「とめ・はね・はらい」が不正確だからバツ。みなさんやお子さんの中には、漢字テストでそんな経験をされた人も多いでしょう。「厳しすぎないか」「基準があいまい」など以前から批判はありました。この問題を改めて考えたいと思います。
「手書きの漢字は柔軟に、国も指針」 早稲田大学教授・笹原宏之さん
役所の窓口で名前を書くとき、「鈴木」の「鈴」の「令」の最終画を「丶」ではなく縦の棒に書き直すように言われたり、教育現場での漢字テストで、「木」の縦の下部をはねると採点で×にされたりするという事例が、今でも少なからず起きています。
手書き文字は印刷文字ではないのだから、細部を気にしすぎる必要はない–これが、戦後一貫した国語政策の方針でした。
ところが、伝統に根ざした漢字の正しい字形があって、答えはひとつだという思い込みが戦後に浸透し、漢字に対する硬直的な理解につながってしまっていました。
こうした現状を何とかしなければとして作成されたのが、文化庁が2016年に出した「常用漢字表の字体・字形に関する指針」でした。私は担当者の一人(副主査)です。
「指針」では、手書きの具体例をたくさんあげ、説明してします。
例えば「保険」の「保」は、印刷文字だと「口」の下は「木」になっているが、手書きの場合は「ホ」でもいい、としています。また「土」(つち)と「士」(さむらい)は字体が違う別々の字ですが、「荘」や「周」など、字の構成要素のひとつである場合は、長短を問題にする必要はない、とも説明しています。
「保」は、14年度の3千人を対象とした調査によれば、口の下は「木」だけが適切と答えた人が49%、「ホ」だけが適切とする人は33%、両方とも適切は17%でした。20~29歳の84%が「木」派で、70歳以上の69%が「ホ」派。世代別に分かれます。
大学生の多くは「保」の口の下が「ホ」は間違いと言います。「とめ・はね・はらい」を厳しく教え込まれ、「もとより運筆による多様性がある」「どちらも正しい」という認識と価値観を失っているのです。
教科書を発行する出版社が出す辞典に、編集委員として「指針」の内容を盛り込むように努めました。「木」は、縦の棒の下に赤い丸がついていて、わざわざ「はねない」と注意書きがあったのを、「はねない」と赤丸を取って、はねている「木」も加えて示したのです。
人間の手書き文字は、別の字と間違われない範囲で、個々に揺れ動きながら受け継がれてきました。多様性を認める意識が高まる現在、漢字の字形についての意識に従前の柔軟さを取り戻し、おおらかに捉えることで誰もが幸せになる、と考えています。(聞き手・中島鉄郎)
「字が汚いと損」「先生が厳しくて」
アンケートは小学生から80代まで回答がありました。https://www.asahi.com/opinion/forum/148/でも読むことができます。
●汚れでも×に
現在高校生の長女の小3時の先生(当時20代の女性)はとにかく厳しかった。プリントの汚れの点がはねに見えてもNG。申告してもバツ。なのにご自身のペンの汚れがはねに見えてもご愛嬌(あいきょう)という矛盾もあり、娘が漢字学習が嫌いになりかけました。(東京都 40代女性)
●何でもよいは雑な指導
小学校教員として、国語科での新出漢字の指導や漢字テストの採点では細かく指導してきました。終筆の違いを問わない風潮はありますが、細部の違いに気づいて書こうとする態度は、他の学びにも生かされると思いますし、何でもよいというのは皆にとって楽かもしれませんが、雑な指導であると感じます。(愛媛県 50代女性)
●後からは直せない
字が汚くて損をする機会は山ほどある。教育現場で教えられないと、後から直そうとしても大変。テストでの間違いを認め、修正することにこそ意義がある。親も教師に文句を言わず、減点を機に、字をきれいに書くことの重要さを子供に説くのがあるべき姿だ。(埼玉県 20代男性)
●高校入試で厳しく見ない
書き順も、原則だけで細部に根拠がないのと同じで、「とめ・はね・はらい」にこだわることは全く意味がありません。書道など、一部の「美的」要素が求められる際に、意味をもつだけでしょう。私は高校教員で入試の採点もしますが、「とめ・はね・はらい」はほぼ無視です。「門構え」を略式で書いたりするようなものはバツにしますが、結論を言えば、そんなに厳しく見ていません。(東京都 60代男性)
●日本嫌いにしないため
日本語学校で外国人に漢字を教えている。中国人以外は絵を描いているに等しい。中国人にしても簡体字と日本語の漢字とが微妙に違うので、結構苦労している。学習者に正確に書くことを要求すると、漢字嫌い、日本語嫌い、日本文化嫌いを増やし、日本という国に対する嫌悪感にすらつながると思う。漢字ないしは漢語の意味が理解できて、ワープロが提示してくる候補漢字から正しいものが選べれば、日本で生活していける。(東京都 60代男性)
●厳しい指導に感謝
小学校で厳しく指導されたおかげできれいで正しい漢字を書けている。厳しく指導していただいたことに感謝している。だから、細かく指導することは必要だと考える。(埼玉県 10代男性)
●はねていなかった
テスト問題の「はねる」という手書きの「は」がはねていなかった。(茨城県 10代男性)
●指針なぜ浸透しない?
文化庁の指針は以前からあるはずなのに、現場に浸透しないのはなぜでしょうか。世の中ではあまり一般的ではない教科書体フォントを教科書に使うことも原因だったりしないでしょうか。(千葉県 50代男性)
◇
算数で「2+2=5」はバツでしょう。でも「とめ・はね・はらい」の細部でバツになり、テストで同じ「0点」になるのは、少しおかしいと思います。
それが入試の合否に影響する可能性があるなら、なおさらです。厳しい指導の理由について、学校や塾の先生からは「入試で生徒がバツをつけられないように」との意見も目立ちました。生徒の不利益にならないことを優先するのは当然でしょう。
ならば、こんな案はどうでしょう。入試の国語に漢字問題を出す国公私立の中学校、高校の校長先生たちがそろって「とめ・はね・はらいには全くこだわりません」と宣言してみる、というのは。
「わが校の採点基準」は事前に公開しているって? いや、そこから踏み込み、「漢字とはそういうものだから」と、世の中に堂々とメッセージを発してもいいと思うのです。
正しさや多様性について考える身近な材料が、ここにもあると思います。暴論でしょうか。(中島鉄郎)
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