文部科学省が推進する「GIGAスクール構想」に基づいて、小中学校では“1人1台”の学習用端末の配備が進んだ。文部科学省の調査(PDF形式)によると、96.5%の自治体が2020年度内に必要な端末の配備を完了したという。
しかし、これはあくまでも「配備」の話であって、実際に活用できているかどうかは別の話である。学習用端末があっても、児童や生徒はもちろん、教員が活用できなくてはただの「箱」あるいは「板」である。
Googleが7月14日に開催した「Google for Education」に関する説明会では、3つの公立小学校の教員が登壇し、同サービスの活用事例を紹介した。
●学習用端末が「児童主導の授業」を実現する
最初に登壇した焼津市立豊田小学校の棚橋俊介教諭は、GIGAスクール構想の初年度である2020年度は小学4年生を担任し、今年度(2021年度)は小学3年生を担任している。同市立小学校では学習用端末としてChromebookが導入されたが、棚橋教諭がこの2年で受け持ったクラスでは、多くの児童がICT機器に不慣れな状態からスタートしたという。
Chromebookを含むICT機器に慣れてもらうための手段として、棚橋教諭は児童が自由に機器を触れる(使える)機会を多く設けたという。「自分たちがICTを活用していく」という意識の醸成も狙ったようだ。
合わせて、ICT機器を使う上でルールは必須ということも伝えているという。
棚橋教諭によると、ICT機器を使うようになった児童は生活リズムが整ったという。具体的には、前の授業が終わると、すぐに次の授業の支度をするようになったそうだ。
ICT機器を使う際に時刻をしっかり守って活動することや机上整理をどのように行うかについて、児童と相談しながら決めたことが奏功したようである。
学びの面では、自分の考えを相手に伝えようとする姿勢が出てきたという。
算数の文章題では、そこに書いてあることを図で示すと式を立てやすいこともある。このこと自体は紙(ノート)を使ってもできるが、学習用端末を使えば「何度もやり直しやすい」。
文章からどのように式を立てたのか——より分かりやすく伝えるために、試行錯誤を重ねやすくなったということである。
授業で分からないことや困ったことが出てきた際に、友達の考えや意見を参考にすることも増えたという。
個人差はあるが、多くの児童や生徒は、教員を含む他者に「分からないこと」を言い出せないことがある。教員や友達がそれに気付いて手を差し伸べてくれるなら良いのだろうが、そう物事がうまく進むとも限らない。分からないことが多くなると、新しい知識の習得がうまく行かず、さらに分からないことが増えていく。こうした“負のスパイラル”は、当事者が意識することなく進行するものである。
「じゃあ、先生とか他の人に聞けばいい」と思うかもしれない。しかし、他人に分からないことを打ち明けて、解き方や考え方を聞くことは、人によってはとても難しいことである。
その点、授業でクラウドサービスをうまく活用すれば、児童や生徒の解き方や考え方をクラス全体に共有できる。分からないことを言い出せない児童や生徒も、自分の端末を使えば他の人の解き方や考え方に接しやすくなるので、分かる“手がかり”をつかみやすくなる。
棚橋教諭が受け持ったクラスでは、現行の学習指導要領が重視する「協働的な学び」や「個別最適な学び」において学習用端末が役立ったようだ。
小学4年の社会科のグループ学習において、児童たちはチャットを活用して教え合ったり、学習に役立ちそうな情報を提供したりと、自発的かつ協力して課題に取り組んだという。これこそ、協働的な学びである。
グループ学習の過程において、あるグループは集まって直接話し合った一方で、別のグループはチャットで情報共有しつつ学習を進め、さらに別のグループは完全に個人ごとに調べ学習を進めたという。1つのクラスの中で複数の学習スタイルが見受けられるようになったのだ。これは、ある意味で個別最適な学びといえる。
バラバラなスタイルで学習を進められると、先生は状況を把握しづらい……と思いきや、全児童が作業をクラウド上で進めるため、学習状況はむしろ把握しやすくなったようである。
学習用端末の導入に合わせて、棚橋教諭は授業スタイルの見直しも図ったという。
小学3年の理科の「こん虫の育ち方」では、モンシロチョウとトノサマバッタの違いを学ぶ。従来、棚橋教諭は両者の違いを板書して整理していたが、学習用端末の配備に合わせて児童が自ら整理するように改めた。これは情報活用能力の育成を見据えた取り組みで、「課題の設定→情報収集→情報の整理と分析→情報のまとめと表現」という一連のプロセスを“型”として意識したという。結果、使うべきツールや学び方を児童自らが選び取るようになった。
このことは児童の学校外における学びにも影響を与えたようで、宿題以外の「自主勉」をする児童が少しずつ増えていったという。児童の頑張りを褒める機会も増えたそうだ。
棚橋教諭は、クラウドツールで授業自体の効率化も図れたという。従来は時間をかけて集計したり準備したりしていたことが、クラウドツールを使えば“一瞬”で行えることもある。浮いた時間を“思考”に回せるようになったことは、大きなメリットといえる。
学習用端末端末が行き渡り、クラウドサービスを活用できる環境が整えば、児童主導の授業を実現できる。そして、教員は児童の主体性を育む教育に注力できる——そういう意味で、豊田小学校は良い事例といえる。
●自宅でもシームレスな学習には“持ち帰り”も重要
続いて登壇した静岡市立南部小学校の浅井公太教諭は、2020年度に受け持ったクラスで行った「端末の持ち帰り」に関する取り組みを紹介した。
南部小学校には、2020年8月26日に学習用端末としてChromebookが配備された。「いきなりChromebook(利用に関する)実践が始まった」状況で、それまでに児童側において特別な準備はしていなかったようだ。
端末の持ち帰りは、配備から約1カ月後の2020年9月24日から実施した。前例のない取り組みだったので、校長や管理職と相談した上で、保護者懇談会で持ち帰りを実施するメリットとデメリットを全て説明し、同意書の提出を求めたという。保護者の関心は意外と高く、全家庭が同意書を提出したという。
端末の持ち帰りが始まってからは、それを前提とした家庭学習課題も出しているという。例えば体育の「跳び箱」の単元では、動画教材を見て「技のポイント」をまとめてくる宿題を出したという。その後の授業では、それを踏まえて跳び箱の練習を行い、試技を動画で撮影した。そして試技を振り返るスライドを作成するという宿題として課した。振り返りのスライドには、ベストな試技の動画を添付してもらったという。
ベストな試技の動画を振り返りのスライドに添付することになるせいか、児童は手を置く位置や膝の伸ばし具合を動画を見返して確認し、よりキレイに跳べるように取り組むようになったという。
浅井教諭は、学校と家庭がクラウドでつながることで授業が充実するようになったと実感しているという。技ポイントのまとめや振り返りを自宅に“持ち帰る”宿題とすることで、授業では運動量や練習量をより多く確保できたのだ。端末の持ち帰りは、授業における本質追究と児童間の交流の活性化に大きく役立ったともいう。
ただ、学習用端末を持ち帰ることには、解決すべき課題もある。
1つは児童が持ち運ぶ荷物が増えてしまうということだ。児童は、その日の時間割に合わせて紙の教科書、ノート、体操着、給食セット……などを毎日持ち歩かなければならない。そこに学習用端末を加えるとなると、身体面の負担が過大となってしまう。そもそも、サイズ面の都合で学習用端末がランドセルに入れられないものもある。
そこで南部小学校では一部の教科書を学校に置いていけるようにしたという。いわゆる「置き勉」を公認したのだ。
置き勉の実現に当たっては、学校に置いても問題ない教科書を厳選し、児童1人1人の置き場も確保したという。結果、理科と社会の教科書と、音読課題のない日の国語の教科書は学校に置いて帰れるようになった。
また、学習用端末はあくまでも“学習用”であることを児童に認識させることも重要である。
浅井教諭によると、受け持ったクラスのチャットにおいて、学習に関係のない内容を投稿したり、長時間入り浸ったり、変な言葉で書き込んだりする児童が出てきたという。いずれも、家庭にいる時間帯での出来事だったようだ。
そこで、浅井教諭はこの事象をクラス全員に授業で共有した上で、チャットのルール作りを行ったという。頭ごなしに「チャット禁止」とするのではなく、児童と話し合いながらルールを決めていったことがポイントだ。
加えて、家庭でのルール作りも欠かせない。
南部小学校の場合、学校側から「家庭での利用時間は21時まで」「家で充電する場所を決めること」「適切な使用について指導すること」をお願いしたという。「教師の休日感覚が薄れる」ことへの対策として、担任(学校)の投稿は平日のみとすることも伝えたという。
家庭ごとのルールは、学校側が提示したルールをたたき台として作ってもらったそうだ。結果、「習い事のある日は(利用時間は)20時まで」「土日は1時間まで」というように、家庭ごとのルールが定まっていった。中には「(児童が使う)パスワードを共有する」というルールを作った家庭もあった。
家庭内のルールは、Googleドキュメントで提出を求めた。浅井教諭も家庭のルールを把握することで、トラブルがあった際に対応しやすくするためだ。
教員側の立場では、基礎/基本につながる宿題とのバランスも重要だ。
先述の通り、浅井教諭のクラスでは学習用端末を使った宿題を出している。一方で、国語における「漢字の読み書き」や算数における「計算練習」といった基礎/基本につながる日々の宿題も欠かせない。
端末を使う宿題を単純に日々の宿題に“上乗せ”してしまうと、児童への負担が増えてしまうだけだ。かといって、日々の宿題を削りすぎてしまうと、基礎/基本の習得に影響が出かねない。
そこで、浅井教諭は日々の宿題の一部を、学習用端末を使う課題に振り替えることで対応したという。例えば、ある日は計算ドリルの代わりに学習用端末を使った2つの課題を課している。
学習用端末の持ち帰りを促進したことで、児童は自主的に学習活動に取り組むことが増えたという。とりわけ、特別学習に関する活動は顕著に増えた。合わせて、予習や復習の習慣が身に付き、授業へと主体的に参加する児童も増えたとのことだ。児童同士の「(目に)見えにくいトラブル」は、対面での観察を細かくすることで対処しているという。
●GIGAスクール構想の成功には教師の「学び」「つながり」も重要
愛知県春日井市立藤山台小学校の久川慶貴教諭は、学習用端末の導入に伴う春日井市における教員側の取り組みを紹介した。
春日井市の市立小中学校では、1999年から校務の情報化(ICT化)に取り組み始め、2006年度から普通教室への実物投影機の配備を順次進めてきたという。2011年度には同市立出川小学校においてICTを活用した授業改善活動がスタートし、2014年度には同校に80台の学習用端末が配備された。2017年度からは授業改善活動が複数の学校で展開されるようになり、2020年度からは全学校にChromebookが配備され、クラウドツールとして「Google Workspace for Education」の利用も始まった。
出川小におけるPC活用事例や2017年度からの授業改善活動では、校内研修を公開したり事例を発信したりすることで、全ての市立小中学校に水平展開してきたという。そのため「(春日井市は)他の市町村と比べるとICTに関する土壌があった」(久川教諭)。
2020年度に導入されたGoogle Workspaceは、教師にとっても強い武器になるという。教師間の情報共有を行いやすいからだ。
藤山台小学校では、授業に関する校内研究会の振り返りに「Googleスライド」を、学年の予定管理を「Googleスプレッドシート」で行っているという。共同編集機能を使うことで、従来のように「持ち回り」をすることなく文章や資料を完成させられるようになった。
職員会議の資料は「Google Classroom」や「Google Chat」を使って共有することで、資料を探すのに戸惑うことも少なくなったそうだ。さらに、同校では教員へのアンケートに「Googleフォーム」を使うことで、紙の節約と情報集約の迅速化も図れた。
とはいえ、このようなICTツールの利活用を“苦手”とする教員もいることは事実である。そこで同校では「ミニICT勉強会」を実施することで、ICTが苦手な教員のフォローを行ってきた。
Google Workspaceの利活用は、1つの学校内にとどまらず、市立小中学校の教員の「横のつながり」にもメリットをもたらしている。
従来、他の学校における取り組みを直接見たり聞いたりするチャンスはそれほど多くなかったという。しかし、チャットなどを活用することで日常的に取り組みを紹介したり、それに対するフィードバックを得たりしやすくなった。同市のICT教育の中核を担う教員のチャットルームには同市教育委員会の指導主事(※)や大学教授も参加しており、専門的な立場からの意見や助言も得やすくなったという。
(※)指導主事:教育課程、学習指導、生徒指導、教材、学校の組織編成について、学校長や教員に助言と指導を与える役職。教育委員会の事務局に置かれる
春日井市では教員の夏季研修でもGoogle Workspaceに関する研修を行う。この研修の事前課題は、あえて児童や生徒と同じ方法で提示される。児童/生徒と同じように学ぶことで、授業でも同様に展開しやすいからだ。
「まず教師が活用して手応えを得てから、それを児童や生徒に展開する」という春日井市のやり方は、実物投影機を導入し始めた頃と同じである。しかし、クラウドツールを活用することで、その利活用や展開はかなり迅速化したという。
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