今、教員のなり手不足が問題になっています。その背景にあるのが長時間労働で体や心を壊す、いわゆる“ブラック勤務”の問題です。その解決策を探りました。
■自身が勤める高校を相手取り裁判を起こした教員
大阪府立高校の西本武史教諭が自宅を出たのは朝6時半。「学校に着くのは7時20分~30分くらいですね」と話します。
西本教諭は2019年2月、自身が勤める高校を相手取り裁判を起こしました。「学校の先生の長時間勤務の問題について、社会全体で考えてもらう裁判だと思っています。普通に働ける、生徒と一緒に喜んで悩んで過ごせる職場環境になってくれたらなと思っています」と、異例の訴えの理由について記者会見では話しました。
西本教諭はひと月の残業が最大155時間と、過労死ライン(80時間)の2倍近くにも達しました。このため、適応障害を発症し、5カ月の休職を余儀なくされたと言います。学校行事が減っているコロナ禍でも、残業時間は過労死ラインを超えることがあり、この日勤務を終えたのは午後8時半と、朝7時の出勤からもう13時間半になります。
――こんなに遅くまで?
西本教諭
「そうですね。テストの採点などで忙しく、途中に外にも出たりしてたので、夕方また戻って来てから採点の続きをして、結構忙しくなっちゃいました」
西本教諭はどんな教師なのか? 生徒に聞いてみました。
男子生徒
「本当にいい先生です。今までもってもらった中で一番良かった。優しく、生徒思いの先生です」
女子生徒
「ちょっとしたことで相談しても、すごく真剣に答えてくれて、助けられました。すごくうれしかったです」
どれだけ大変でも生徒たちには明るく対応してきたという西本教諭は、勤務が最も大変だった5年前、クラス担任に加え担当の世界史や生活指導、さらにラグビー部の顧問、海外語学研修の引率といった業務が重なっていました。
西本教諭
「寝るのは午前2時とか、そういう感じでした。6時台に起きて、学校に行くという生活をしていたので、体がきつくてもう休みたい、休みたい、けど休みがない。休みがとれない、という感じでした」
今も続く裁判で、学校側は「具体的な要望もなく、欠勤もなかったので、心身の不調に気づかなかった」などと主張しています。しかし、西本教諭は当時の校長にメールで直接、窮状を訴えていました。
「もう限界です。精神も崩壊寸前です」
「このままでは本当に死んでしまう」
にもかかわらず、業務の改善はされなかったと西本教諭は言います。
西本教諭
「終電で帰る日も多かったのですが、終電で駅のホームで電車を待っていると、フラフラっと飛び込んでしまいそうになる感覚がありました。なんか早く楽になりたいという思いが強かったですね」
文科省の調査(2016)では、“過労死ライン”を超えた教員は小学校で3割、中学校で6割に上りました。教員の仕事は授業のほか、教材の準備、保護者への対応、部活動など多岐にわたる一方、自己犠牲が当然という風潮があります。
西本教諭
「働き方改革で、仕事を減らすというところが抜け落ちているような気がします。一番シンプルな考え方は人を増やすか、仕事を減らすか、その2択だと思うのです」
■ブラック勤務の末、自死に追い込まれた教員
ブラック勤務の末に、自ら死を選んだ教員もいます。
嶋田友生さんは学生時代、恵まれた体格を活かしボート部で活躍していました。ゆくゆくはボートの指導者になりたいという夢を抱いていた友生さん。その1歩目として中学の教員を目指し、地元・福井県の中学校講師などを4年間務めてから、正式に教員として採用されました。しかし、そのわずか半年後、27歳で亡くなります。
深夜の帰宅が続き、友生さんは2階の部屋に上がれず眠ったこともあったそうで、残業は“過労死ライン”の2倍、最大169時間にも上っていました。初めてのクラス担任や、競技経験のない野球部の副顧問に加え、特に苦慮していたのは問題生徒を巡る複数の家庭への対応だったと、友生さんの父・富士男さんは言います。
嶋田富士男さん
「実際に問題生徒の家庭とやりとりするときに、息子が全部請け負って対応しており、そういうことについても結構悩んでいました」
――新任の先生でそんなに背負わないといけないものなんですか?
富士男さん
「学校という職場は、それが当たり前なんです。業務を軽減するために『手伝ってあげようか』と聞ける状態ではなく、他の先生自身も手一杯で、20人余りの同僚教員が息子の変化に気づいてないのです」
――それだけたくさんいるのに気が付かないのですか?
富士男さん
「それっておかしいじゃないですか」
友生さんが毎日欠かさずつけていた日記には、日々の辛い様子が綴られています。
「今、欲しいものはと問われれば、睡眠時間とはっきり言える。寝ると不安だし、でも体は睡眠を求めており、どちらへ進むも地獄だ」
眠る時間すら惜しんで仕事をしなければこなせないという苦悩が表れています。日記は9月29日で途絶え、その1週間後、友生さんは自ら命を絶ちました。日記には、こんな言葉も残されています。
「疲れました。迷わくをかけてしまいすみません」
友生さんの死は2016年9月、公務災害として認められます。2019年7月、福井地裁の判決では、県と町に6540万円の賠償が命じられました。判決では「校長が友生さんの長時間勤務を把握しながら早期帰宅を促す等、口頭での指導だけで友生さんの業務内容を変更しなかった」として、学校側の過失を認めました。
■勤務管理の甘さを生む”給特法”とは?
うつ病など「心の病」が原因で、1カ月以上休んだ教員は増え続け、全国で9000人を超えています。友生さんの父・富士男さんはこうしたブラック勤務を生む最大の原因として、ある法律を挙げます。
富士男さん
「給特法によるもので、どれだけ仕事をしても残業代にもならない」
教職員給与特別措置法(通称・給特法)では、教員の仕事の特殊性を考慮し、給与の4%を上乗せする代わりに、残業代を支給しないと定めています。
しかし、この「4%」という数値は、1966年の小・中学校教員の残業状況である8時間を根拠としており、2016年の残業時間は小学校で月59時間、中学校では月81時間と大きくかけ離れています。
半世紀も前の残業状況を反映させた数字で、桁違いの残業をしている現在の状況とはかけ離れている“時代遅れ”の給特法が、管理職にコスト意識を失わせ、勤務管理の甘さを生んでいると、現場の教員や専門家から指摘されています。
文科省は3年前、教員の残業時間の上限を月45時間とガイドラインで定めましたが、給特法の抜本的な見直しは行っていません。1月、文科省調査で、全国の小中高などの教員不足は2500人に上ることがわかりました。ブラック勤務問題が教員のなり手不足に拍車をかけ、さらに現場を追い詰めるという悪循環に陥っています。
■動き出した自治体~ブラック勤務解消のための対策
ブラック勤務を解消すべく、動き出した自治体があります。嶋田友生さんの過労自殺を重く受け止めた福井県です。一昨年には、給特法の改正を国に要望しました。
さらに、福井県独自の取り組みも始まっています。原則週1回の「ノー残業デー」や印刷などを手伝う支援スタッフの導入、さらに部活動では、例えば学校に20人の教員がいれば、部活動を10に減らして顧問を2人体制にするよう取り組んでいます。この結果、ほぼ定時退勤できる教員も出てきています。
坂井市立三国中学校(福井県)の江澤隆輔教諭は、若いころ過労死ラインを超える残業をしてきました。しかし今では、授業でデジタル教材などITをフル活用し、プリントを配る手間もできるだけ減らしています。また、減らせる会議をなくし、リモートの活用を提案するなど、地道な努力を続けています。中でも最も効果が大きかったのは、部活動顧問の分担による時短効果だと江澤教諭は言います。
江澤教諭
「部活の負担は、時間的にやっぱり一番大きいです」
――授業とまた別の一つの仕事を抱えるようなものですね?
江澤教諭
「もう一つのクラスを持っているようなイメージですね」
■教員OBを再雇用し専科教員を配置する自治体
ブラック勤務を解消する独自の取り組みは、別の自治体でも行われています。教員のブラック勤務問題の解消に3年前から動き出した茨城県守谷市の小学校の様子を覗いてみると、クラス担任が子どもたちを別の教室へと送り届けていました。
そこで待っていたのは、理科専門の教員です。守谷市は2020年度、年間約7,363万円の予算で市内9つの小学校すべてで教員OBらを雇用し、高学年の理科、図工、音楽で専科教員を配置しました。
これら取り組みの結果、クラス担任は週5~6コマの余裕を確保できるようになり、負担が大きく減少しています。6年生を担任する教諭は「理科を担当していたのですが、実験準備などがかなり大変だったのですごく助かっています」とコメント。さらに他のクラス担任教諭も「バタバタと焦っていると、どうしても子どもに厳しく当たってしまうこともあった。心の余裕が出来た今は子ども達にも還元できていると思います」と、様々な効果を実感しているようです。
守谷市では、市内すべての小学校でカリキュラムを大きく変更しました。3学期制を2学期制に変更し、夏休み前日でも終業式をせず、通知表の配布もありません。また、夏休みなどを数日削り、週4日あった6時間授業の日を週2日へと減らしています。
毎日の勤務に余裕を持たせた結果、守谷小学校の教員の平均残業時間は64時間から31時間へと半減しました。
守谷小学校教員
「自分は18時過ぎには帰れるけど、他市の教員の友達が20時、21時まで働いているという話を聞くと、ありがたいなと素直に思います」
守谷市立守谷小学校・秋山利夫校長
「学校はこうあらねば、教員はこうあらねばという風潮が、教育界には非常に強く残っています。それを打ち破る学校パラダイムの変換、パラダイムシフトが必要ではないでしょうか」
子どもたちのための自己犠牲が当たり前とされてきた教員の世界。過労自殺で嶋田友生さんを亡くした父親は、そんな常識を今こそ変えて欲しいと訴えます。
嶋田富士男さん
「新しい若い先生が、元気で夢を持ちながらできる教育現場であってほしい」
(報道特集2月12日放送より抜粋・編集)
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