萩生田光一文科相は10月4日、文科大臣として最後の記者会見を行い、40年ぶりとなった小学校の学級編制見直しについて「最大の決戦は何と言っても35人学級だった。本当は30人で勝負をしたかったが、なかなか攻略ができなかった。35人はまだ始まりだ」と述べ、少人数学級についてさらなる取り組みが必要との見方を示した。公教育の充実が必要だとして「日本の義務教育制度は世界にまれに見る、皆さんが憧れる制度。教員の働き方改革はまだ緒に就いたばかりだが、もう少し教員に余裕が出れば、公教育はもっと強みを発揮する」と強調。さらに「私が思っていた以上に、教育行政は地方に大きな部分が移行している。地方自治体が公教育の大切さを共有することが大事だと再認識した」とした上で、「(予算の使途を限定しない)地方財政措置ではなく、義務教育に必要な経費は、国が責任を持ってダイレクトに補助をしていかないと、GIGAスクール構想のようなものは進まない」と指摘。地方分権を前提とする中で、義務教育の経費については、国が予算の使途を定めて地方に振り分けるよう、予算編成と執行の仕組みを見直すべきだとの見解を表明した。
(教育新聞編集委員 佐野領)
最大の決戦「35人学級」
この日は午前9時に首相官邸で臨時閣議が開かれ、菅義偉内閣が総辞職した。これに続いて、萩生田文科相は文科省内で記者会見に臨んだ。
2年1カ月に及んだ任期の振り返りを求められると、まずコロナ禍での対応を取り上げ、「思い起こすと、本当にいろいろなことがあった。途中からはコロナとの戦いを続けながら、子供たちの学び、スポーツや文化を守っていかなければならないことに腐心をしたつもりでいる。学校は勉強するところなので、授業のことばかりがクローズアップされるが、(学校では)集団活動をしたり、好きなことも苦手なこともお付き合いしたり、自分がやりたいことをやりたくないことも当番が回ってくればやったりする中で、人は磨かれていくんだと思う。そういうことを大切にしてほしい、修学旅行を諦めないでほしいと、お願いしてきたことは、良かったんではないか、と思っている」と回顧した。
昨年末の今年度予算折衝で、最大の焦点となった少人数学級の実現についても、感慨を込めて述懐した。
「最大の決戦は何と言っても35人学級だった。本当は30人で勝負をしたかったけれど、お隣の役所(財務省)の壁が高く、なかなか攻略ができなかった」と説明。予算編成の過程では、小学校と中学校の学級編制標準を10年程度かけて段階的に40人学級から30人に見直すことを目指したが、結果として、5年間をかけて小学校全学年を35人学級に移行することが決まった。それでも、義務標準法が定める学級編制の見直しは、40年ぶりという歴史的な区切りになった。
この予算折衝は、文科省職員にとって、異例の展開でもあった。萩生田文科相は「あのとき、とにかく子供たちにとって大切なことは引くな、という思いで、『40人学級を続けるメリットが何なのか』『40人学級の問題はないのか』と財務省の皆さんとも膝を交えて議論した。文科省職員の皆さんにも、やればできるじゃないか、と感じていただいたのではないか。35人はまだ始まりだ」「今後は中学校の少人数学級や小中学校のさらなる少人数学級についても検討が必要だと思っている」と述べた。
こうした経緯を踏まえ、文科省職員へのメッセージにも言及。「文科省職員の皆さんはすごく真面目で、分かりやすい言葉を使うと、品のいい職員だと思う。他省庁との争いごとはあまり好まない。どこかで大人の判断をして、我慢をする役所だった。言い換えれば、負け癖がついている。私は、ここ一番、引いちゃいけないものについては、がむしゃらに戦え、と申し上げてきた。それが将来の国のため、子供たちのために関する政策だったら、負けないでやってもらいたい」と、言葉を強めた。
9月21日に就任した義本博司事務次官は、萩生田文科相の姿勢にふれながら「現場に寄り添う文科省でなければならないし、ここ一番の政策で譲らない、文科省であり続ける必要がある」と、職員にあいさつした。財務省との予算編成作業で大臣折衝にまでもつれこみ、小学校の35人学級を実現させた萩生田文科相の姿勢が、多くの文科省職員に強い印象を残したことは間違いない。
公教育はもっと強みを発揮する
会見では、義務教育を柱とする公教育の重要性も強調した。新内閣で経産大臣に就任し、教育分野を含む産業政策を担うことから、公教育と民間教育の役割分担を問われた萩生田文科相は「民間の皆さんが教育産業に参画されることを決して否定しない。ニーズに応えて新しい産業が起きてきたと思う。ただ、文科大臣として申し上げるならば、公教育に足らざるところがあって、それを民が補わなければならないという課題がもしあるとすれば、もう一回原点に戻って、公教育を強くしていかなければならない」と応じ、公教育と民間教育の役割分担ではなく、公教育の充実を先に考えるべきだという立場を鮮明にした。
「日本の義務教育制度は世界にまれに見る、皆さんが憧れる制度。どこの町に生まれても、どこの町で育っても、同じレベルの教育を受けることができる、というのが公教育の魅力。今、教員の働き方改革が緒に就いたばかりだけれども、もう少し教員に余裕が出れば、公教育はもっと強みを発揮するのではないか」と指摘。
「(教員たちは)勉強以外のことであまりにも力をそがれてしまっている。そうではなくて、勉強、教育の部分で教員が子供たちに向き合う時間を作ることができれば、公教育はさらに力を付けることができ、結果として民間の塾へ行かなくても、きちんと高校受験ができる学力を身に付けられるようになるはずだ。公教育は大きな力を付けてきたね、取り戻したね、と言ってもらえるようになってほしい」と続け、働き方改革を通じて教員の仕事に余裕を持たせ、それを公教育の充実につなげることが重要だという見方を示した。
また、公教育の充実には、地方自治体との問題意識の共有が重要だとの見方も強調。「残念ながら、私が思っていた以上に、教育行政は地方に大きな部分が移行している。文科大臣は大きな方針を決めることはできるけれども、やっぱり地方自治体の皆さんが、公教育の大切さを共有していただくことが大事だな、と再認識した」と述べた。
さらに「教育行政に熱心な首長の自治体と、そうではないところでは、どうしても内容が違っていると、肌で感じた。文科省としても全国に目配りをして、スタンダードをどんどん上げていくことが大事だ」と実感を込め、地方自治体の首長が義務教育の充実に取り組むことが重要だと改めて繰り返した。
地方財政措置では進まなかった
ただ、文科省が地方自治体に教育への意識を高めるように求めるだけでは、GIGAスクール構想による1人1台端末の整備のように、自治体間や学校間のばらつきが広がってしまう現実もある。この点について、萩生田文科相は、義務教育に関連する予算の在り方を抜本的に見直す必要に言及。記者たちとのやりとりの中で、突っ込んだ議論を展開した。
まず、毎年の予算編成の中で、教員の配置をはじめ、教育関連予算の確保が難しい理由について、「教育行政や科学技術行政には単年度ですぐに結果を出せないことがたくさんある。結果が見えてくるのは、5年後だったり、10年後だったりする。だから、重要性が分かっている私たちが財政当局に『今、これを始めなければ、5年後はない』と説得力を持って説明していく必要がある。そういう意味では、単年度の予算作りに終始してしまって、なかなか文科省の予算は増えてこなかったと思う」と、財政当局に対して文科省がもっと説得力のある説明ができなければならないとの反省を表明した。
その上で、地方分権の考え方から自治体の裁量権を尊重し、予算の使途を限定しない地方財政措置を通じて、義務教育に必要な予算を国から自治体に配分している現行制度の問題点を率直に指摘した。
「子供たちは政治に声を出すことができない。自分の学校の理科の実験室が、よその学校と比べてどう違うか。図書館の蔵書数がいくつなのか。その子にとってはその学校がオンリーワンなので、その学校を信じて学ぶ。けれども、卒業した後や、親の転勤で転校してみると、『なんだ、こんなに恵まれているところもあるんだ』と思うことは、多分いっぱいあると思う」と、義務教育であっても自治体間や学校間によって環境のばらつきがあるとの認識を示した。
その背景について「地方財政措置ではなく、義務教育に必要な経費は、国が責任を持ってダイレクトに補助していくことをしないと、今回のGIGAスクール構想のようなものは進まない。日本中どこの小学校に行っても、理科の実験はこういう器具を使って実験ができますよ、図書館には最低限この本はありますよ、という環境を目指して、今まで何十年にもわたって地方財政措置をしてきたけれども、それぞれの自治体のさまざまな行政事情の中で優先順位が変わってしまい、お金には『理科室の実験用具代』と書いていないから、結局違うものに使われてしまうことは、今までもずっとあったと思う。そのことを知らない子供たちは、声を上げることができない」と説明。
こうした状況を解決するためには「私たちこそが、令和の時代の新しい学校のスタンダードを決めたら、それが(全国の学校に)できるまで国が伴走してあげるような仕組みを作っていく必要がある」と指摘。「パソコンも何年も前から最低でも3人に1台分のお金は計算上、国から出ていたのに、地方財政措置では進まなかった。(予算執行の)裁量権は地方自治体にあることは百も承知だが、少なくとも小中学校の義務教育は『これは買って』と言ったものは買ってもらわないと困る。(自治体が)買ってくれないのなら、(国が)直接買って渡した方がいい。今後の予算の運営では大事なことかと思う」と、予算編成と執行の仕組みを見直す必要があるとの見解を明らかにした。
萩生田文科相は最後に「決して地方の裁量権を否定するわけではないが、義務教育は、最終的には国に責任がある。どこの学校に行っても同じ環境で学べる環境を、やはり国の責任で作るべきだと、今回のGIGAスクール構想を経験して、そう強く感じた」と述べ、義務教育に必要な経費について、国が使途を定めて自治体に配分する方式を採用するべきだとの考えを強調した。
教員は「子供たちの人生を変えるぐらい大切な仕事」
質疑の終わりに、萩生田文科相は「全国の教職員の皆さんにはこの2年間、大変お世話になった。お礼を申し上げたい。特にコロナ禍では、現場の先生たちと共に、子供たちの学びを守る、この一点で頑張ってきたつもり。働き方改革と言いながら、本来の業務以上に業務が発生してしまって、現場では本当にご苦労されていると思う。思いを同じにして、歯を食いしばって頑張っていただいた、そんな2年間だった」と回顧。
「先週、閣内留任と報道されたので、ダンボールに荷物を1回入れたのだけれど、運び出しをやめて、もしかしたらもう1回、月曜日から(文科大臣を)やるのかなという思いがあった。コロナ禍の中、(学校現場の)皆さんや子供たちを残し、自分が違うところに行くのは本当に忍びなくて、申し訳ない思いをしている」と名残を惜しみつつ、真情を吐露した。
最後には教員へのメッセージとして「教員という仕事は、子供たちの人生を変えるぐらい影響力のある大切な素晴らしい仕事。大変なのは分かっているから、(働き方改革などを通じて)それをきちんと正していきたい。学生の皆さんにも、志を持って教壇に立っていただく人たちが1人でも増えてもらうことを祈っているし、これからも応援していきたい」と言葉を結び、退任会見を終えた。
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