テレビドラマ「ドラゴン桜」(TBS系)の第2シリーズが今年4月から放送され、登場人物たちが東京大学合格に向けて努力する姿が多くの視聴者の胸を打った。東大の中でも法学部は、国内文系最高峰とも言われ、これまで多くの官僚や法曹人材を輩出してきた。
一方で、過酷な労働環境などの面から、官僚の人気は低下しており、今年の東大入試で、法学部に進むことがメインルートとなっている文科一類の合格最低点が、文科二類と三類の両方よりも下回ったことが話題になった。
実際に東大法学部に通う学生は、学生生活や進路、学部に対してどんなことを思っているのか。東大法学部生を集めて、彼らの本音・胸の内を明かしてもらった。
【座談会参加者(全員仮名)】
ショウヘイさん:法学部第1類(法学総合コース)3年(男)。東京出身。国家公務員志望で、同時に民間就活も進めている。
ミキさん:法学部第1類3年(女)。地方出身。ショウヘイさん同様、国家公務員志望で、同時に民間就活も進めている。
カズヤさん:法学部第2類(法律プロフェッションコース)3年(男)。東京出身。弁護士志望で、予備試験を受験した。
ユキナさん:法学部第3類(政治コース)3年(女)。地方出身。志望進路は、国家公務員と民間就職半々くらい。
司会:法学部第3類3年(女)。地方出身、民間就職志望。
注)東京大学では1、2年次は全員教養学部所属となり、3年次からそれぞれ専門の学部へ所属するという進学選択制度(通称「進振り」)がとられている。法学部では、進学後に1・2・3類のいずれかのコースを自由に選択することになっている。
●「女の子だから、浪人してまで目指さなくていい」と言われた
ーー皆さんは文科一類で入学してその後法学部に進んでいますけど、そもそもなんで東大文一を受験しようと思ったんですか?
ショウヘイさん:高校時代とかは、検察官とかかっこいいなって思ってて、そういう職業につくなら東大の法学部がいいよなって。それで目指しました。
ミキさん:私は元々他の大学とか学問分野も考えていたのでいろんな大学のオープンキャンパスにも行ったんですけど、その中で「東大いいなぁ」って思い始めました。ちょうど国家公務員にも興味を持ち始めていたので、国家公務員になるなら東大の法学部に進みたいなと思って、東大文一の受験を決めました。
ユキナさん:私は「変わっているね」と言われがちだったので、気が合う人を見つけたいなと思って東大を目指し始めました。
ーーたまたまではありますが、今日ここにいる皆さんは全員現役で文一に合格してますよね。もし現役で東大に落ちていたら、その先はどうするつもりだったんですか。
カズヤさん:早稲田の法学部には合格していたんですけど、でもやっぱり浪人してもう一度文一を目指してたかもしれないな。やっぱり東大に行きたかったから。
ユキナさん:早稲田とか他の私大に行ってたかなとは思うんですけど、親には「もし落ちてももったいないから浪人しろ」って受験生時代は言われてましたね。
ミキさん:私は逆に、父親には「女の子だから、浪人してまで東大を目指さなくていい」って言われてました。保守的な父なので。と言っても国公立に行きたかったし、そのために勉強もしてきていたので、もし文一落ちてたら京大の後期を受けて、それもダメだったら慶應とかに進んでたのかなぁ。
●馴れ馴れしかった他大の男子が、私が東大生だと知った途端に態度が変わった
ーー実際私も、「女子だから」ということを意識していたかは分かりませんが、両親からは「浪人しないで」と言われていました。ミキさんのお父さんは、女子が浪人をしてでも東大を目指す、っていうこと自体を毛嫌いしていたとか?
ミキさん:父は慶應出身なので、東大落ちても慶應受かったならそれでいいじゃないか、って。そんな父も、東大に合格したこと自体はすごく喜んでくれていました(笑)
ーーいざ自分が「東大生」になってみて、周囲から偏見を感じたりっていうことはありましたか?
ユキナさん:一つあったのは、私にちょっと馴れ馴れしく接してきていた他大の男子が、私が東大に通っていると言った途端に態度がちょっと変わったことですね。敬意を持ってというか、かしこまって対応されるようになりました。
ーー私たちの入学式(2019年)での上野千鶴子先生の祝辞にもあったように、女子は胸を張って「東大生です」って言えない、「東京『の』大学」って言ってしまうみたいなところも実際にあるんですかね。
ショウヘイさん:そうは言っても、男子だって美容室とかでは「東京の」って言いますよ。ビジネスシーンみたいなところでは「東京大学に通っています」って言えるけど、そうじゃない場所では言うのを躊躇いがちだっていうのは、男女でそんなに変わらないんじゃないかな。
注)2019年4月の学部入学式にて、上野千鶴子東大名誉教授が祝辞として、「東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました。わたしが学生だった半世紀前にも同じようなサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです」などのメッセージを述べて、大きな話題になった。(参考:https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html)
● 人間関係はもともと「砂漠」だから、オンラインになってもギャップがない
ーー東大は1、2年は全員教養学部所属になるので、実際に法学部生となるのは3年生からですね。とはいえ法学部では「駒場持ち出し科目」として2年生から一部法学部の授業が始まります。私たちの学年は、持ち出し科目の時からちょうどコロナ禍の影響でオンライン授業になってはいますが、実際法学部の授業を受けてみて、いいなぁと思うことはありますか。
カズヤさん:予備試験に向けて勉強していて、基本書を読んでいるんですけど、そこに名前を連ねている先生とかが普通に授業しているのを見ると、やっぱり胸が躍りますね。判例百選の解釈を書いている先生とか、ポケット六法の編集委員の先生とかもいますし。
ショウヘイさん:僕が所属している行政学のゼミは、学部生だけでなくて院生も受講しています。院生の方が知識も豊富ですし、僕としてもためになるところが多くて、面白いなぁと思って受けてますね。
カズヤさん:民法基礎演習っていう授業があるんですけど、講師として4大事務所の弁護士の方が来て授業をしてくれるんです。そういう実務的なことを重視している授業もあるのは面白いですね。
ユキナさん:日本政治の授業とかも、先生が結構ズバズバ話すタイプの方で面白かったです。
ーーオンライン授業が主流になって、何かギャップを感じることなどはありましたか。
ミキさん:オンラインでも対面でも、基本的に大人数一方向授業なのは変わんないんだろうな、と思います。
ショウヘイさん:オンデマンドで授業する先生とかで、爆速で抑揚もなくペラペラ~、と進めていく先生の授業とかはちょっとしんどいよね。
(一同共感)
カズヤさん:法学部に入る前から、「法学部は学部生間交流があまりないから『砂漠』だ」とは聞いていて、そうは言ってもそこまでではないだろうって思ってたけど、入ってみたらしっかり砂漠でした(笑)。元々砂漠(=人間関係が希薄)だから、オンラインになってキャンパスに行ける機会がほとんどなくなっても、そこまでギャップはないのかも。
ミキさん:元々授業の出席率とかも低かったらしいです。キャンパスに行かなくても自宅から授業を受けることができるから、むしろ授業の出席率が上がってるっていう話も聞いたことがあります。
ショウヘイさん:「砂漠の効率化」みたいな?(笑)
●みんなで授業の書き起こしを共有する文化、教授自らが配ってくれればいいのに
カズヤさん:東大の法学部には、授業で先生が言ったことを学生が一言一句文字起こししてシケプリ(試験対策プリント)を作成するという「シケタイ」文化があります。あまり聞けていない授業とかも試験前にシケプリを見て勉強するんですよ。教授のしゃべったことをそのまま一言一句書き起こしたものなので、誰が作っても一緒なんですよね。他の学生の生気を感じないです。人の手が加わらないって言う意味で、シケプリの正確性は担保されてますけど。
ユキナさん:最初から教授が自分の話すことをシケプリみたいに書き起こして、それを学生に共有してくれればいいのに…。
ーー先ほど、「法学部は学生間交流が少ない、砂漠だ」っていう話がありましたけど、その理由はなんだと思いますか。
ユキナさん:ゼミじゃないですかね。
カズヤさん:僕もそう思います。東大の法学部のゼミは、半年=1セメスターで完結してしまうので、他の学部のゼミとか学科みたいに、コミュニティとしてあまり持続しないんです。
ショウヘイさん:学部やゼミで集まろうってなかなかならないよね。いろんなことを学べるっていう趣旨では、つまみ食いみたいな今のゼミの形式もいいのかもしれないけど、やっぱり新しいコミュニティというか、ゼミにはそういう側面を求めてるからなぁとは思います。
ユキナさん:一つのゼミを長くっていうのがあると、砂漠じゃなくなってくるのかな。
カズヤさん:やっぱり同じ学部に友達や知り合いが多い方が、勉強のモチベーションも上がるし、情報交換もしやすいので、もっと学生間の交流が生まれるような環境があるといいな、とは思います。zoomでの授業だから参加者の欄を見たりしてて、名前だけは分かる、っていう人は多いです(笑)。
ーー今年の入試で、文一の合格最低点が文二や文三を下回ったことが話題になりました。また、脱法(文一で入学して、法学部以外の学部へ進学すること)する人も増えているようです。不人気の要因をどう考えますか。
ミキさん:法学部の講義の大人数一方向っていう形式とか、ゼミの形式とか、そういうところで面白さを感じられなくて、だったら法学部じゃない学部にしようかなっていうのもあるのかもしれないですね。
カズヤさん:個人的には、法学部の定員割れは流行の問題なだけで、そこまで重要な問題だとは思っていないです。法曹志望からすれば、資格持ち東大法卒の需要は尽きないんじゃないかな。
ユキナさん:でも正直、法曹・官僚志望じゃない人にとっては法学部に進むメリットがなくなってきているというのは確かだと思います。民間就職するのなら「法学部卒」であることは他の学部と特に差はないし、なら学生の間だけでも自分の好きな学問をしたいと思うのは当然かなと思います。
ショウヘイさん:官僚や法曹よりも就職後の待遇がいいところが今は多いから、そういうところに有利な学部に一定数流れるのは、それはそうだよねっていう感じ。
ミキさん:法学そのものへの関心の低さとか法学部の授業形態、砂漠への不満も不人気の要因としてあると思うけれど、加えて法曹や官僚といった職業の魅力が低下していることも関係しているんじゃないかな。
官僚や法曹ってドメスティックなイメージが結構あって、一方で今は国際社会で活躍できるような仕事やIT、スタートアップのような、もっと魅力的でお金も稼げる、言ってしまえば「勝ち組」になれるような仕事がたくさんあると言うか…。それで、将来の進路を考えて法学部以外の選択肢を取る人が増えているのだと思います。
ーー官僚や法曹を目指す人が減っていたり、あるいは、だったらもっと将来の進路のためになる、あるいは自分の興味関心の向くような他の学問分野を選ぼう、というような流れになっているのは自然なのかもしれないですね。
●ロースクール進学は、予備試験合格に向けて1年分の猶予をもらうイメージ
ーー法曹や官僚を目指している人が減っていると言われていますが、そういう感覚は実感としてありますか。
カズヤさん:法曹志望の友達は、案外いないものですね。自分の知り合いで一緒に予備試験に向けて頑張ろうって言っているのは一人くらいですし。法学部での知り合いがそこまで多くないからかもしれないですけど。
ショウヘイさん:逆に僕の周りは法曹志望だらけです。偏在しているのかも。
ユキナさん:官僚を目指している人もそんなに多い印象はないです。今日の参加者4人中3人が官僚志望っていう状況がもはやレアですね。
ーー法曹を目指すとしたら、ロースクールを卒業するか予備試験を合格して、そこから司法試験を受けますよね。カズヤさんは予備試験に向けて勉強していますけれど、ローに行くことに対してはどういう印象を持っていますか。
カズヤさん:聞く話だと、学部は「砂漠」だけど、院の方は、交流も結構あるらしいです。将来留学するとなると、院を出ている方が有利だったりもしますよね。そうは言っても、ロースクールに行くのは、予備試験合格に向けて1年分の猶予がもらえる、っていうイメージです。
ーーあくまでも、予備試験合格がスタンダードだと思っていると。
カズヤさん:そうですね、ローに行きたいとは思ってないです。いわゆる四大事務所に入るには、院1年までに予備試験に受かっていれば、というのが法曹志望の中では共通認識ですね。
ーー制度設計としては、予備試験は例外としての立ち位置にあると思うんですけど、東大法科大学院における他大出身者の比率は67%で、東大法学部生があまり進学していないようです。予備試験合格が本線になりつつあるのは、なぜだと思いますか。
カズヤさん:2年間ローに通ってから、となると、やっぱり社会に出るまでに時間がかかりすぎるというのが正直な思いです。僕としては、なるべく早く社会に出て社会を知りたいと思いますし、だったら予備試験突破を目指そうって考える学生は多いと思います。
●外コンは人気だけど、収入がいい状態がいつまで続くか疑問
ーー官僚志望の3人は、民間就活も同時に進めていますよね。法学部からも外銀や外コンに進む人が増えていますが、民間と官僚を比較してみて、どんなことを思いますか。
ユキナさん:忙しさでいうと、多分外資系の銀行やコンサルと官僚って同じくらいなんでしょうけど、お給料がやっぱり違いますよね。激務なのは変わらないけど、その職務に見合った還元があるかないかっていうのが問題なのかなと思います。
ショウヘイさん:官僚をしている方と実際に話すと、何度も「激務だから、がんばってね」と言われます。おそらく今改革途中ではあると思いますが、もう少し本格的に進めないと、報酬という意味でも効率の意味でもまずいんじゃないかな。
ーー官僚を目指す人が減っているのは、やはりそういった激務とそれに対する報酬のアンバランスが要因にあるんですかね。
ミキさん:そうだと思います。官僚という仕事自体へ純粋にやりがいとか魅力を感じられないと、だったら民間就職したほうがリターンがいいというように考えるひとが多いんじゃないかな。
ーーそんな中でも官僚を目指していこうと思っているのはなぜですか。
ショウヘイさん:政治や行政に興味があるなら、官公庁コンサルやシンクタンクも選択肢としてあると思うんですけど、それって結局外野であって、根っからの立案には関われないなって。確かに官僚自体は、待遇であったり働く環境のこととか色々言われていますけど、今働き方改革が行われているところで、落ち目から上げていくところに関われるのは面白そうだなって思っています。
ユキナさん:ここまで、親や周囲の人にいろんないいことをしてもらって東大まで入れてもらったという思いがあるので、社会に還元していきたいというのが、官僚を目指す思いです。民間は結局お金儲けで、私の場合は途中でモチベが折れてしまう気がするんです。その点官僚は、100%国のための仕事って言い切れる、胸を張れる気がして。
ショウヘイさん:それに、今は外コン(外資系コンサルティング)とかは確かに人気ですけど、収入がいい状態もいつまで続くか実際のところ分からないな、って。官僚は国が滅びない限りは職がなくならない安定感がありますし、そういう安心感を持って仕事がしたいという思いもあります。
ミキさん:民間人って、やっぱりできることが限られていると思うんです。官僚なら「国」っていうより大きなスケールから仕事ができるところがいいなぁと思っています。あと、漠然と「エリート」への憧れというか、日本を動かす立場に立てるというのはかっこいいな、って。政治家とかと比べてより実務に特化して日本を動かすことができるというのが、官僚になりたいという思いのバックにあります。
【座談会を終えて(司会)】 どの観点についてもそれぞれ意見や問題意識を持っているところに、やはり東大生らしさを感じました。報酬の良さなどから外資系のコンサルや銀行に進む人も増え、官僚を目指す人も減っている中で、官僚志望の学生の「日本を変えたい」「社会に還元したい」というピュアで熱い思いを知ることができ、民間志望の私としてはとても新鮮でした。どのような進路に進むにせよ、「エリート」的立場や職業につく人が多いでしょうが、自分と異なる視点や価値観に触れ続けられる存在でいてほしい、そして自分もそうありたいと思える時間でした。
弁護士ドットコムニュース編集部
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