタビューを紹介しつつ、都立高入試での男女別合格最低点が非開示だったことを伝えている。この上で、「願書の性別欄をなくす動きも広がる中、性別で分ける都のやり方は時代に逆行している」「男女別定員制を望ましいと考えるなら、都は根拠を明文化し、考える出発点にしてほしい」という保護者の批判的な声を紹介して締め括っている。
2019年の朝日新聞もまた、東京都で男女別定員制が存続する理由をたどることにフォーカスしつつ、他県の教育委員会関係者のコメントなどを紹介しながら、同制度が全国的に見ていかに異例かを強調している。
政治家による批判
政治家や研究者もまた、男女別定員制を批判している。
例えば、東京都議の斉藤れいなは、先にも言及した東京医大の問題をきっかけに、2018年10月の文教委員会からこの問題について質疑を繰り返してきた。彼女は
経済的な理由やさまざまな理由から都立高校を第一希望とする生徒も多い中で、 女子と男子で合格できる最低ラインが大きく開きがあるということ、 また倍率も大きく異なるということは男女平等を謳う都教育委員会の実施している入学試験としては矛盾している制度だと言わざるを得ません。 […] 他道府県ではすでに、性自認の多様性を鑑み、入学試験における性別欄すら廃止している2021年において、ぜひ女性活躍のみならず性の多様性の活躍の観点からも、東京都にはこの問題に真剣に向き合い、実質的な検討を進めていっていただきたいと思います
と、自身のサイトで述べている。
同じく都議の奥澤高広は、2021年2月26日の都議会第1回定例会で、願書への性別記入の見直しとあわせて、男女別定員制について「都は、他県に比べ私立高校が多いという事情については一定の理解をしますが、結果として進路変更を余儀なくされているとすれば、看過できません。」と発言している。
公立校願書の性別欄廃止は、性的マイノリティへの配慮を理由として、2019年ごろから全国的に進みつつある。2015年に文科省から通達された「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」など、学校教育でジェンダーやセクシュアリティに配慮する動きが広がる文脈をふまえて、男女別定員制も批判された形だ。
都政だけでなく、国政でも批判の声は上がっている。参議院議員の吉良よし子は、2021年4月27日の参議院 文教科学委員会で、文部科学省の瀧本寛 初等中等教育局長および萩生田光一 文科相に対し、性別を理由にした差別である男女別定員制はなくすべきだと迫った。
研究者による批判
研究者では、2018年に社会学者の千田有紀が、東京医大の問題をふまえつつ、「東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書」の内容を検討した上で、
公立の学校が性別を理由に、女子生徒から教育機会を奪っていいのだろうか。とくに親の子に対する進学期待は、男女でいまだ男女で違いがある。女子の進学を妨げる方向で、定員を決めることの妥当性は、何だろうか。少なくとも私には、事前に告知してあること以外、東京医大との違いは見つけられない。
と批判を展開している。同じく社会学者の村松泰子も、
入学時に男子・女子と分けられていると、先生や生徒自身が、無意識に「男子は」「女子は」と区別して物事を考えかねません。ジェンダーの問題は、“制度”と“意識”の両面があって、男女別定員制は“意識”への悪い影響にも繋がるのではないでしょうか。また、男女に二分することは、性的マイノリティの生徒たちにも戸惑いを与えます。
と、男女別定員制が制度面だけでなく、ジェンダーに関する意識への悪影響を与えると指摘している。
このように、都立高入試での男女別定員制への批判には、学校教育におけるジェンダーやセクシュアリティへの配慮の全国的な広がり、その中での東京都での合同定員制導入の遅れ、東京医大問題のような女性が不利益を被る問題の噴出という背景がある。これらの文脈をふまえ、男女別定員制は男女間の合格ラインの差をもたらすため、女子生徒の教育機会や進路の自由・平等や、性の多様性、女性活躍推進などを損なう点で問題視されている。
メディアや研究者の間では「都立高入試の男女別定員制が不公正である」という現状認識はコンセンサスを得られていると言えるだろう。
都教委による応答
では、こうした批判に対して、都教委はどのように応答しているのだろうか。
実は都教委側も、男女の合格最低点の差を問題視しており、男女別定員制の緩和措置などの対策を講じている。加えて、2020年8月に公表された「令和3年度東京都立高等学校入学者選抜検討委員会報告書」(以下、「報告書」) では、都立高校長および都立中学校長へのアンケート結果から、
男女の合格最低点の差を完全に是正できるものではないこと、性別によって倍率が異なり合格基準が変わること等から、男女合同定員制について本格的に議論を進める必要がある。そのことを踏まえ、男女別定員制の緩和実施校について、引き続き検討していく。
と、変革に向けた姿勢が示されてはいる。報告書内に具体的な改善内容の記載はなかったものの、男女別定員制の不公正は都教委にも課題として認識されていると考えられる。
これに関連して、先に触れた都議会での奥澤都議の質問に対しても、都教委のトップである藤田裕司 教育長は
高校入学者選抜では、全日制普通科で男女別定員を設けており、合格者の成績に男女差を生じる場合があることから、募集人員の一割につきまして、男女合同の総合成績により合格者を決定しております。 […]また、中高一貫教育校では、一般枠は男女別定員としておりますが、繰り上げ合格者を男女合同での総合成績で決定をしているところでございます。これらの取り組みにより、合格最低点の男女間の差の縮小を図りますとともに、中学校の進路指導等への影響を考慮し、実施校の段階的な増加に努めているところでございます。今後とも、男女別定員による不公平感を低減するとともに、より男女平等な入学者選抜とすることを目指してまいります。
と回答している。都立中高一貫校も入試での男女別定員制を実施しており、都立高校とともに批判の対象となっている。このため都教委も、合格最低点の男女間の差の縮小に向けた施策を段階に進めている。募集人員の一割に対する男女別定員制の緩和や繰り上げ合格者への一部措置が、実際に一定以上の効果を上げていることは、冒頭の毎日新聞が公表した資料や「報告書」からも明らかだ。
しかし、「報告書」に記載された都立高校長・中学校長へのアンケートでは、半数以上が男女別定員制を必要と回答している。
ではなぜ、半数近い都立中高は、なおも男女別定員制を必要としているのだろうか?
戦前期・私立校・受験競争
以下では、①戦前期からの影響、②私立校との兼ね合い、そして③受験競争の現状を通じて、東京都において男女別定員制が依然として残っている理由と格差が助長される現状を解説しよう。
1. 戦前期からの影響
まず、戦前の学校制度の影響だが、教育学者の小野寺みさきによる2013年の論文「戦後都立高等学校における男女共学制の導入過程」によると、
戦前の旧制中等学校を前身とした都立高等学校では、男女間の学力格差、トイレや更衣室等の施設・設備の課題が指摘された。そのために、1950(昭和 25)年度より、全日制普通科においては、学校ごとに男女別入学定員を設定するかたちで男女共学制が実施された。前身とする学校の伝統や校風の維持が尊重されたため、男女同等の受け入れには消極的な学校もあり、その後の男女別入学定員の継続につながった。
とされている。戦前期は複線型教育により、中等教育以上では男性と女性で進学ルートが異なっており、教育内容も異なっていた。このため、戦後に教育内容を統一した結果、理数科目や外国語などで、男女間の学力格差が生じていた。特に旧制中学校(男子校)を前身とする学校に女子が入ることが困難だったため、男女共学の実をあげる目的で教育庁から指示が出されたことが男女別定員制の始まりだ。
つまり、戦前期に教育機会が限られていた女性たちに対し、一定枠の門戸開放を図る目的で男女別定員制は成立したのだ。男女別定員制は、こうした戦後の学校状況に対し、学力格差の縮小や施設・設備の拡充が進むまでの対処療法的な措置だったと言える。
しかし、先に述べた学力差問題や学区ごとの男女の進学比率の差、施設整備の遅れ、学校の沿革や伝統などを理由に男女同数の受け入れに消極的な学校が現れたため、そのまま男女別定員制が存続した、というのが小野寺の見立てだ。
要するに、男女の教育機会や教育内容を平等にするために始まった施策が、なかなか改善されない状況の中で存続し、そのまま今日に至っているわけだ。だが、これだけでは男女別定員制の存続理由は見えても、男女間の合格ラインの不公正は説明できない。
2. 私立高校との兼ね合い
そこで重要なのが、東京都における私立校と都立校との関係だ。
東京都が抱える特殊な地域事情として、私立校の多さが挙げられる。歴史的にも私立校の多さは影響が大きく、先述の小野寺論文によると、
他の道府県と異なり、東京には、戦前に設置された男女別学の私学が多数存在した。都立高等学校では 1950(昭和 25)年度より男女共学が全面実施されたが、男女別学を希望するものは私学による中学校、高等学校教育を受けることが選択可能であるという地域的特色があった。[…]学校ごとに設定された男女別入学定員は、その後、是正が検討された。その格差は、高等女学校等を前身とする学校では、1972(昭和 47)年までに解消された。しかし、旧制中学校を前身とする一部の学校では、高い男子定員比率が継続された。1990(平成 2)年度の募集定員において、はじめて、女子の定員比率は全て40%以上に是正された
となっている。つまり、元男子校の私立共学校では偏った男女定員比率が継続してきた。現在でも、慶應義塾中等部や早稲田実業など、共学であり男女別定員制をとりながらも男女比に偏りのある募集をおこなう私立校がある。また、男女別定員制を設けていなくても、男女で合格最低点が異なる学校も多いと指摘されている。
私立高校の募集定員、都立高校に影響
その上で、私立校の多さが都立高校の募集状況にも大きく影響している。数多くある私立高校の募集定員とバランスを取るため、都立高校の募集定員は両者による相談で決めているのだ。
東京都は募集定員を「公立中学校を卒業する3年生の男女比率を元に算出」した上で、一般財団法人 東京私立中学高等学校協会とともに公私連絡協議会という会議を開催し、高校一年入学者数の公立私立生徒数の割合などを設定している。例えば、2020年9月発表の「令和3年度高等学校就学計画」では、
令和3年度の就学計画を立てる上での進学率を95.0%とし、都立高校及び私立高校の按分比を59.6:40.4として、[…]生徒の受入れを分担する。
と振り分けられている。ここで重要なのは、東京都、つまり都立高校側の都合のみで募集定員を設定できない点だ。東京都で合同定員制を導入していく場合、男女別定員制下で振り分けられてきた公立・私立高校の入学者数のバランスにも配慮しなければならない。先に触れた斉藤都議も、東京都で男女合同定員化を進めるにあたって、私学に不利な状況が生まれないよう、私学振興の継続の重要性を指摘している。
私立女子校の多さ、都立高校の女子募集定員を圧迫
これらを踏まえた上で、私立別学高校の数的アンバランスさが、結果として都立高校における女子の募集定員枠を減らすことにつながっている。
東京では女子校が80校と、私立高校の3割近くを占めている。これは男子校の32校の倍以上の数字だ。女子に対する私立高校の受け皿が大きい分、都立高校の募集定員を男子と同程度にすると、男女間で偏りが出てしまうのだ。そのため、都立高入試における女子の募集定員が少なくなる背景が生まれる。
だが、家庭の経済的な理由や居住地による通学時間、当人の学力などから、あらゆる生徒が私立高校に進学するという選択肢を持ち得るわけではない。仮に私立校という選択肢があらゆる生徒にあったとしても、女子校と男子校の数的不均衡や男女での偏った定員比率・合格最低ラインといった、私立高校が抱えるアンバランスから、高校入試の募集定員には男女差が残る。この結果、都立高入試の男女別定員制は、都立高入試の女子の募集定員を減らし、合格最低ラインを引き上げる結果を招いている。
3. 都立校vs私立校の受験競争
最後に、東京都の受験競争の現状に触れておこう。コロナ禍による経済悪化にもかかわらず、首都圏公立高校の倍率低下が指摘されている。東京都では現行制度になった1994年度以降で最も最終志願倍率が低く、私立校への授業料助成や都立高校での推薦入試制度がその原因と見られている。
他方で、高校入試における私立女子校側の受け皿が減少したことにも注意が必要だ。豊島岡女子中学・高校の高校募集廃止が象徴するように、東京都内では学力上位層女子の高校受験の選択肢がますます限定されるようになった。都立中高一貫校でも高校募集停止の動きが見られるなど、私立・公立を問わず、中高一貫校は囲い込みが進みつつあり、中学受験の激化が指摘されている。
だが、すでに書いたように、あらゆる生徒が私立校に進学する選択肢は持ちえない。また、中学受験に向けた塾代や私立中学校からの学費といった高額な出費に、あらゆる家庭が備えられるわけでもない。私立校や中高一貫校の高校入試の門戸が閉ざされれば、中学受験に備えられない家庭の生徒はますます選択肢を狭めてしまう。この結果、上述したような都立高入試における男女別定員制がもたらす格差が、助長されるリスクにつながると考えられる。
すれ違う論点
都立高校入試の男女別定員制は、ジェンダーやセクシュアリティの平等の観点から批判を受けてきた。これに対し、都教委は男女の合格最低点の差を問題として緩和措置等の対策はしつつも、合同定員制の導入への歩みは進んでいなかった。男女別定員制が存続している理由としては、戦前期からの連続性、私立高校との兼ね合いが挙げられ、受験状況の過渡性がその格差を助長している。
ここまで見ると、男女別定員制への批判と都教委や学校側の応答のズレがうかがえる。つまり、メディアや政治家、研究者はジェンダー/セクシュアリティの平等の問題として批判するのに対し、都教委や学校側の応答は入試制度の運用や学校経営の観点によるものとなっている。
日本社会が国際的に見て、依然としてジェンダー不平等な社会とされる中、男女別定員制は入試制度や学校経営の問題にとどまるのか、あるいはジェンダー/セクシュアリティの平等の問題なのか、解決に向けて検討していく必要がある。
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