火の発見とエネルギー革命、歴史を変えたビール・ワイン・蒸留酒、金・銀への欲望が世界をグローバル化した、石油に浮かぶ文明、ドラッグの魔力、化学兵器と核兵器…。化学は人類を大きく動かしている――。白熱のサイエンスエンターテイメント『世界史は化学でできている』は、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞夕刊、読売新聞夕刊と書評が相次ぎ、累計8万部を突破。『Newton9月号 特集 科学名著図鑑』において、「科学の名著100冊」にも選出された。
池谷裕二氏(脳研究者、東京大学教授)「こんなに楽しい化学の本は初めてだ。スケールが大きいのにとても身近。現実的だけど神秘的。文理が融合された多面的な“化学”に魅了されっぱなしだ」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。
● 現代の金属は多種多様
デンマークの考古学者クリスチャン・トムセン(一七八八~一八六五)は、人類の文明史を「石器時代」(旧石器時代、新石器時代に分けることもある)「青銅器時代」「鉄器時代」の三つに大別した。
この三区分は、古代北欧博物館(デンマーク国立博物館の前身)の館長だったトムセンが、博物館の収蔵品を、利器(便利な器具)、とくに刃物の材質の変化を基準に、石・銅・鉄の三つに分類して展示したことに始まり、今日でも用いられている。
私たちの文明は石器から金属器に移り変わった。現代は、鉄器文明の延長線上にある。金属は自由に加工でき、しかも硬いために有用性が高く、大きく文明が進歩した。金属器の金属は青銅から鉄になり、さらに鉄と炭素が合わさった鋼(鉄鋼)が主役になったのだ。鋼は、硬くて強く、道具、武器、機械や建築の材料になった。
鉄は優れた性質を持つ合金をつくることもできる。これは、鉄の用途の広さを示している。たとえば、鋼は鉄と炭素の合金だが、その他にステンレス鋼(さびない鋼)などがある。
現在、金属の生産量で鉄はダントツ一位で、アルミニウム、銅が鉄に次いでいる。
● 鋳鉄と鋼
溶鉱炉でつくられた鉄は銑鉄である。銑鉄から鋳鉄と鋼がつくられる。炭素含有率が約二パーセント以上のものが鋳鉄である(ほとんどの鋳鉄は三パーセント以上)。鋳鉄は溶融温度が低いため、溶融して液体状態にして必要な形の鋳型に流し込んで凝固させて、鋳物として使われる。
鋳型によって製品の形状・寸法に近いものを大量につくることができるのだ。
銑鉄から、転炉や平炉を用いて、炭素の含有率を四パーセント前後から二パーセント以下へ下げる処理を加えて「炭素鋼(普通鋼)」がつくられる(ほとんどの鋼は一パーセント以下)。
炭素鋼は、含有されている炭素量が多くなると強さや硬さが増すが、その半面、伸びや絞りが減少する。鋼は熱処理(焼きなまし、焼き入れや焼き戻し)によって大きく性質を変えられることも利点である。
炭素鋼(普通鋼)に対して、特殊鋼と呼ばれるものがある。マンガン、ニッケル、クロムやモリブデンなどの金属元素を添加したり、成分を調整したもので、強靭性、耐熱性、耐食性などに優れているので、普通鋼では耐えられない厳しい環境下で使われる。
● 宇宙からやってくることもある金属
天然に単体として産出する金属は、金、白金、わずかに銀、銅、水銀などだ。金、白金では、自然金、自然白金と呼ばれる。これらは、金属の陽イオンへのなりやすさの傾向(イオン化傾向)が小さい金属だ。
金属はイオンになるときにはその原子から電子を失って陽イオンになる。酸素原子や硫黄原子は電子を得て陰イオンになりやすい。くり返すが、金属の多くは酸素や硫黄などと結びついて酸化物や硫化物として、自然界に存在している。
そのとき、金属原子は酸素原子や硫黄原子に電子を渡して金属の陽イオンになり、酸素原子や硫黄原子は電子を得て、陰イオンの酸化物イオンや硫化物イオンになるのだ。
プラスの電気を帯びた陽イオンとマイナスの電気を帯びた陰イオンが、プラスとマイナスの電気の引き合いで結びつくため、多くの金属は酸素や硫黄などとの化合物の鉱石として存在しているのである。
イオン化傾向が小さい金属は陽イオンにならずに金属原子が集まった自然金などの単体の金属になったりしている。陽イオンになっても酸化物イオンや硫化物イオンとの結びつきが弱いので、割と簡単にその結びつきは外れて、単体の金属になる。人類は、イオン化傾向の小さい金、白金、水銀、銀、銅を単体の金属として利用してきたのだ。
鉄が主成分の「隕鉄」は宇宙からやって来ることもあるが、わずかな量にすぎない。そのため、鉄は古代においては金以上に高価な金属であった。
古代ギリシアのストラボーン(紀元前六三~二四頃)の『地理学』には、金一〇対鉄一の割合で交換が行われたという記述もある。当時の鉄の主たる原料は隕鉄だったので、大変に貴重なものだった。
古代社会で最初に用いられたのは、「金」と「銅」だ。金は装飾品に使われた。また、メソポタミア・エジプトでは紀元前三五〇〇年頃から青銅器時代が始まった。クレタ島のクノッソス宮殿では紀元前三〇〇〇年頃に銅が使われていたし、紀元前二七五〇年頃のエジプトのアプシル神殿では銅の給水管が使われている。
● 火の技術の応用と青銅器づくり
さて、大多数の金属元素は、天然には酸素や硫黄などの化合物として岩石(鉱石)のかたちで、あるいはイオンとなって海水中などに存在する。
やがて人類は鉱石を木炭などと混ぜ合わせて加熱して還元することで金属のかたまりを得る技術を獲得した。これは、火を用いた「化学反応の生産技術への応用」だった。
金属器では青銅器がまず使われた。青銅は銅とスズの合金である。銅と酸素の結びつきはあまり強くないため、酸化銅でできた鉱石から、簡単に銅を取り出すことができた。
おそらく、銅やスズをふくんだ鉱石がある場所で焚き火をしたときに、偶然に青銅ができたのだろう。その後、銅やスズの鉱石と焚き木(燃料にする細い枝や割木)を交互に重ねて火をつけたのだと推測できる。
やがて、人類は焚き木の代わりに木炭を使うようになり、石を積んだ高温の炉のなかで反応させるようになった。炉に「ふいご」で空気を送り込めばさらに高温になり反応が進みやすくなる。
得られた金属のかたまりを集めて、土器のつぼ(ルツボ)に入れて、炉に「ふいご」で風を送り、加熱すると、金属は融けて液体になる。それを鋳型に流し込むのだ。
紀元前二〇〇〇年頃のエジプトの壁画には足踏みふいごと鋳型が登場する。古代中国の殷王朝や地中海のミケーネ文明、ミノア文明および中東などで青銅器が広く製造・使用されるようになり、青銅器時代が到来した。
銅は単独だとやわらかいが、スズと合金にすると(スズがふくまれる割合によって)硬さを調節することができる。銅よりも硬くて丈夫にできるため、青銅は農業用のくわ、すき、武器としての刀や槍などの材料に広く使われた。
青銅器は石器より欠けにくいし、変質もしにくいし、破損した場合は融かして何度でも使える。大変に便利なのだ。
(※本原稿は『世界史は化学でできている』からの抜粋です)
左巻健男(さまき・たけお) 東京大学非常勤講師
元法政大学生命科学部環境応用化学科教授
『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。一九四九年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)などがある。
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