【特集】古代米の栽培体験から広げる「気付きのアンテナ」…帝塚山 – 読売新聞

花のつくりとはたらき

 帝塚山中学校・高等学校(奈良市)は昨年、古代米づくりにチャレンジする「田んぼプロジェクト」をスタートした。奈良県明日香村に借りた田んぼで生徒たちは、田植えから稲刈りまでほぼ手作業で古代米を栽培し、収穫を味わう。その過程で資金調達や、農作業を通しての自然との触れ合い、地域の農業問題などについて、さまざまな気付きを得るという。このプロジェクトの目的や成果について、担当教員と参加した生徒たちに取材した。

リアルな体験から農業や食への理解を深める

「楽しいという入り口から、探究的な学びへとつながっていくことを期待しています」と言う籔教諭

 「田んぼプロジェクト」は、「農業に関わる大変さや喜びを知り、食について考えるきっかけを与えたい」との思いから理科の籔稔教諭が中心となって企画した。籔教諭は「いつも食べているお米がどれほどの手間をかけて作られているのか、ほとんどの生徒は知らないでしょう。田んぼに入って実際に自分たちの手で育てるというリアルな体験からこそ、農業や食への理解が深まり、得られる学びがあると考えました」と話す。

 米づくりを行っている計5枚約2500m
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の田んぼは、奈良県明日香村で農家の協力を得て借りている。生徒たちが育てる「古代米」は、縄文時代から栽培されていたと言われるもので、稲穂が赤く色付く「赤米」がメインだという。籔教諭によると、「古代米は比較的背が高く、通常の米と同様には作業することができないなど、栽培に手間のかかる品種です。しかも、無農薬の有機農法で、多くの作業を生徒たち自身が手作業で行っています」

 プロジェクトが始まった昨年は、思いがけずコロナ禍のため、参加する生徒は予定の40人から10人に限定せざるを得ず、先の見通しがはっきりしないことから参加費の徴収を取り止めた。資金面の困難のため、一時はプロジェクトの実現が危ぶまれたが、中高生の学びを支援する読売新聞社の企画「みんなの学び応援隊」に応募し、クラウドファンディングで寄付を募った結果、数日で目標の40万円を超える金額を集めることができた。

 「寄付金で農機具などを購入し、返礼として生徒たちが直筆のお礼状や活動報告リポートを書きました。自分たちの活動が支援されていることを生徒たちは実感できたようです。また、私たちの活動を多くの人に発信する機会にもなりました」と籔教諭は話す。

 10月下旬には無事に稲刈りを行い、生徒たちは古代米を口にした。籔教諭は生徒たちの様子を、「苦労して自分たちの手で育てた稲が実る風景を見て、そのお米を収穫して食べる。初めての貴重な経験を心で感じ取っているようでした」と振り返った。

自然の中で多様な刺激を受ける生徒たち

泥だらけになって米づくりを体験する生徒たち

 今年度もプロジェクトは継続され、参加者は中高生17人に増えた。昨年から引き続き参加している田中
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さん(中3)は、「農作業は大変だけれど、自分たちで育てた稲が育っていくのがうれしく、やりがいがありました」と話す。田中さんが最も魅力に感じたのは、豊かな自然環境だったそうだ。「土の硬さが違うなど、一枚一枚の田んぼに個性があることに驚き、自然の不思議を感じました。田んぼの中にいると、体いっぱいに自然が感じられてとても気持ちが良かったです」

 田中さんは、「他の人にもこの魅力を伝えたい」との思いが芽生えたという。今秋、明日香村で開催される古代米関連のイベントに「田んぼプロジェクト」のメンバーとして参加する予定で、「例えば、田んぼの香りを感じられるグッズを作るなど、私なりの発想で魅力を発信することを計画しています」と話した。

 今年から参加した
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君(中1)は、「膝まで泥だらけになって田植えをしました。普段はできないような体験ができて楽しい」と話す。「機械や農薬を使わない米づくりがどんなものなのか、自分で体験して確かめられるからよく理解できます。生き物を無駄に殺さない米づくりを探究していきたいです」。

赤く色づいた古代米の稲穂

 ちなみに、虫好きだという洲脇君は田んぼで思いがけない発見もした。「雑草を抜いているとき、タニシが通った後には雑草が少ないと気付きました。害虫だと思っていたけれど、そんな役割もあるんですね」

 将来は農学部への進学も考えているという遠藤紗希さん(高1)は、幼い頃から自然に親しむ機会が多く、環境問題にも関心を持っていたという。プロジェクトに参加したのは「農業体験を通じて、環境問題に関わる学びが得られるのでは」との思いからだ。「稲によって植える間隔を変えることなど、農家の人から今まで知らなかった知識をたくさん教えてもらえます。実際に農作業をしてみると、雑草を抜いたり稲を植えたりする時の姿勢はきつく、米づくりの大変さも実感できました」と話す。さらに「無農薬栽培に興味を持っていましたが、さらに学びたいという思いが強くなりました。お米だけではなく野菜の無農薬栽培についても知りたいし、無農薬農産物の魅力をどうすれば広めていけるのかも考えていきたいです」と、農業への関心を一層高めていた。

楽しい体験を入り口にして、探究的な学びへ

「農作業をする体験は、生徒たちに達成感を与えている」と話す岩本教諭

 生徒たちの活動を見守ってきた男子部長の岩本敦史教諭は、「田んぼからの帰り道の生徒たちの顔は輝いて見えます。自分たちの手で農作業をする体験は、生徒たちに達成感を与えているのでしょう」と話す。

 女子部長の小林奈央子教諭も、「帰りに産直市場に寄ると、農家の方からレクチャーを受けた知識を活用して野菜を吟味し、品種や産地、価格、生産者など野菜一つ一つの情報をしっかりと確認している生徒の姿を見かけます」と言う。

 生徒たちは農作業の合間に周囲を散策し、草花を観察したり虫を追いかけたり、雲の様子を見て天気の変化を読んだりしているという。さらに、自然豊かな明日香という風土を体感する中で、地域振興という視点にも意識を向け始めているそうだ。

 「このプロジェクトを通じて、いろんな方向へ『気付きのアンテナ』が立ち始めていることをうれしく思っています」と、小林教諭は話す。昨年、プロジェクトに参加した一人の生徒は、校内弁論大会で、高齢化など多くの問題を抱えている日本の農業のあり方について問題提起し、「自分たちにも何かできることがあるのではないか」と呼びかけた。

「プロジェクトを通じて、いろんな方向へ『気付きのアンテナ』が立ち始めている」と話す小林教諭

 今年の参加者からも「活動の報告会をしたい」「活動の発信力を高めるためにできることはないか」といった自発的な発言や行動が見られるという。小林教諭は、「自分たちの体験したこと、学んだことを表現する力も養われていくでしょう。このように多方面での学びや成長が見られるのは、田植えから収穫まで長いスパンで多様な経験ができるプロジェクトならではの効果だと思っています」と話す。

 籔教諭は、「楽しいだけのレクリエーションで終わらせたくありません」と今後の活動への意気込みを語る。「楽しいという入り口から入り、そこから自分なりに考えて工夫する力が育ち、もっと学びたいという知識欲が芽生え、探究的な学びへとつながっていくことを期待しています」。今後は、収穫した稲を使った科学的な実験を行ったり、古代米について学術的な学びを深めたりして、成果を発信していくことも計画しているという。

 「昆虫や古代の歴史に興味を持つ生徒もいれば、古代米に合うおかずを探したいという生徒もいます。そうした生徒自身からの興味・関心を大切にした探究活動も進めていきたいと考えています。農業体験から生徒たちがどのような出口にたどり着くのか、これからが楽しみです」と籔教諭は語った。

 (文・写真:溝口葉子 一部写真提供:帝塚山中学校・高等学校)

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