人口2万人の街で10万冊の書店が成り立つ理由―北海道の留萌ブックセンター(下) – Nippon.com

花のつくりとはたらき

人口減と出版不況。ふたつの「負」を打ち返すように10年続いてきた北海道留萌市の留萌ブックセンター。売り上げが予算を割ったことはない。地域の人と書店員の思いを重ね合って続いてきた10年の物語。

 東京・神保町にある三省堂書店本店を訪ねたのは、留萌から戻った翌月、5月半ばの朝だった。留萌市で誘致活動が起こった当時の札幌店長に話を聞くためだ。その人は、応接室に資料の積み上がった書類箱を抱えるようにして現れた。常務取締役の横内正広さんだ。

 横内さんは留萌の人たちの熱意が三省堂書店の役員会議を動かした経緯を、時折資料を示しながら詳細に振り返った。90分の取材が終わりにさしかかった頃、その横内さんが思いがけない言葉を口にした。

「あれはほんとうに予想外でした」

 横内さんは、腕組みをしてもう一度、同じ言葉を繰り返した。

「確かに私は開店時に言いました。2、3年経って、もし赤字になったら撤退することもあり得るんだと。そこは勘違いしてほしくないと釘を刺しておくような気持ちでした。でも、まさか……」

 横内さんは「参った」と言いたげな顔をした。



留萌ブックセンターの外観

 横内さんが感嘆したのは、三省堂書店を誘致した人たちが10年経った今も応援活動を継続していることだった。

 留萌市で「三省堂書店を留萌に呼び隊」が発足した経緯は上編に記した通りだ。

留萌ブックセンターが開店した2011年7月、「呼び隊」は「応援し隊」へと名前を変え、運営をサポートしてきた。たとえば、毎月の作戦会議。すでに125回を数えた。応援し隊の中心メンバーと、店長の今拓巳さん、そして留萌振興局の職員が参加する。会議では、今店長の困りごとを共有し、潤滑に運営できるように協力する。1年目は人手不足を補うために、届いた雑誌を紐で縛る作業を応援し隊がボランティアで手伝った。

 数年目に始まった「こどもたちによるこどものためのおはなし会」は小学生を中心に子どもが子どもにお話を読む会なのだが、最後の締めの紙芝居は応援し隊の大人たちが熱演する。毎月第4日曜日の午後2時から行われる。第2火曜午後18時半からは「大人の朗読会」だ。

 今も代表を務める武良千春さんは、活動が続いたのは楽しいからに尽きると話す。当初のメンバーの中には、家族の介護や転勤などで活動から離れた人もいる一方で、4 年前には新しい隊員が加わった。



「おはなし会」のお知らせ

市民と書店の「協業」関係

 毎月15日は年金受給のために中心街に出かけてくる高齢者に向けて出張販売を行う。留萌市と民間が共同運営する「留萌プラザ」が出張販売の会場だ。

 応援し隊隊員の半澤豊秀さんが午前10時から午後2時まで切り盛りする。

「これは本屋大賞を受賞した作品です」

「この小説は留萌本線を舞台にしたミステリーです」

 覗きにきた人に半澤さんが短く言葉を添える。ひと通り本を眺めたあと、70代と思しき女性が時代小説を購入した。

「あの方は毎月ここに買いに来られるんですよ」

 後ろ姿を見送りながら、半澤さんが話した。

「留萌ブックセンターは郊外にありますので車を運転しないご老人には便利とは言えません。ここはバス停と隣り合っていますから、自分で来ることができます」



応援し隊が専用に購入した台車



出張販売の荷積み

 出張販売の売り上げは決して多くはないが、出張販売を取りやめたら本との接点を失う人たちがいる。経営と公共性の板挟みになりかねないところを応援し隊が支えている。半澤さんは元中学校長だ。4年前にリタイアしたとき、ぜひという気持ちで応援し隊に加わった。そこには今さんに寄せる信頼があった。

 半澤さんが留萌市郊外の中学で担任を持っていた頃のことだった。理科の授業で塩酸を使う実験を翌日に控えた部活終了後、理科室に塩酸がないことに気づき、困り果てた半澤さんは、今さんに相談の電話をかけた。半澤さんの勤める中学は今さんの外商先のひとつで、半澤さんは個人的にも本を注文する関係だった。今さんは留萌市内の小中高を訪ね回り、ついに夜9時過ぎに塩酸を確保し、半澤さんに届けた。このことが半澤さんは忘れられない。

 その後、今さんが留萌ブックセンターの店長となり、頑張っている様子を風の便りに聞くにつけ、いつか自分も支える側に加わりたいと思い続けてきた。

「こんな時代だもの。本屋の経営はほんとうに大変だと思う。でも、ものすごく頑張ってるでしょう?あの人は典型的な浜の子ですよ」

 半澤さんによると、同じ北海道育ちでも、海のそばで育った浜の子どもはあっさりとしているが気性が激しく、情が深い。山の方で育った山の子どもは割に静かで根気強い。今さんの本を売る強い思いに、浜の子らしさを感じるという。



応援し隊オリジナルエプロンをつけた半澤さん

図書館が書店を応援する

 留萌管内における三省堂書店の会員数はこの10年で17000人になった。

 夕方の店内は仕事帰りに立ち寄る人たちで賑わう。

 若い母親が小学生と保育園に通うくらいの子どもを連れてやってきた。人気のキャラクター「すみっコぐらし」の棚の前から動かない子どもたちをせかしながら、母親がレジに向かった。渋々と従った子どもたちにレジの中から書店員が「はい、これ、どうぞ」と景品の駄菓子を差し出し、二人がはにかみながら受け取った。

 市立留萌図書館と留萌ブックセンターでは子どものためのスタンプカードを連携して行っている。子どもたちはどちらかに行けばスタンプを押してもらえる。10個たまるとお楽しみのグッズがもらえる仕組みだ。

 本屋は楽しい場所だと子どもたちに思ってもらうための工夫である。



出張販売風景

 本のある空間が地域の人たちにとって身近であるかどうかは、実は三省堂書店の出店判断にも影響する。そう話してくれたのは、同社常務取締役の横内さんだ。横内さんによると、留萌出店後、三省堂書店は書店のない地域から誘致の問い合わせを幾度となく受けた。中には留萌より人口の多い地域もあったが、出店を見送っている。その理由は、地域の人たちと書店の距離感にあった。すでに本屋がない状態に地域の人たちが慣れていて、本がほしいとなったら車で30分ぐらいかけて隣町の大型書店に出かけて行くことが当たり前になっているような地域では、出店してもうまくいかないというのだ。

 三省堂書店を動かしたのは、留萌の人たちの「本屋への渇望」だった。留萌に三省堂書店を呼びたいと願った人たちにとって、町に本屋が存在し続けられるかどうかは自分たちの問題でもある。だから応援し隊の活動はおしまいにならない。

 市立留萌図書館の館長・伊端隆康さんは、「図書館長がどうして本屋を応援するの?」と聞かれることがある。

「図書館と書店の役割は違うし、町に本屋はあってほしい。他にも書店があるのであれば利益供与になってしまうけれど、一つしかない本屋を応援するのは当たり前」

 伊端さんはそう言って笑った。



平積みにされた本屋大賞受賞作

 滞在中の4月14日、「本屋大賞」が発表された。受賞を見計らうように、受賞を告知する帯の巻かれた受賞作が入り口から一番近い陳列台に積み上げられた。人口2万人の街で、東京と同じ日に話題の受賞作を手にとって眺めることができる。今さんは満足そうだ。「やっぱりねえ、文学賞でも本屋大賞でも、賞を獲った本を並べると、店が華やかになるんだよねえ」

 棚づくりはトライ・アンド・エラーを繰り返す。コロナ禍、外で飲む機会が奪われたこの時期だからと企画した居酒屋関連のフェアは手応えがあった。春には農業フェアやお弁当や手芸のフェア、夏にはアウトドア関連など、季節の企画は2ヶ月ごとに新しくする。



園芸フェアの棚

 本棚にはたきをかけながら客を待つような商売はしたくない。常に棚を触っていれば埃がたまることはないと、今さんが少ない言葉に思いを込めた。

「企画がうまくいったら、ああ、よかったと思う。うまくいかなかったときは、トライしたことをよかったと認めて、結果を引きずらない。前へ前へと頑張るのみ」

 控えめながらきっぱりとした口調に激しさがのぞいた。

父の本への愛情に驚く

 書店に注文の電話がかかってきた。札幌の病院に入院した常連客が、本を送ってほしいという。オンラインショッピングで買える本を地元の本屋に頼むのは、顔が見える関係に安らぎを得ているからだろう。

 スタッフの電話の受け答えは少しゆっくりしたテンポでハキハキと親切だ。聞けば、三省堂書店の電話応対マニュアルに沿ってトレーニングを受けているが、なんとなく、それぞれの個性が現れるやり方に収まるという。マニュアルからはみ出すあたたかさも含め、留萌の人たちに喜ばれるやり方を探りながら10年が経った。



本の取り寄せ対応の案内

 アルバイト社員リーダーの平田静香さんは今さんの前職の書店の同僚だ。留萌ブックセンターの開店時から働いている。今さんとの付き合いは16年になる。他に2人、勤務歴8年のベテランスタッフがいる。澤口ひろみさんは趣味で描く絵の腕を生かして、フェアの告知や店に飾るポスターなどを引き受ける。声優のようなチャーミングな声の宮田志津さんは、大人の朗読会の中心メンバーだ。朗読会は地元のラジオ局「エフエムもえる」でも枠を持つ。毎朝1時間、荷開けを手伝いにくる東條小百合さんは縁の下の力持ちだ。今さんの妻・美穂子さんが総務を預かる。

 5年前から、札幌で働いていた息子の今真人さんがアルバイト社員に加わった。はじめは父の仕事を見て覚えるのに精いっぱいだったが、最近は自分でも企画を立てる。休日には旭川や札幌まで車を走らせ書店巡りをし、他店の棚づくりに学ぶ。

たまの休みには酒を飲んでプロ野球を見ている姿しか父の記憶はなかった。これほど本を売る仕事に賭けていると知ったのは、一緒に働き始めてからだ。

「驚いたのは、父がこんなに本が好きだったのかということです。父は年齢のこともありますし体調が心配ですので、朝早く出勤する分、午後は長めに休憩をとるようにシフトが組まれています。でも、休憩時間も事務所でずっと本を読んでいます」

 47歳の真人さんにとって、未来が長い分、書店で働く不安も大きいだろう。

「もちろん不安です。留萌の町が10年後どうなっているか、わからないのですから。だからこそ目の前の仕事を頑張りたい。留萌に本屋があってほしいと心から思っているので」

 10万冊もの本を2万人の人たちのために揃え、手渡す。それが留萌ブックセンターの仕事だ。

 アルバイト社員が得意なことを持ち寄り、地域の人たちの思いと重なり合って進んできた。

 誰よりも働く浜の子の一途な姿が、留萌の人たちを牽引した10年だった。

バナー写真:留萌ブックセンターの今拓巳店⻑と息子の真人さん(手前)(写真は全て筆者撮影)

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