「筋トレ設備はダンベル1つも置かない」パイレーツ筒香が“私費2億円アカデミー”で“育てたい子供”とは《理想は秋山幸二のバク宙?》 photograph by Go estudio
約2億円の私費を投じてピッツバーグ・パイレーツの筒香嘉智外野手が設立する「TSUTSUGO SPORTS ACADEMY(筒香スポーツ・アカデミー)」の「完成前報告会」が1月22日、故郷の和歌山・橋本市で行われた。
報告会には元総務大臣の石田真敏衆議院議員、橋本市・平木哲朗市長らも出席、筒香からは新たに非営利型の一般社団法人としてアカデミーを運営し、小学生を対象とした野球チームの結成の他に学童保育やスポーツ教室を併設していくことが明らかにされた。
約3万平方メートルの敷地にすでに完成している25m×25mの室内練習場の他には、内外野に天然芝を張った両翼100mの野球場と同じく天然芝を張った内野サブグラウンド、更には室内練習場に隣接するミニ体育館が作られる予定。全ての施設は今年中の完成を目指して工事が始まったところだ。
「筋トレ設備はダンベル1つも置かない予定です」
今回の報告会で新たに明らかになったのが、室内練習場に隣接するミニ体育館の建設だが、そこにも筒香イズムがびっしり詰め込まれることになる。
報告会後のメディア会見では、こうした総合的な運動施設の通例として、体育館に筋力トレーニング器具などを設置するのかという質問が飛んだが、筒香はキッパリと否定した。
「筋トレ設備はダンベル1つも置かない予定です。僕が筋トレはやらないので」
もちろん筒香もプロ入り当初はパワーアップにつながると思って、一生懸命、ウェートトレーニングをやっていたが、2016年の5月から一切、やらなくなっている。
「僕がバッティングや野球をやる上で常に考えているのは、いろいろな変化に気づけるセンサーを増やしたいということなんです」
その理由を筒香は以前にこう語っている。
「気づきのセンサーが鈍くなり、失われていくように感じました」
「自分のバッティングが少し変化した段階ではなかなか気づけずに、めちゃくちゃ悪くなってから気づく選手が多いと思います。でも微妙な変化の段階で気づけるようになれば、調子の波も少なくて済む。それを感じ取るのがセンサーなんです。でも懸命に筋力アップをしていると、そういう気づきのセンサーが鈍くなり、失われていくように感じました」
だからアカデミーで作る小体育館も、単純に体力を向上させたり、身体を大きくすることを目的にするのではなく、もっと違うところを目指した施設になる。
それではどういう施設になるのか?
筒香のこの日の言葉にヒントはあった。
「僕が子供の頃から取り組んできた中で最も大事にしていることがあります。それは自分の身体を自由に扱うことです」
メジャーリーガーとなったいまでも必ず行っている体操
そのためにアカデミーでも、筒香が中学生時代から指導を受ける矢田接骨院の矢田修一先生が考案した体操を取り入れる予定だ。
この体操は両手での逆立ちに頭も支点に加えて三点倒立、座って両足を前に伸ばした状態で前に進む“お尻歩き”やブリッジした状態から身体を左右に展開する運動など、さまざまなバリエーションの運動がある。
筒香はメジャーリーガーとなったいまでも、目覚めた直後や試合前、練習前には必ず時間をかけてこの体操を行っている。いうならば身体の隅々までを目覚めさせて、自分がやろうとしている動き、脳からの指令をしっかり筋肉や関節が受け止めて動けるようにするための準備だ。
そういう身体の仕組みを、アカデミーでは子供の頃から作り上げるような指導をする。その訓練がしっかりできていれば、結局は身体が大きくなっていっても、その身体を持て余すことなく、自分のポテンシャル、可能性を引き出していく力となるはずだという考えがあるからだ。
「自分の身体を自由に扱える」運動能力の高い子供を育てる
もちろん子供たちにはそれぞれの個性がある。身体の大きさから関節の柔らかさ、筋肉のつき方など、それぞれの身体には個人差がある。しかし、だからこそそういう個人差の中でも、子供たちが持っている自分の運動能力を、しっかりと表現できるような指導をすることが大事になってくるのだ。
いうならば野球がうまくなることもそうだが、むしろ「自分の身体を自由に扱える」運動能力の高い子供を育てることが、アカデミーの1つの目標となる訳である。
筒香と共にアカデミーの運営と子供たちの指導に携わる実兄の筒香裕史さんはこう説明する。
1986年の日本シリーズで秋山幸二が見せた「バク宙」
「ヨーロッパのサッカーを観ていると、選手がゴールを決めた後にバク転やバク宙をしたり、さまざまなパフォーマンスをしますよね。彼らはもともとそれだけ身体を自在に扱える運動能力があったのか、それともサッカーをやる中で運動能力が鍛えられて、ああいうアクロバティックな動きをできるようになったのか。でも、きちっと運動能力を高めていった子供が、スポーツ競技に取り組んだら、ああいうことができる選手が日本にも一杯、生まれる。そうすれば競技でも、もっと良い結果につながるかもしれないですよね」
プロ野球の世界にも元西武の外野手でソフトバンクの監督も務めた秋山幸二さんは、子供の頃から野球だけでなく他の競技をやらせてもトップクラスで、運動能力の高さが有名だった。ドラフト外で獲得した当時の西武・根本陸夫監督が「あいつが野球をやっていなかったら、オリンピックの十種競技の選手になれた」と絶賛していたのは有名な話だ。もちろん野球選手として黄金時代の西武のクリーンアップを支えたが、秋山さんがその運動能力の高さを見せつけたのが、1986年に史上初の第8戦までもつれ込んだ日本シリーズ。その第8戦で本塁打を放つと、地面に手をつかずに宙返りする「バク宙」でホームインしたのは、その後も語り草となったパフォーマンスだった。
「バク転やバク宙が自在にできるような子供が、野球をやったらどれだけ上手くなるのか。アカデミーではそういうアプローチの仕方もやってみたいと思っています」
こう語る裕史さん自身も、尽誠学園高校で野球をやっていた経験がある。大学卒業後は教員免状を取得して神奈川県内の中学校で保健体育教諭を務め、橋本市に戻って2018年には幼児から小中学生を対象としたアカデミーを設立。こうした経験を生かして、筒香と相談しながら兄弟二人三脚でアカデミーの運営と子供たちの指導につなげていく事になる。
そこで裕史さんが小体育館の設備として考えているのが、鉄棒や跳び箱などの体操器具なのだという。一見、野球には結びつかないかもしれないが、スポーツとは根っこでどの競技にもつながっている。
子供たちが楽しく、そして未来につなげられるような施設に
それはやはり筒香が指摘するように、いかに自分の思っている通りに自分の身体を使い、どれだけ自分の体で表現できるようになるかということにつながる。そうして自在に身体を操れる感覚を身につけ、そこに必要な筋力や技術を養っていくことで、野球だけではなく、様々なスポーツの上達へのメソッドが生まれるということだ。
「アカデミーではエクササイズや、他のスポーツも取り入れ、野球に限らず、将来に役立つための基礎を作ってほしい。ここから野球を通じて将来に役立つものを学んで、スポーツだけでなく社会で活躍する。そういった部分で全ての基礎、幼少期を過ごせるアカデミーにしたいと考えています」
このアカデミーにかける筒香の願いだ。
グラウンドは天然芝にこだわったことも、小体育館に置く機器も、全ては1つの目的のためである。
子供たちが楽しく、そして未来につなげられるような施設にしたい。
そのためなら、投じる2億円という巨額な資金も、決してムダだと思わない。
文=鷲田康
photograph by Go estudio
Powered by the Echo RSS Plugin by CodeRevolution.