おおたとしまさ氏が今、伝えたい「子供の表情が教えてくれる」中学受験の価値 – リセマム

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 これから中学受験に向かおうとする家庭、すでに受験勉強の最中にいる家庭に、真っ向から問いを投げかけるタイトルに心を動かされた方も多いのではないだろうか。中学受験を知り尽くした教育ジャーナリスト・おおたとしまさ氏に、新著書「なぜ中学受験するのか?」について話を聞いた。

地に足のついた中学受験を

–中学受験(私立中高)に関して取材経験もご著書も多いおおたさんがなぜ今、「中学受験をする」をテーマにご執筆しようと考えたのでしょうか。これまでの集大成の位置づけでしょうか。

 ここ数年の中学受験をめぐる状況において、過熱傾向が続いているなと感じていました。さらにコロナ禍の教育不安から「よくわからないけど、とりあえず中学受験をした方が良さそうだよね」という層が増え、若干パニックになっているような親御さんもみられます。そんな今の状況に対して、「地に足がついた中学受験をしてほしい」という思いがまず根底にあります。

–私公立間の格差が露呈され、私学への熱が高まったという現状があるようです。コロナ禍が中学受験を目指す家庭のメンタルにどのように影響しているのでしょうか?

 コロナ禍以降、「中学受験をするメリット、デメリットは何ですか」という質問を受けることが増えました。なんだかよくわからないけど中学受験をすることになって、不安や恐怖を感じていて、それを払拭したいという気持ちの方が多いのだと思います。ただ、中学受験のメリット、デメリットというのは電化製品のスペックにように単純に比較検討できるものではありません。気持ち的なことなのか、構造的なものなのか、どこの次元や観点まで遡ってその質問に答えれば良いのかということに僕自身も苦心していました。

 そこで、中学受験の何についてメリット、デメリットを感じるか、「人それぞれの論点、視点がある」ということを、総ざらいして書き出してみようと思ったのが執筆のきっかけです。

中学受験で子供は大きく成長する

–ひとことで表すのは難しいと思いますが、敢えてお聞きします。「この本で伝えたい一番大事なメッセージ」を教えてください。

 「地に足をつけて、パニックにならないで」とお伝えしましたが、まるで中学受験でその子の人生が決まってしまうような錯覚にみんなが陥ってしまっているところがあると思うのです。僕から言わせれば、中学受験は運動会のかけっこと一緒。冷静に考えたら、そんなことで人生が決まらないよねという呼びかけも込めています。

 ただ、そこでせっかく中学受験をする機会があるならば、親子ともに自分自身を成長させる機会だと捉えてほしい。合格、不合格といった結果に関わらず、中学受験という難しい課題に親子で挑んだ経験から人間的な成長が得られれば、それは十分やった意味がありますし、それは必ず得られるものであると思います。

 偏差値というのは現時点の学力のごくごく一部であって、それは時間が経てば何の意味もなくなるもの。それよりも、12歳で、泣いたり笑ったりしながら自分と戦った経験は、人間的な成長として必ず積み重なっていく、消えないものです。それこそが価値だと思えば、テストの1点や2点なんてどうでも良いですよね。

–人間的な成長を願う一方で、目先の偏差値にも一喜一憂してしまう。親自身もそんな自分を客観視することが必要ということですね。

 中学受験を考えるうえでの視点や論点、考え方やデータ、取材して得た事例などをできる限り並べましたが、それはあくまでも考えるヒントとして述べたもの。読者によって心に残るポイントは当然変わってくるし、変わってきてほしいと思っています。行間から僕の考え方がにじみ出てしまっている部分もあると思いますが、書名である「なぜ中学受験するのか?」という問いに対する正解は示していません。本に書かれていることを材料にして、「答えはご自身で考えてほしい」というのが一番伝えたいメッセージです。

「なぜ中学受験するのか?」に書かれていることを材料にして、答えはご自身で考えてほしい、と語るおおたとしまさ氏。

私学に通う本当の価値とは

–本書のキーワードとなっているのが「ハビトゥス」という概念です。第二章では「ハビトゥス」という、その学校らしさを身にまとうことこそが、私学に通う価値とおっしゃっています。その思いについて、教えていただけますでしょうか。

 まず、「ハビトゥス」とは少しずつ時間をかけて醸成されてきたその学校独自の「におい」のようなもの。一般的な言葉でいうなら「佇まい」という言葉のほうがわかりやすいのかもしれません。その学校に通うからこそ得られる佇まいというのが、それぞれの私学には明確に存在するのです。学校を燻製器、子供を素材にたとえるなら、それは燻製器でつけられるにおいのようなものであって、サーモンがスモークサーモンに、ベーコンがスモークサーモンになるという程度のもの。ベーコンがステーキになるわけではありません。ハビトゥスなんてなくても生きていけます、という考え方もあって当然だと思います。

 ただ、そこに価値を感じて、かつ経済的に余裕がある家庭はそこに高い塾代や学費を投資すれば良いだけのこと。そこまでしてハビトゥスを吸収しにいくことが、私学に通う本質的な意味だと思っています。

–偏差値はもとより、大学合格実績や教育カリキュラム、中高6年間で身に付けらえるスキル…それよりも「ハビトゥス」こそが価値だということですね。

 大学進学は通過点であって目標ではないとどの学校もいいますが、その先の視野として見えてくるものが、単にスキルを備えたビジネスマンとしての成功を目標とするならば、英会話なりプログラミングなり、それに特化した塾やビジネススクールに通わせればいいと私は思います。

 ハビトゥスから得られるのは、その人がどういうものに価値をおいて生きていくのかというところです。言い換えるなら人生の根本であって、80歳、90歳になってもその人を支えるような信念を築くことにどれだけ力になってくれる学校か。特に中学高校という自分の生き方や価値観を決めていく多感な時期にこそ、ハビトゥスはとても重要な要素になってくるのだと思います。新しい学校では、ハビトゥスは得にくいぶん、最新鋭の教育コンテンツや将来のためにこれができるようになるというスキルでアピールしている面はあると思いますが、これから徐々にその学校のハビトゥスが育っていくのだと思います。

ハビトゥスを選ぶのは親の役割

–「ハビトゥスを選ぶのは親の重要な役割」とありました。よりハビトゥスを感じるために保護者がアンテナを張るべきポイントや行動についてアドバイスをお願いします。

 可能ならば各学校の創立者の伝記を読むのがベストです。その人の生き方、思想を継承していこうというのが私学であり、それを端的に表したのが建学の精神、教育理念といった短い言葉です。抽象度が高いその言葉を、現代の世の中における生き生きとした言葉に解凍してうるおいを与えるのが校長先生の役割ですね。

 そういった意味では校長先生がどういった「佇まい」をもっているのかというのはハビトゥスを感じるための大切な要素です。IT企業のプレゼンのように魅力的なコンテンツをPRする学校なのか、朴訥とした佇まいで先人への敬意をもって教育理念を語るのか。話す内容だけではなくて、どういうふうに語るのか、言語以外のところでどんなメッセージを伝えているのか着目してください。校長先生の立ち居振る舞いに好感がもてるかどうか、我が子にも同じような佇まいを身に付けてほしいかということがポイントになります。

 もうひとつ。実際の入試問題からもその学校のハビトゥスを感じ取ることができるでしょう。入試問題というのは「このような問題を面白いと思ってくれる生徒にきてほしい」という学校からのメッセージでもあります。難解な算数の出題意図はわからなくても、国語と社会の課題文なら普通の親御さんでもある程度わかるはず。最近は男子校の国語においても女性が書いた作品が多く扱われますし、主人公の女の子の気持ちを読み解く力が求められるような出題からは、ジェンダー的な壁を乗り越えられているかというポテンシャルをみていると考えられるでしょう。社会の課題文からは、世の中に対してどういう問題意識をもっているかというのがわかります。入試問題をヒントに「この学校はどういう子供を求めているのか」という、ハビトゥスとも重なる部分を感じて取ってほしいですね。

各学校のコロナ対応に注目

–中学受験に関する相談を受ける機会も多いと思いますが、コロナ禍において相談内容に変化がありましたら教えてください。それに対するアドバイスもあわせてお願いします。

 「コロナ禍で文化祭や学校見学会に参加する機会がないなかで、どうやって学校を選んだらいいの?」という相談を多く受けます。ですが、ふだんの浅草と三社祭の浅草が全然違うように、文化祭や運動会に行ったところで本当の学校の姿なんてわかるわけがないというのがまずひとつ。行事に参加すると学校に触れた気にはなりますが、逆にそれでわかった気になるのは危険だとアドバイスをしています。

 学校によっては個別見学なら受け付けてくれるケースもあると思うので、個別に相談してみるというのも手だと思います。土曜日に登校時間や下校時間の生徒のようすを見るだけでも雰囲気はわかるでしょうし、学校の日常に触れるために行ってみる価値はあると思います。

 「学校のどんなところを見たらいいですか?」ともよく聞かれますが、一番見てほしいのはその学校に行ったときの子供の表情。目が輝いているか、躍動感があるか、その一方で安らぎを感じているか。学校じゃなくて子供を見るということを常々言っています。

–理屈ではないところで、子供自身の表情が教えてくれるんですね。

 また、今だからこそわかることとして、コロナの対応の仕方に実はそれぞれの学校らしさが表れているのです。休校時、即座にオンライン授業の体制を整えた学校もあれば、無理して学校来なくてもいいよと生徒たちを自由にした学校もあるでしょう。

 一時は対応の早さが評価されがちでしたが、組織としての在り方を考えたときに、校長のトップダウンで即断即決する学校なのか、職員室でああでもないこうでもないと議論して民主的なプロセスを重んじる校風なのか、学校の価値基準が見えてくると思います。もちろんそこに正解はありません。どんな対応が良いと思うかどうかは、それぞれに判断してほしいと思います。

とにかく、親はポジティブな目線を

–中学受験におけるさまざまな視点、論点があるなかで「これだけは言える」ことがあるとしたら何でしょうか。最後に、これから受験に挑む親子へのメッセージとして教えていただけたらと思います。

 縁があって出会った学校、志望校の候補として挙がってきた学校に対して、「親はどれだけ前向きな印象をもつことができるかどうか」というのが中学受験を終えたときの満足度に相関があるのではないかと思います。受かるか受からないか、通うか通わないかは別として「この学校はこんなところが素晴らしい」と、どれだけ良いところを見つけることができたか。いろいろな学校を比較検討する中で、マイナス面を見るのではなくプラス思考で「全部受かっちゃったらどこに行くか迷っちゃうね」くらいのマインドが一番良いのです。

 食事をするお店を選ぶのといっしょで、「あの店の〇〇は良いけれど、ここはダメ」ではなく「どこに行っても美味しいよね」という感性でいる方が人生は幸せなはずです。学校選びに関しても、親が子供にそういうスタンスを示してあげてほしいと思います。親がポジティブであれば、子供はどこの学校へ行ってもポジティブな気持ちになれるはずですからね。

–ありがとうございました。

 「なぜ中学受験をするのか」「どんな観点で学校を選ぶのか」おおた氏から投げかけられる問いは、そのまま「わが子をどう育てたいの?」という子育ての軸ともなる答えへとつながっていく。流される前に、パニックになる前に、今一度、親は冷静になって家庭の方針とその子ならではの受験スタイルを擦り合わせていく必要があると感じた。

 中学受験の準備をしながら迷っている方も、興味はあるが一歩を踏み出せてない方も。「その家庭にとっての答え」を探すヒントが詰まった本書をぜひ読んでいただきたい。

なぜ中学受験するのか?(光文社新書)

発行:光文社 著者:おおたとしまさ

<著者プロフィール>1973年10月14日、東京都出身。教育ジャーナリスト。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。1997年、リクルート入社。雑誌編集に携わり2005年に独立後、いい学校とは何か、いい教育とは何かをテーマに教育現場のリアルを描き続けている。新聞・雑誌・Webへのコメント掲載、メディア出演、講演多数。中高の教員免許、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験もある。著書は「名門校とは何か?」「ルポ塾歴社会」「ルポ教育虐待」「中学受験『必笑法』」「正解がない時代の親たちへ」等70冊以上。



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