新年度の準備時間が足りない――。教育新聞が行った読者投票では新年度の準備日数について、半数近くの教員が「10日以上必要」と答えた。多くの教員が、現状の4月1日から始業式までの日数では時間が不十分だと認識していると言える。10日以上の準備日数の確保は現実的に難しいかもしれないが、それでも何か工夫の余地はないのか。働き方改革に取り組む教員や自治体などを取材した。
「始業式までに10日以上ほしい」
4月19~26日に教育新聞電子版で行った読者投票では、「あなたは、新年度の準備日数はどれくらい必要だと思いますか?」との問いに、教員ら832人が回答。その内訳は▽3日以下 2.8%▽4日 1.6%▽5日 11.2%▽6日 3.2%▽7日 25.1%▽8日 4.8%▽9日 2.3%▽10日以上 49.0%――と、10日以上が半数近くを占め、7日以上必要という声は7割以上に上った。コメントを見ても、新年度は人事異動の後にさまざまな職員会議や学級開きの準備などに追われ、多くの時間外労働を余儀なくされている現状を訴える意見が多く寄せられた。
実際に、文科省が実施している「教育委員会における働き方改革取り組み状況調査」によると、コロナ禍で一斉休校していた2020年度を除き、4~6月は、月当たりの時間外勤務が45時間を超える割合が小・中・高いずれも5割前後と、1年の中で最も忙しい時期となっている。
働き方改革の実践者も4月は多忙
働き方改革を実践する教員は、新年度の業務をどのように感じているのだろうか。
福井県の公立中学校に勤務する江澤隆輔教諭は、教員の仕事を効率的に行うテクニック(時短術)について取り上げた著書があり、ICTを活用するなどして、働き方改革を実践している。
そんな江澤教諭でも「半径5メートルにある自分の仕事は時短できても、新年度の学校全体に関わる業務の時間は減らせない。定時までの時間のほとんどは会議で占められ、自分の仕事ができるのはその後だ」と、時間外勤務をせざるを得ない状況を打ち明ける。
今年度、江澤教諭が数人の同僚と担当した、新年度すぐの大きな業務は時間割の作成。特定の教科が午後の時間帯に集中しないようにしたり、保健体育は複数クラス合同で組むようにしたり、さらには特別教室の制約なども加味して、無数の組み合わせの中から膨大な条件を満たした最適と思われる案を作成しなければならない。
さらに、中学校の場合は今年度から新学習指導要領が全面実施となり、教科書も新しくなった。このため、教材も作り直す必要があるが、その時間を捻出する余裕はない。そこで江澤教諭は、自身が主宰している教員向けのオンラインサロンで、同じ教科書を使っている教員同士がグループになり、一緒に教材研究をするなどして生産性を上げているという。
「会議資料のペーパーレス化などはすでに取り組んでいて、異動してきた先生に学校のことを知ってもらうためにも、会議や仕事をこれ以上、減らすこともできない」と江澤教諭。
教育新聞で「教師が今すぐ実践できる時短術」を連載した、東京都の公立小学校に勤める庄子寛之教諭が指摘するのは、新年度すぐの事務作業の多さだ。クラスの名簿作りや指導要録の準備から始業式直後の児童個人の写真撮影まで、担任が行っている事務作業は多岐にわたるという。
「これらの業務を担任がやる必要は本当にあるのかと思うこともある。副担任やスクールサポートスタッフがいてくれたら助かるが、小学校では教職員の数も限られている」と庄子教諭。働き方改革を目的にして導入されたはずの校務支援システムも、作業によっては4月に新年度のデータ更新をしなければならない場合も出てくるため、かえって手間に感じることもあるそうだ。
「加えてこの時期は出張も多い。ただでさえクラスがまだまとまっていないのに、担任が抜けなければならないし、そのサポートに入る教員も大変だ。顔合わせが目的ならば、オンラインでもできる。たくさんの書類も、手書きではなく、クラウド上の入力フォームをもっと活用できれば、保護者も助かるはずだ」とICT活用の重要性を強調する。
春休みを延ばすことはできる
こうしたさまざまな仕事に忙殺される年度の切り替わりに関して、制度的な工夫をしている自治体もある。
横浜市では学校運営規則を改正し、今年度から、小学校などの始業式の日をこれまでの4月4日から6日に変更した。こうすることで、どんな年でも平日を最低4日は確保することができる。新年度の準備に余裕が生まれたと、学校現場からはおおむね好評だそうだ。
同市教委の佐藤悠樹・教育政策推進課担当課長は「特に今年は土日が挟まり、GIGAスクール構想への対応などもあり、学校現場の負担は大きかった。今後も同じような事態が起こることを踏まえれば、特例的な措置ではなく、規則を変えた方がいいと考えた。特に初任者や異動することになった教員に手厚いスタートアップができたと思う」と説明する。
4月の最初は授業が午前中だけで終わることもあり、授業時数への影響も少ないことから、春休みが長くなった分、夏休みを短くするといったことはしていないという。
規則改正に取り組んだ教育政策推進課の河瀬靖英指導主事は「学校現場にいて、春先の慌ただしさは身に染みて分かっていた。学童保育や幼稚園・保育所を所管する関連部署の理解も得られ、今のところ保護者からのクレームなども届いていない。分刻みだったスケジュールに少しでも余裕ができれば、初任者や若い教員へのサポートにも気を配れるようになる」と手応えを感じていた。
また、年度末のうちにやれることもある。
佐賀県では、以前から3月24日ごろの人事異動発表後、26日ごろに異動となった教員が赴任先の学校に出張し、校長らと顔合わせをする「転入者事前説明会」を行っている。県立高校だけでなく、特別支援学校や市町村が所管する小中学校も対象で、初任者も参加することができる。
説明会そのものは半日程度で、学校についての簡単な説明や事務連絡、顔合わせをするくらいだが、それでも新しい学校の様子や心づもりは分かるため、4月1日の精神的な負担は軽減できそうだ。
人事異動をもっと柔軟に
新年度の教員の業務の在り方にも、まだまだ工夫の余地がありそうだ。
教員の人事制度を研究している兵庫教育大学の川上泰彦教授は「4月1日に正式に辞令を発表することは変えられないとしても、内示を早めに出して、異動する教員の準備時間を十分に確保するなど、柔軟にやれる部分はあるはずだ。4月に時間外勤務が大幅に増える状況は分かっているのだから、3月末から4月初めの業務量をできるだけなだらかにする工夫があってもいい」と話す。
また、川上教授は「行事のやり方や書類の書式などが学校によって違いすぎるため、異動してきた教員は一から覚えないといけなくなることも問題だ。ルールを作って標準化したり、共通のマニュアルにまとめたりしておけば、新しく覚えなければいけない仕事も減るし、引き継ぎもスムーズになる」と提案。都道府県単位など、広域で統一の校務支援システムを整備することで、そうした取り組みが加速するのではないかと予想する。
教員の長時間労働の問題に詳しい明星大学の樋口修資(のぶもと)教授は「学校現場で、新年度の業務のうち、絶対にやらなければいけないことと、やらなくてよいことを精査することが大事だ。学校行事で5月以降にずらせるものもある。文科省にも、全国学力調査を本当に4月下旬にやらなければならないのかなどを、考えてもらいたい」と、現状の業務の棚卸しを呼び掛ける。
その上で、年度末から新年度にかけての準備日数の確保については「仮に4月の始業式を1週間ずらしても、学習指導要領で定めている年間35週の標準授業週数には影響しない。もし授業時数を確保したいのであれば、夏休みをその分短縮すればいい。現行制度でも、時間を確保することは決して無理な話ではない。人事異動も4月1日にこだわらず、もう少し早めたり、内示を早めに出して準備できるようにしたりすべきだ」と指摘。
特に大学を出たばかりの新任教員が、4月のうちに精神的に疲弊し、教職を離れてしまう事態を防ぐためにも、これまでの「当たり前という意識からの脱却」を学校現場や行政に強く求めた。
(藤井孝良)
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