「与えられることに慣れた」子どもの残念な行く末 | 東洋経済education×ICT – 東洋経済オンライン

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「与えられることに慣れてしまった子どもは、うまくいかないことを人のせいにする」。こう話すのは、千代田区立麹町中学校で大胆な改革を行い、現在は横浜創英中学・高等学校でその手腕を振るう工藤勇一校長だ。自ら考え、自己決定しなければ主体性は生まれないと、自律した生徒、さらには自律した学校をつくるため、横浜創英中学・高等学校では2022年度、同校初の中高一貫コースとなる「サイエンスコース」を新設するという。

日本の教育は“サービス提供型”になっている

8月に開催された横浜創英中学・高等学校の学校説明会で、工藤勇一校長が訴えたのは危機感だった。

「今、日本の教育は“サービス提供型”になっている。あれもしなさい、これもしなさいと、子どもたちは過度に手をかけられていて、与えられることに慣れてしまっている。自己決定しない子どもに主体性は育ちません。本当に大事なのは、自分で考える力をつけることなのに、学力だけを注視して勉強時間を増やすことが目的になってしまっています」

8月に開催された横浜創英中学・高等学校の学校説明会では工藤校長自ら講話を行った。緊急事態宣言下のため対面とオンラインのハイブリッドで開催し、約290名が参加した

与え続ける教育は主体性を奪うだけでなく、自己肯定感や幸福感の低さ、当事者意識のなさも生んでいるという。自律した生徒を育てて生きる力をつけようというのに、その手段の1つである基礎学力を身に付けることのほうが目的化されてしまっているのだ。

来年度、横浜創英に新設される「サイエンスコース」は、こうした受け身の学び方に一石を投じるものだ。学ぶ側が主体となる教育に転換し、生徒が自主的に学ぶ姿勢を身に付けることを目指すという。

サイエンスコースでは5年間、週2時間グループで探究活動を行う

「『なぜこういうことが起こるのか、きっとこうじゃないのか、確かめてみよう、研究してみよう』といったように、社会が抱える課題を発見し、課題解決に向けた実践的な研究を通して科学的思考を養いたいと考えています。世界は今、温暖化、環境破壊、マイクロプラスチックによる海洋汚染など、一国では解決できない問題を抱えています。それらの問題は、各国が協力して解決していかなければならない。サイエンスコースの学びは、将来の問題解決に向けたトレーニングでもあるのです」

出所:横浜創英中学・高等学校学校説明会資料を基に東洋経済作成

現在、中学は2クラス募集しているが、来年度は1クラス増やして3クラスにし、1クラスをサイエンスコースにする予定だという。希望者が多ければ、サイエンスコースのクラスを増やすことも考えている。サイエンスコースでは中学校1年生から高校2年生までの5年間、週に2時間「探究の時間」を設けて、グループで探究活動を行う。

「名称から理系コースと誤解されるのですが、あくまでも科学的思考で探究することを目的としており、研究テーマは理系とは限りません。生徒の興味によっては、歴史や経済、環境問題や心理学、商品開発などを入り口にすることもあるでしょう。テーマは中1の1学期をかけて、教員と面談して決めます。自分のためだけの研究ではなく、その研究が社会とどうつながるのか、困っている人をどうやって助けるのか、問題意識を持てるようなテーマに導いていく。こうした科学的思考が身に付くと自分の生活に対する見方が変わり、社会を変えられます。学校を改革するようなテーマが出て、生徒も職員会議に参加するようになれば面白いですね」

もう1つの狙いは、対話の訓練だ。グループで行うため意見の相違も予想されるが、対話を通して解決に至る過程を学んでほしいという。来年度は中1だけになるが、翌年からは学年を縦割りにしてチームをつくることも想定している。

「生徒に限らず、日本人は対話が下手ですよね。意見が異なると、そこに感情が加わって、対立が起きてしまう。大人の社会では感情の対立を避けるために、相手との対話を避けて管理職に根回しし、解決に時間がかかるというようなことも多々起きている。本来は意見の違いと感情は切り離さないといけないのに、対話の訓練をしていないのでそれができない。サイエンスコースでのグループ研究は、その練習にもなります」

ロケット開発の植松氏やデータサイエンティストの宮田氏などが協力

今、生きている社会に応用するために学びがある。それを体現した教育をやろうというのがサイエンスコースということだろう。

中でも社会とのつながりを象徴しているのが、探究活動に協力してくれる多彩な“応援団”だ。工藤校長の人脈で、「下町ロケット」のモデルになった、ロケット開発の植松努氏や、データサイエンスが専門でコロナ禍での活躍が著しい慶応大学医学部教授の宮田裕章氏、作家で演出家の鴻上尚史氏、障害がありながら小児科の医師として活躍する東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授など、多くの協力者が集まっている。

学びを実学に変えていきたいと本気で考えている人ばかりで、中には実際に授業をしてもいいという協力者もいるという。また植松氏は、企業がどのように教育に関われるのかを一緒に研究したいと話しており、今後は支援者とコラボしてどのようなことができるのか、いろいろな可能性を試していく。

探究活動の協力者として各界から著名な人物が多く名を連ねる


植松電機 代表取締役 植松努氏


日本環境設計 会長 岩元美智彦氏


東京大学先端科学技術研究センター 准教授 熊谷晋一郎氏


慶応大学 医学部教授 宮田裕章氏


デジタルハリウッド大学院 教授 佐藤昌宏氏


筑波大学 理事・副学長 医学医療系教授 加藤光保氏


スマートニュースメディア研究所・研究主幹 山脇岳志氏


時事通信社 代表取締役 境克彦氏


作家・演出家 鴻上尚史氏


コルク CEO 佐渡島庸平氏


SPACE CEO 福本理恵氏


Studio Gift Hands 代表取締役 三宅琢氏


東京女子医科大学 特任准教授 北原秀治氏


麻布大学 生命・環境科学部准教授 澤野祥子氏


COMPASS ファウンダー 神野元基氏


voice and peace 代表取締役 赤平大氏


アドウェイズ 取締役会長 岡村陽久氏


経済産業省サービス政策課長・教育産業室長 浅野大介氏


内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局審議官 合田哲雄氏

工藤校長は前任の麹町中学校で、宿題と定期テストを廃止、全員担任制を導入するなど、前例のない改革を行って注目された。

「全員担任制は、当時直面していた学級崩壊を食い止めるための方策でもありました。崩壊したクラスでは、担任対生徒という対立構造が例外なく生まれますが、従来の固定担任制ではほかのクラスの教員は手助けをしたくても、遠慮して手を出せないでいました。生徒への最善の支援を行うことよりも担任制システムが優先され、結果として教員も生徒も苦しんでいたのです。全員担任制に変えることにより、そうした問題が大きく改善されます。また、逆に生徒の視点から見れば、相談したい先生を自ら選ぶことは、生徒自身の自律への第一歩となります。宿題の廃止も同様です。受け身の勉強、与えられ続ける勉強は生徒の自律性を失わせていきます。自らの意思で自分の弱点を見つけて克服する学習に転換していかなければなりません」

では、ここ横浜創英では、どんな改革が進んでいるのか。全員担任制の導入、実技教科のテスト廃止のほか、昨年の一斉休校後も緊急事態宣言中にオンラインと対面のハイブリッド授業に取り組むなどICTを活用した学びも進めている。「この1年で相当変わった」と工藤校長は話すが、決してトップダウンで進めているわけではないという。組織の人間一人ひとりを当事者に変えて、権限を委譲する。校長は方向性を決めるだけ。生徒だけでなく先生の主体性も取り戻し、学校全体を自律型に変えようというわけだ。

「今、横浜創英は、サービス提供型から自律型の学校に変わるために、教員が一丸となって取り組んでいます。対立の構造はいつも組織の中にあって、考え方の違いと感情の対立は切り分けるべきだと考えている。だから方向性が間違っていなければ、アイデアは基本的にGo、目指す方向性と逆戻りしたらStop、半歩でも一歩でも前に行くなら全部Goです。意思決定のスピードが上がり、教員も驚いています。私立は公立と違って、異動がないので、やってきたことを蓄積できる強みもあり改革のスピード感が違いますね」

今後は、海外大学への進学や帰国子女の受け皿となるインターナショナル系のコースの開設も考えているという。サイエンスコースと併せて、自分の興味を追究して、強みをつくる。そうして総合型選抜や海外大学に強い学校にしたいという狙いがあるようだ。変化の速い時代に対応するため、社会も多様な人材を求めている。学力や学歴重視ではなかなか育たない人材の育成へ、学校の姿にも変容が求められている。

工藤勇一(くどう・ゆういち)


横浜創英中学・高等学校 校長


1960年山形県生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒業。山形県で数学の中学教員を務めた後、89年から東京都の公立中学に赴任。東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会指導課長を経て2014年千代田区立麹町中学校校長。宿題や定期テスト、学級担任制の廃止など、大胆な改革を行って話題となった。20年から現職

(文:柿崎明子、撮影:尾形文繁)

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