春ドラマが終了し、各種データが出そろった。
その中で注目すべき統計がある。高校生は『恋はDeepに』『着飾る恋には理由があって』『レンアイ漫画家』など若者狙いの恋愛ドラマではなく、色恋と全く無縁の『ドラゴン桜』に夢中になっていたという事実だ。
どうやら若者イコール恋愛というイメージがあるが、それは必ずしも正しくないようだ。
『ドラゴン桜』が示した可能性を検証したい。
各局トップドラマの比較
春クールで最も話題となったのは、各局以下のドラマだろう。
日本テレビ『恋はDeepに』(石原さとみと綾野剛のW主演)。
テレビ朝日『特捜9』(井ノ原快彦主演)。
フジテレビ『イチケイのカラス』(竹野内豊主演)。
そしてTBSは阿部寛主演の『ドラゴン桜』だ。
ビデオリサーチが調べる世帯視聴率では、『ドラゴン桜』『特捜9』『イチケイのカラス』が平均12~14%台で接戦だった。そして中盤に数字が下がった『恋はDeepに』が8.4%と水をあけられた。
ただしスイッチ・メディア・ラボが割り出す男女年層別や特定層の数字を見ると、世帯とは大きく異なる風景が見える。
まず『特捜9』は65歳以上でトップクラスだが、それ以外の個人視聴率では振るわなかった。高齢層に合わせたドラマは、やはり若年層には顧みられない。
逆に『恋はDeepに』は、世帯では低調だったが、F1(女性20~34歳)ではトップだった。石原さとみと綾野剛の恋愛物語は、この層にはテッパンだったようだ。
そして『イチケイのカラス』は、男女35歳以上に支えられ世帯視聴率も順調だったが、若年層にはあまりリーチしなかった。
その中にあり『ドラゴン桜』は、世帯および各層の個人視聴率で気を吐いた。あらゆる層の気持ちを捉えたという意味では特筆に値するだろう。
特に中高生の個人視聴率で2位に倍近い差をつけ、春クールの中で特異なポジションを確保した。とりわけドラマをあまり見ない男子高校生では、他のドラマの3倍以上と珍しい現象となっていた。
「為になる」「役に立つ」ドラマ
中高生によく見られたドラマだったが、東大合格のための勉強法が次々に登場するため、大学受験を意識する層に響いたドラマだった。
特に低偏差値の生徒がぐんぐん伸びるメソッドが、進学校のエリートだけでなく、普通の中高生にも大いに興味を持たせていた。
例えば、「あれもこれもと手を伸ばさず、一冊の教科書を極める」。重複して勉強することのない無駄のない勉強法だった。
ゆりあんレトリィバァ演ずる英語の特別講師が披露する「ぼそぼそシャドーイング」。リスニング力強化の第一歩として確かに合理的だ。
他にも「2次試験の数学では、まず方針を書く」「リスニング試験中はメモをとったりしない」「SNS・動画サイト・勉強アプリなど、テクノロジーを勉強に活用」など、直ぐに使えるノウハウが満載だった。
集中力と持久力を高め、ゴールに最短距離で近づく良策のオンパレードだった。「為になる」「役に立つ」情報も、ドラマを見てもらう大きな要因になりうることを証明したと言えよう。
特定層への強烈なアピール
その結果、視聴者層にははっきりとメリハリがついた。
クールの中で世帯視聴率が最低となった第3話以降で、層別個人視聴率を比べてみよう。
まず高校生では、2年生も3年生も3~4話ではほぼ同じ。ところが受験勉強で忙しいのか、高3は5~6話で高2に後れをとり、7話では大きく下げてしまった。
ただし8話以降は急伸し、最終回は一挙に2ポイント上げた。合格発表のシーンで、感情移入していた登場人物の合否が気になったのだろうか。あるいは自らの合格イメージを作りたかったのかも知れない。
ところが高2の終盤は、高3ほど伸びなかった。
逆に最終回で下がってしまった。合格発表自体は、まだかなり先のことで“自分事”として見られなかったのか知れない。
高校生以上に違いが極端だったのが、子を持つ親の世代だった。
子どもがまだ幼い30歳代の親たちと、10代後半から20代前半の受験が身近な子を持つ50歳代の親たちとの差は、かなり大きくなった。
そもそもドラマ序盤から、30歳代は50歳代の3分の1しかない。しかも中盤から終盤にかけてほとんど盛り上がらない。
これに対して50歳代は、中盤でぐっと伸び、さらに最終回にかけ一段と上がった。
自らの状況や経験に照らして、感情移入の度合いが違ったのだろう。あるいは会社での部下や後輩のコーチングの参考になる話をいろいろ見つけていたのかも知れない。
アイキャッチな東大受験が表向きの話だが、普遍性の高い要素がいろいろあったのが勝因と言えよう。
日曜劇場の幅を広げる!?
TBS日曜劇場のこれまで3作を比べると、『ドラゴン桜』は新たな可能性も開拓したこともわかる。
「ラブサスペンス」路線の『危険なビーナス』から、「入れ替わりエンターテインメント」の『天国と地獄~サイコな2人~』は、明らかに娯楽性を極める方向だった。
ところが今回の『ドラゴン桜』は、娯楽性をしっかり計算しつつも、情報性や普遍的テーマをこれでもかというほど盛り込んできた。
見方によっては、NHKの教育テレビ以上に教育的要素が散りばめられていた。
この結果20~40歳代の大人では、『ドラゴン桜』は『天国と地獄』に及ばなかった。
ところが中学生から高校生では逆転した。
実はTBSは、広告主のニーズが若年層に移っている状況を前提に、この春から番組のターゲットを「新ファミリーコア」としている。
日テレやフジが13歳から49歳のコア層を狙っているのに対して、同局は4歳から49歳とより下の世代までを視野に入れている。
この方針に照らすと、コア層では『ドラゴン桜』は『天国と地獄』にわずかに及ばなかったが、「新ファミリーコア」ではかすかだが逆転した。
恋愛ものでなく、勉強をテーマにした学園ものだ。しかも中高生という将来のテレビ視聴者の育成にも貢献したと言える。数字以上に意味があったのではないだろうか。
第3弾の可能性
最後に前作から16年を経た今回の『ドラゴン桜』に注文がある。
同ドラマの制作は、「大学受験が大きな転換期」を迎えていることを前提としていた。
これまでの知識詰込み型の“記憶力試験”から“実践的な学力を測る試験”へと移行する“2021年度新受験戦争”にあわせた作りだと謳っていた。
しかし残念ながら、新しい考え方やメソッドは登場していたものの、相変わらず“記憶力試験”という旧態依然とした受験対応が中心だった。
ところが現実は、AO入試(アドミッションズ・オフィス入試)と呼ばれる小論文や面接を重視する受験が増えている。大学によっては半数ほどをAOで合格させる学部も登場しているし、既に8割ほどの大学がAO入試枠を設けている。
ところが高校側の実態は、その変化についていけていない。
小論文や面接重視に備える勉強法を指導できる教員はほとんどいない。結果として、そこに専門特化した予備校が幅をきかせ、高い授業料を払える家庭の子供たちが圧倒的に有利な立場に立っている。
その意味で今作は、“2021年度新受験戦争”という今と向き合うドラマなら、AO入試に触れるべきだった。
もちろん原作がないので、ドラマは作れないという言い分はあるだろう。
それでも時代の先端を切り拓くTBS日曜劇場なら、今回は間に合わなかったとしても、第3弾で大学入試改革をきちんと入れ込んで欲しい。
「社会で必要とされる力が変わってきた」という時代の変化に正対し、ドラマの力でぜひ多くの視聴者の目を開かせて欲しい。
「バカとブスこそ東大へ行け!」
正直に言えば、このキャッチフレーズは既に時代錯誤で、現代では下品極まりない。
次世代を切り拓くメディアとして、TBSにはぜひ真に革新的で説得力のあるメッセージで第3弾を作ってもらいたい。
例えば「問題解決能力こそ、IT・デジタル時代の最終兵器」。
おっとこれではドラマにならないか・・・残念!
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