黎明期から日本のSTEAM教育に取り組むヴィリングの中村一彰氏――「つくることで学ぶ」を常識に – EdTechZine(エドテックジン)

花のつくりとはたらき

 日本でまだ「STEAM教育」や「探究学習」という言葉がほとんど知られていなかった2012年。これらの「新しい学び」を子どもたちに届けるべく、株式会社ヴィリングが創業された。そして2021年、事業のさらなる加速に向けて、同社はマネックスグループの一員となる。今回は、同社のCEO & Founderである中村一彰氏に、公教育と民間教育の現場を通じて感じたそれぞれの課題や、マネックスグループ傘下での今後の展望などについてお話を伺った。

株式会社ヴィリング CEO & Founder 中村一彰氏

「答えのないものに取り組む力」を育む必要性を認識

――中村さんはもともと、学校の教員を目指されていたと伺っています。

 はい。教育学部に入学し、教育実習でやりがいを感じつつも、最終的にはまったく畑違いの事業会社に入社しました。1社目は住宅系の大手企業に4年、2社目は医療介護業界向けのベンチャーに7年半ほど在籍していました。2社目では新規事業や人事などを担当し、そこで教育に対する思いがふつふつと蘇ってきたんです。

 その会社は当時、社員数が20名ほどだったこともあり、一人ひとりのメンバーと密に関わることができました。業務を行う中で、仕事を進める力と学校の勉強との間に大きな齟齬があるように感じ、その理由について考えるようになったんです。

 例えば、新規事業を立ち上げる際には「どのようなものが世の中にあれば面白いのか」「それが存在することによって、社会に良い影響を与えられるのか」と、想像を膨らませていきますよね。しかし、そのようなマインドはなかなか続かないもので、私自身にも不足していると痛感しました。

 「どこにも答えがないもの」を探し求め、想像し、ビジネスとして形にしていく力。自分の人生を振り返っても、それらの力を学び、トレーニングした経験は思い当たりませんでした。これまで過ごしてきた学校教育や受験といった過程の中では、常に「答え」があり、先生などの大人に聞けば「答え」を得ることができていたからです。

 もちろん、答えがあるものを正しく導き出す力は必要で、決して今の教育を全否定するつもりはありません。しかし、そうした環境のもとでは「どこかに答えがある」という発想が染み付いてしまい、「答えがないもの」に取り組む心構えもスキルも不足してしまう。だからこそ、教育そのものを変えるのではなく、今不足している「答えがないものに取り組む機会」を提供したいと考えるようになりました。

――その思いがヴィリングの立ち上げにつながっていったのですね。

 そうですね。創業は2012年10月ですが、最初の半年間ほどは、さまざまな教育サービスやイベントなどを体験・見学して回り、たくさんの人と会っていたんです。国内はもちろん、シンガポールや米国にも足を伸ばしました。その中で特に興味を引かれたのが、ボストンのタフツ大学で行われている、地域に向けたエンジニアリング学習会でした。こちらは教育学部と工学部による取り組みで、単にエンジニアリングを教えるだけでなく、創造性や問題解決能力を育むことを目的としているものでした。そして、その考え方の基盤になっていたのが「STEAM教育」だったんです。

 私は感銘を受け、2013年の9月にSTEAM教育のイベントを開催することを決めました。当時の日本ではSTEAM教育という言葉すら、知る人はほとんどいません。また、7月に「探究学習」がテーマのイベントを開催して、参加者がなかなか集まらずに苦労したばかりでした。不安はありましたが、日本で関心の高い理数教育にも関連付けられる点は強みだと感じていました。

 その結果、うれしいことに想像以上の反響を頂き、翌年の4月には東京の三鷹市で民間学童を開始し、その中でSTEAM教育を実践していくことにしました。ただやはり「STEAM教育って何ですか?」と保護者の方に聞かれることは非常に多かったです(笑)。しかし、やり続けることで自分たちにも知見や経験が蓄積され、自信もついてきたので、2015年の4月から教室として独立させることにしました。それが現在のSTEAM教育スクール「ステモン」で、現在はフランチャイズも含めて全国に120校を展開しています。

「ステモン」の授業風景(2019年撮影)

「変わりたいけど変われない」教育現場のジレンマ

――多くの試行錯誤があったんですね。それらの事業を行いながら、中村さんは公教育にも参加されています。

 はい。公立小学校で2回、経験しています。1回目は2015年度に多摩市の愛和小学校で1年間、3~6年生の総合学習を15時間ずつ担当しました。2回目は2017年度に小金井市の前原小学校で、5年生の理科教員として活動しました。

 いずれも、元前原小学校校長の松田孝さんにお声がけいただいたことがきっかけです。プログラミング教育が必修化されようとする中で、その上位の考え方に当たるコンピューターサイエンスの授業を一緒につくっていきましょう、ということで取り組みました。愛和小学校の授業は1年がかりだったため、いろいろと議論しながら進めていきましたね。例えば、プログラミングの授業は30人の児童が一斉に取り組むのか、進度はバラバラでも個別学習がいいのか、いろいろな授業スタイルを試しました。

 前原小学校では教員として理科を担当しつつ、その中にプログラミング教育を取り入れる活動をしました。ただ、既存の学習計画の精度は非常に高く、その中に組み込むことは難しかったですね。プログラミングと相性の良い単元もありますが、無理やり当てはめるよりも、総合学習の枠で別立てにしたほうがいいと感じることも多くありました。

 大成功とは必ずしも言えませんでしたが、子どもたちとのふれあいも含めて、本当にすばらしい経験をさせていただきました。得られた知見は教育現場にフィードバックすると共に、ヴィリングのSTEAM教育プログラムにも大いに活かされています。そして何より、現場の先生方の工夫や苦労を共有できたことで、私たちが行っている教育委員会向けの研修で、現場の方々と同じ目線で語れるようになったのは大きな収穫だったと感じています。

小学校で行っていた授業の様子

 公教育はやはり教育の本丸ですし、既存の教育制度がよく練られたものであることを改めて実感しました。その上で、変えるべき点はより良くしていかなければならないと奮起すると共に、その難しさも味わっています。だからこそ、公教育に対しては研修などの形で協力しつつ、民間企業として公教育がカバーできない部分を提供するという両輪により、全力でサポートしていきたいと考えています。

――公教育向けの研修では、どのようなことを行っていらっしゃるのですか。

 現在は、大阪市や埼玉県八潮市、徳島県松茂町などでプログラミング教育導入の支援をしています。中でも徳島県松茂町では教育委員会さんと一緒に、3つの小学校と1つの中学校でSTEAM教育の実践に取り組んでいます。同町のケースは非常に珍しく、行政のトップである町長と教育長が「STEAM教育をやりたい」という展望を持っており、4つの学校長も皆さん同じ思いです。つまり、行政と教育委員会、そして学校が一枚岩になっている状態なんです。たまたまステモン徳島校の看板を見つけていただき、問い合わせがあったことで、一緒にSTEAM教育に取り組んでいます。

 松茂町には地域の交流拠点「Matsushigate(マツシゲート)」があり、その中には「ものづくり」ができる「ファブスペース」も備わっています。このスペースは、子どもたちがクラブ活動の一環で自由に使えるようになっているんですよ。とても恵まれた環境で、新しい教育が進みそうな予感がしています。

 こうした動きが全国に広がるにはまだ時間がかかると思いますし、松茂町のような小さな町だからこそできたという側面もあるでしょう。しかし、だからこそ同様に意欲のある地方自治体から草の根的に広がることを期待しています。

この記事の著者

伊藤 真美(イトウ マミ)

エディター&ライター。児童書、雑誌や書籍、企業出版物、PRやプロモーションツールの制作などを経て独立。ライティング、コンテンツディレクションの他、広報PR・マーケティングのプランニングも行なう。

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森山 咲(編集部)(モリヤマ サキ)

EdTechZine編集部所属。映像系美大生、組み込み系ソフトウェアエンジニアを経て2016年10月に翔泳社へ入社。好きな色は青色全般。

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