17音で「世界の捉え方が変わる」俳句の教育効果 | 東洋経済education×ICT – 東洋経済オンライン

花のつくりとはたらき

俳句ブームの火付け役となった、夏井いつきさん。テレビ番組で辛口コメントとともに俳句を添削する姿が印象的だ。俳句には、「自分を取り巻く世界の豊かさに気づく」「ネガティブな感情を和らげる」といった“効果”がある、と語る夏井さんは、俳人となる前、中学校の国語教諭を8年間務めていた。「学校教育の真ん中に俳句という芯を通すといい」と言うが、その真意とは。

俳句はセンスも年齢も関係ない

──俳句を作る魅力はどんなところにあるでしょうか。

俳句は難しいと思われていますが、実はものすごくハードルの低い文芸なんです。作り方の基本である「取り合わせ」という型を覚えれば、たった5分で一句作れます。誰でもあっという間に俳人になれる。そこが魅力の1つですね。

夏井いつき(なつい・いつき)


1957年生まれ。松山市在住。俳句集団「いつき組」組長、藍生俳句会会員。第8回俳壇賞受賞。日本放送協会放送文化賞受賞。第4回種田山頭火賞受賞。俳句甲子園の創設にも携わる。松山市公式俳句サイト「俳句ポスト365」等選者。2015年より初代俳都松山大使。句集『伊月集 鶴』『夏井いつきのおウチde俳句』『夏井いつきの日々是「肯」日』など著書多数


(写真:夏井&カンパニー提供)

「子どもは発想が豊か」「大人になると頭が固くなる」と言う人がいるけど、あれはウソ。詩句というのは、言葉と言葉の関連性をひねったり、裏返したりするところに生まれてきます。ところが、小さな子どもは、まだ語彙や文法が未熟で、Aということを伝えようとしても、うまくいかずBになってしまいます。

つまり、結果として文脈がねじれて詩的になっているだけのこと。それを大人が聞いて「おーっ、詩になっている!」と解釈しているだけなんです。

語彙が増え文法も身に付き、体験も増えていく10代の子どもたちに、俳句の作り方を教えてあげると、ちゃんと質のよい作品が作れるようになる。俳句は発想力やセンスといった才能じゃないし、年齢も関係ありません。3歳でも100歳でも私は同じように教えます。

※ 夏井さんによると俳句の技法は大きく分けると以下の2つ


「取り合わせ」:季語とほかの要素を組み合わせて作るもの。初心者向き


「一物仕立(いちぶつじた)て」:季語のことだけで一句詠むもの。オリジナリティーを出すことが難しいため、初心者には向かない


出所:『夏井いつきの世界一わかりやすい俳句の授業』(PHP研究所)

俳句を始めた子どもたちの意外な変化

──俳句を広める活動の一環として、たくさんの人たちと一緒に俳句を楽しむ「句会ライブ」を開催されています。そこには学校の先生も参加しているそうですね。

句会ライブでは、まず「取り合わせ」をレクチャーして、参加者の皆さんに5分で一句作ってもらいます。その後、こちら側でいくつか選んだ句をみんなで鑑賞・議論して、グランプリを決めます。こうした句会ライブのやり方を学校に持ち帰って、俳句作りを習慣化してくださっている先生方もいらっしゃいますね。

──俳句を始めた子どもたちに、何か変化はあるのでしょうか。

学校で俳句の発表の場を設けると、子どもたちにとっていい動機づけになります。いい句を披露して決勝に残りたいとか、先生が学級通信で紹介する優秀な句に選ばれたいとか、そんな気持ちで日常的に「俳句のタネ」を探して、誰かの言葉にアンテナを立て始めるんですね。例えば、算数の授業中に割り算という言葉が出てくると「先生、4音だね」って。先生方からは、集中力が上がった、なぜかちゃんと宿題をやるようになった、といった変化の声が届きます。

学校教育の中心に1本、俳句という芯を通すといいですよね。俳句は各教科、行事など全部ひっくるめた学校教育活動と手を組むことができるから。

理科の観察をして一句、音楽や絵画の鑑賞をして一句詠めるし、家庭科の調理なんて季語の宝庫。それに運動会、遠足はそのものが季語。そういう目で周りを見たら、子どもたちは「俳句のタネの森の中に住んでいる」「俳句のタネの海を泳いでいる」と思うようになる。なんて豊かな場所に自分たちはいるんだろうと気づいた子どもの心は、どんどん豊かになっていくはずです。

──子どもたちが作った俳句に対して、先生や親は添削をすべきでしょうか。

いいえ、添削をしてはいけません。添削は、かなり高度な技術が必要なんです。私が知る限り、大人が手を入れようとすると、いちばんの魅力からそいでいきますね(笑)。しかも、子どももプライドがありますから、変えられてよくなったとしてもうれしくないはず。大人が磨くべきは、子どもが作ったたくさんの俳句の中から、いちばんいいものを選び取ってあげられる「鑑賞力」です。

17音で「心が上を向く」

──俳句を介して、いいコミュニケーションが生まれそうですね。

俳句は「座の文芸」といわれています。作るだけではなく、ほかの人と鑑賞し合うことが、俳句の醍醐味です。誰が作ったのかわからない句を味わう句会ライブでは、いろんな人と言葉を交わすことになります。「ここが好き」「ここはよくわからない」といった議論を楽しむようになっていきます。その面白さを知った子たちが、日常生活のコミュニケーションが必要な場面で応用していけるようになる。これもまた俳句の魅力ですね。

もう1つ俳句の“効果”として、ネガティブな感情を和らげる、というものがあると思っています。「人と話すことが怖くて閉じこもっていたけれど、俳句という短い言葉に自分の気持ちを代弁させることで、外の世界とつながることができた」という人に、これまでたくさんお会いしています。

ネガティブな感情を持っている人は、意識が自分の内側に向きがちで「何で私は……」と自分を責めていることが多い。でも、俳句を始めると、「俳句のタネ」を得ようとして、外の世界を観察するようになります。カエルでも何でもいいです。外を見る力がついてくると、自分自身を客観視する力もつき、「あれ、なんでこんな暗い顔をしているんだろう」とふっと気づき、心が救われます。

それに、詠んだ句を新聞や俳句サイトに投句して褒められたりすると、一片のかけらのような承認欲求が満たされ、自己肯定感が高まります。鍛えれば鍛えるほど筋肉がついてくるように、俳句も作れば作るほど上手になって「俳筋力(はいきんりょく)」がついてくる。

心の奥底に沈み込んでいた下向きの心が、たった17音で上に向いていく。そういうメカニズムが俳句にはあるのだと思います。

「感情を言葉にできるか」は生存に関わる問題

──17音に秘められた言葉の力ですね。

人間は、言葉でしかわかり合えません。自分の感情を言葉にして伝えることができなければ、自分は世界にたった一人、というような気持ちになっていきます。誰もわかってくれない、認めてもらえないという思い込みを持つと、自分なんて消えてなくなってもいいような存在だと考えてしまいかねない。

いじめや差別も、結局は「言葉の技術」が身に付いていないことに起因すると思います。ニュアンスが伝えられないと、いきなり手を出したり暴れてしまったり。

そうならないように、少なくとも自分の思っていること、嫌なら嫌という感情や、美しいものを見たときに心にあふれてくるものを言葉にできる、そういう技術を義務教育の間に身に付けさせてあげなければなりません。

その子の生存に関わることですから、大人は言葉を育てる大切さにもっと真剣に向き合ってほしいですね。

──先生や親が、子どもたちとうまくコミュニケーションを取りたいけど取れない。そんなとき、どうすればいいのでしょうか。

子どもたちの言葉にじっくり耳を傾けることですね。私は「夏井いつき俳句チャンネル」というYouTubeチャンネルを開設し、その中で【おしゃべり俳句】をシリーズ化しています。これは、面白いなと思った子どものつぶやきを採取して(聞き取って)、俳句に仕立てるものです。「つぶやきを採取しよう」と考えていたら、いつもは忙しくて聞き流す子どもの発言をちゃんと聞くようになって、「何を思って言ったのかな」と考えるようにもなります。

──俳句の楽しさを子どもたちに伝えるには?

俳句とは「かくあるべし」と構えたら、俳句の楽しさは伝わりません。それよりも、子どものつぶやきを集めて一緒に季語を考えたり、景品目当てに俳句コンテストに応募してみたり、軽い気持ちで始めてみればいいんです。

とにかく、やってみなければ、面白さなんてわからない。だから、大人も子どもも一緒になって一句詠んでみましょう。

夏井さんはどんな先生だった?「指導案は自作自演の脚本」

──夏井さんは俳人になる前、中学校で国語の教師を8年間務められていました。そのときに心がけていたことはありますか。

授業が面白くて国語を好きになってくれたら、子どもは自発的に学ぶと思っていたので、教材研究と指導案作りを一生懸命やっていました。指導案というのは、言うなれば自作自演の脚本です。目の前に座っている生徒という観客に向かって、今日は何をどう伝えるかというシナリオを書いて、先生役を演じるわけです。

仕事というよりは、趣味の範疇になりますが、クラスごとに別々の脚本を用意して、授業の内容を変えていました。目指すゴールは同じでも、おとなしかったり、にぎやかだったり、クラスの性格は違うので、その個性に合わせた指導案を書くのは楽しかったですよ。

とても忙しい先生たちに、面白い授業を作ったり、子どもたちにしっかり向き合ったりする余裕が増えていけばと思っています。先生たちが教えることを楽しめる環境を整えてあげてほしいと切に願っています。

(文:田中弘美、企画・編集:晏 暁丹)

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