産学官連携も開始「小金井スタイル」でGIGA牽引 | 東洋経済education×ICT – 東洋経済オンライン

花のつくりとはたらき

1999年に日本で初めて電子白板を導入、全国に先駆けICT教育やプログラミング教育を行うなど、先進的な取り組みを行う自治体として知られる東京・小金井市。市のICT教育をつかさどる大熊雅士教育長は、教育者としての長年のキャリアに加え不登校支援などにも関わり、子どもたちに深い愛情を注いできた。GIGAスクール構想では「小金井スタイル」をうたい、先行き不透明で予測困難な時代でも子どもたちが自分らしく生きていく力を育てるため、独自の着眼点で教員・保護者を導く。2021年4月には、東京学芸大学、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)と連携し、産学官の三位一体による新たな取り組みをスタート。そんな「小金井スタイル」の全貌に迫る。

ICTを活用して、どのような教育を目指していくのか

自ら動き、自ら発信する教育長だ。日本のICT教育は海外と比べ“周回遅れ”であることに早くから危機感を抱き、2015年度から「子どもたちが1人1台のICT端末を使用できる環境」を目標に小金井市立前原小学校、小金井市立南中学校をICT教育研究校に指定。検証を重ねながら、ICT端末や通信インフラの導入、整備に取り組んできた。

19年度には、Chromebookの導入を決め、各学校に配備を行った。20年9月には、市内の全児童・生徒7500人に配置を完了。12月には市内の小・中学校(小学校9校、中学校5校)に、各クラスで同時に動画を利用できる通信インフラを整えた。

配置準備真っただ中の20年2月、新型コロナウイルスによる突然の休校で学校と家庭が一時期分断されたが、教育長自ら市内の全校を回り、教育委員会と校長(学校)間でZoomによる情報共有ができる体制をいち早く整え、不安を抱える保護者に向け休校中の指針などについて動画配信した。学校再開後も、各校、保護者と密に連携を取りながら、小金井市のICT教育を牽引する。

「GIGAスクール構想を進めるうえでいちばん大切なのは、ICTの環境整備を大前提に、教育委員会が『ICTを活用してどのような教育を目指していくのか』のビジョンを描き、学校、保護者、地域に発信していくことです」と、大熊雅士教育長。市民に向け、対面とオンラインを併用したハイブリッドスタイルで「小金井GIGAスクール構想説明会」の開催、小金井市のHP上で「小金井市GIGAスクール構想の推進」のページを設け、ICT教育推進プラン、教員研修の様子を随時更新するなど積極的に発信し、情報共有に努める。

大熊 雅士(おおくま・まさし)


小金井市教育委員会教育長

公立小学校教諭から区・市の指導主事を経験し、東京都教職員センター統括指導主事になる。その後、東京学芸大学附属世田谷小学校教諭・東京学芸大学教職大学院特命教授、カウンセリング研修センター学舎ブレイブ室長を経て、2018年4月より現職。また東日本大震災で被災した子どもたちとのキャンプ活動などにも取り組む

子どもの“認知特性”に応じた個別最適化学習

大熊教育長が掲げる小金井市のICT教育のキーワードは「Agency(エージェンシー)の育成」。

「Agencyとは、答えのない問いでも他者と協働して主体的に問題解決できる力を意味します。VUCA(ブーカ)やSociety5.0など、次代を担う子どもたちには、先行き不透明で予測困難な世界が待ち構えています。子どもたちが、この時代をたくましく生き抜くために必要な力が、Agencyなのです」

ICT教育で、どのようにAgencyを育成していくのか。教育長が「小金井スタイル」と掲げる特徴的な概念が、2つある。1つ目は、「子どもの“認知特性”に応じた個別最適化学習」だ。

「ICTを活用することで、一人ひとりの習熟度に合わせた個別最適化学習が可能になることはよく知られていますが、小金井市では、習熟度の程度に加え認知特性に応じた個別最適化学習を目指しています。物事を認知(理解)するとき、写真や映像など『視覚優位』で解釈する子、文字や文章を読み取り『言語優位』で解釈する子、文字や文章を音として情報処理し『聴覚優位』で解釈する子など、その特性は子どもによってさまざまです。

例えば、授業でナスカの地上絵で有名なハチドリの絵を紹介する際、教員が『ハチドリの絵の全長は96mです』と説明するだけでなく、ICTの画面上に、ハチドリの絵と自分たちの学校の航空写真を利用し96mの長さがわかるビジュアルを並べて示す。これにより、言語優位の子も視覚優位の子もそれぞれの認知特性に応じて『96m』を理解し、『じゃあ、ナスカのペリカンの絵はどのくらいなんだろう。調べてみようよ』など、周りの友達と学びを深めていくことができます。このような、認知特性に違いがあることを踏まえた授業、その子の認知特性に即した教材や学習方法のサポートにより、深い知識の習得と、その子らしいひらめきを導くことを目指します」

一方、長年不登校支援にも関わってきた大熊教育長。「特別な支援を必要とする子どもたちには、『視覚優位』タイプが多い傾向にあります」という。

「彼らは文字を読んだり話を聞いたりが苦手なことが多いのですが、映像を見るだけで、目で完璧に理解する。不登校支援に関わっていたとき、彼らの認知特性を生かしたICT教育を実践した結果、ある子はシステムエンジニアに、ある子は世界トップ100のゲーマーを経てカメラマンになりました。学校には通えませんでしたが自分の特技と結び付いた職業と出合い、社会で活躍しています。認知特性に応じた個別最適化学習は、特別な支援を必要とする子どもたちにも、新しい学びのスタイルを提供できるのです」

学習を効率化し「創造する時間」を

2つ目は、「学習の効率化による探究活動や創造する時間の創出、協働学習の充実」だ。

「ICT活用により、従来の授業で行われていたプリント配布の時間、順番を待つ時間、板書の時間などを省くことができます。5年生理科の『メダカの誕生』の授業を例に取ると、従来は、教員が、メダカの卵が成長し10日目にふ化するまでの過程を説明、板書しながら一方的に教え、子どもたちに観察記録を書かせ、それをまとめて終了というスタイルでした。

学習指導要領的にはこれでもよいのですが、教員の説明や板書の時間を、数分の長さでわかりやすくまとめられた動画教材を視聴する時間に充てるだけで、授業時間に余裕が生まれ、子どもたちの理解が深まります。

動画を視聴した後、『すべての卵はメダカと同じようにふ化するのか』と問いかけると、子どもたちは自らさまざまな生き物のふ化する日数を調べ、メダカと比較することによって知識の定着を図ることができます。このように関わることで、『動画では10日でふ化すると言っていたけれど、私の卵は12日かかった。なぜだろう』などと、自ら問いを持てるようになる。このような授業の積み重ねが、Agencyの育成につながると考えています」

ICTによって「子どもの“認知特性”に応じた個別最適化学習」と「学習の効率化による探究活動や創造する時間の創出、協働学習の充実」を実現させAgencyの育成を目指す

東京学芸大学、NTT Comとの産学官連携を実現

子どもたちのAgencyの育成を実現させるためには、教員一人ひとりがICTスキルを向上させ、小金井市が目指すICT教育の本質を理解し実践していくことが必要となる。

この課題を解決するため、小金井市は東京学芸大学、NTT Comとの産学官連携を実現し、21年4月20日、「GIGAスクール構想による個別最適化された深い学び等の実現に関する連携協定」を締結したことを発表した。小金井市と、教員養成大学として教科教育に強みを持つ東京学芸大学、学校向けクラウドプラットフォーム「まなびポケット」を提供し教育のICT化に強みを持つNTT Comが連携し、「小金井スタイル」を底上げしていく。

「NTT Comとの連携においては、全教員向けのオンライン学習会を月に2回開催し、ICTの利活用をサポート。個別の相談時間も設けることにより、教員一人ひとりの疑問に答える体制を整えていきます。東京学芸大学との連携においては、大学講師に市内の小・中学校のICT授業を参観してもらい、教員がICT活用に重点を置くあまり、教科の本質から離れた指導を行っている場合には適宜助言、サポートをお願いしています。また、東京学芸大学の学生に、市内の小・中学校に足を運んでもらうようにしました。ICT教育の現場を間近で見ることができ、自身の将来をイメージしやすくなるのではないでしょうか。

さらに、小金井市では『まなびポケット』上で児童・生徒が多種多様な学習コンテンツを利用できるようになる定額制コンテンツサービス『まなホーダイ』を導入しました。今年度1年かけてさまざまなコンテンツを試し、次年度以降につなげていきたいと思います」

市内各校のICT教育優良事例は、「小金井モデル」としてNTT Comの専用HP上で全国に発信し、ノウハウをほかの自治体にも共有していくという。授業に加え学校運営全般のICT活用にも取り組むことで、教職員の働き方改革に寄与していく。

さらに動き、さらに発信を続ける大熊教育長が関心を寄せるのが、ICTを活用した不登校の未然防止だ。「子どもたちが、体と心の健康状態を日々デジタルで入力、保存し、その子の学習状況や成績の変化と併せて見ていくことで、教員や周りの大人がより早い段階で“つまずき”に気づけるのではないか。個人情報管理の観点から今すぐにはできないけれども、今後はこのような取り組みも必要であろうと考えています」

「小金井スタイル」の源には、子どもたちへの深い愛情と情熱があふれている。

(文:長島ともこ、撮影:今井康一)

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