オンラインだけでは解決しない 長期入院中の高校生の学び – 教育新聞

花のつくりとはたらき

小児がんなどで長期入院を余儀なくされる子供たちがいる。そんな子供たちにとって学ぶことは生きる希望だ。しかし、院内学級や病院訪問教育がある小中学生と違い、高校生の場合はそうした学びの保障が十分とは言えない。GIGAスクール構想により、どこにいてもオンライン授業が受けられる環境が整いつつある今、長期入院中の高校生にどんな支援をしていく必要があるのか。関係者に取材した。


どうして高校生には院内学級がないの?

「小児がんの子供たちを支援するNPOをつくるから、定年退職したら手伝ってよ」

そう言い残して高校3年生で亡くなった久保田鈴之介さんの遺志を継ぎ、父親である一男さんらは「難病学生患者を支援する会」を立ち上げた。現在は全国各地で、長期入院中の高校生のサポートや行政への働き掛けを行っている。支援する会の代表は、亡くなった鈴之介さんだ。

高校生になって、再び小児がんで入院することになった鈴之介さんは、住まいのある大阪市にメールを送り、入院中の高校生のために院内学級の設置を要望した。その思いが当時の橋下徹市長に届き、当時はまだ珍しかった長期入院中の高校生に非常勤講師を派遣する制度が設けられた。

しかし、全国に目を移せば、入院中の高校生の学びを保障している自治体は限られている。一男さんたちはそうした制度をつくるよう行政に呼び掛け続けているが、「対象となる生徒が県内に1人しかいないから」などの理由で、二の足を踏むところも少なくないという。

文科省が2018年度に実施した「病気療養児に関する調査」では、高校生の病気療養児は全国で1692人に上り、そのうち転校や退学となった生徒は329人。病気療養児に学習指導や学習支援、相談などを行わなかった理由を見ると、高校は「本人・保護者等からの申し出があったため」の割合が他の校種と比べて最も低く、「学校・行政における支援体制が整わなかったため」が最も高い。

病気療養児に対して学習指導や学習支援、相談などの支援を行わなかった理由(文科省2018年度「病気療養児に関する調査」より)

一男さんは「1人だけしかいないというのは、支援の手が届く前に高校をやめたり、休学したりしてしまったケースがカウントされていないからではないか。この問題に思いのある人がいても、行政はなかなか動いてくれない。やはりしっかりと制度化して、国公私立どの高校に在籍していても、いつでも学習支援を受けられるようにしてくれないと意味がない」と話す。

勉強の不安を取り除くだけでも違う

現在、大学3年生の立入健太朗さんは、9歳で小児がんと診断され、鈴之介さんと同じ病室で過ごしたこともある。立入さんは15歳のころに骨肉腫となり、右足に人工関節を取り付ける手術を行った。当時通っていたのが私立の中高一貫校だったため、高校へは内部進学できたが、高校1年生の秋、人工関節が折れ、再手術で1カ月入院することになった。

医師の仕事に憧れていた立入さんにとって、入院による勉強の遅れはプレッシャーとなった。学校からは時折プリントが届く程度。授業を録画して病室で見られないかと学校に交渉したが、「他の生徒の肖像権があるから」という理由で断られてしまったという。

「高校の学習内容は難しく、教科書を読むだけでは理解できないこともあって、どんどん離されてしまうと思うと気持ちが落ち込んだ。学校の先生からは『退院してから頑張ればいい』と言われたが、それでは遅い。治療しながらでも勉強したかった」と立入さんは振り返る。


結局、医学部に合格することはできず、浪人して入った大学で今、立入さんは理学療法士の勉強をしている。「小児病棟にいたころに出会ったような子供たちのために、理学療法に関わりたい。でも、まだ医者への思いも消えていない。社会に出てからもう一度、医学部に挑戦したい」と立入さんは力を込める。

通信制高校2年生の奥野七夢(なつむ)さんは、野球で高校への推薦が決まっていた中学3年生の冬、高熱が続いたことをきっかけに血液検査を受けると、白血病であることが分かった。すぐに入院となり、中学校の卒業式や高校の入学式には出られないまま、骨髄移植の手術を受けることになった。

その後、一度は退院して高校に行けるようになったものの、病気が再発し、2年続けて留年を余儀なくされることになった。そんなあるとき、奥野さんは自分のペースで好きなことを学べる通信制高校に魅力を感じ、通っていた高校をやめて、通信制高校に入学し直すことにした。今はアルバイトや野球のトレーニングをしながら、週に3日、そこに通っている。

「通信制高校なら入院していても単位を取りやすいけど、全日制では留年してしまうことも多い。入院していた他の高校生も留年はすごく嫌がっていた。ただでさえ病気の不安が大きいのだから、勉強の不安が取り除かれるだけでもかなり違うと思う。いつか自分も、そういう子供たちの支援をしていきたい」と奥入さん。将来はプロ野球選手を目指しつつ、通信制高校で興味を持った海外留学や起業も視野に入れているという。

オンライン授業への期待

長期入院中の高校生の学びの保障に向けた環境整備は、少しずつだが進みつつある。

埼玉県立小児医療センターでは、併設する県立けやき特別支援学校の協力の下、2015年から高校生の学習支援をスタートさせた。18年度からは県が入院中の高校生の学習支援を制度化し、同センターに1カ月以上入院する高校生が学習支援を希望する場合に、在籍校(原籍校)と協力して教員を派遣している。

入院中の高校生に派遣されてくる教員は、けやき特別支援学校に常駐し、県立高校の場合は原籍校の非常勤講師扱いで、国語、数学、英語、理科、地理歴史・公民の各教科を週に5時間ほど教える。入院中に受けた学習支援の指導日数は出席日数としてカウントされ、学習成果は取得単位としても認められる。


同センター血液・腫瘍科に勤務する森麻希子医師は「教員が直接指導でき、授業が単位として認められることがこの制度のメリット。原籍校と特別支援学校や病院の医師、当事者をつなぐコーディネーターの役割がキーになる」と話す。


この他に、神奈川県でも講師派遣と遠隔授業によるハイブリッドの入院時学習支援が始まるなど、全国各地で地域の実情に応じた取り組みが徐々に広がっている。

また、オンラインによる学習支援を後押しする制度的枠組みも整えられつつある。

高校段階の病気療養中の生徒に対する遠隔授業の要件緩和(文科省提供)

文科省は19年6月、高校段階での病気療養中の生徒に対する遠隔教育の要件を緩和した。それまで、遠隔授業を実施する場合は受信側に教員を配置しなければならず、取得できる単位数にも上限が設けられていたが、緊急時に適切な対応が行える体制を整えることなどを条件として、これらの制限が撤廃された。

さらに、文科省では今年度予算で、高校段階の病気療養中の生徒を対象に、ICTを活用した遠隔教育の調査研究事業を新たに計上し、好事例を横展開していく方針だ。

コロナ禍を契機に注目されるようになったオンライン授業だが、病気療養児への活用は、かなり早くから試みられてきた。

2台のカメラで学習者や教師の顔と手元を同時に映せるオンライン学習システム「エイドネット」を独自開発し、オンライン家庭教師の事業を手掛けているキャニオン・マインドでは、2017年から長期入院中の子供に家庭教師が個別指導を提供する「オンライン院内学級KAYOUプロジェクト」に取り組んでいる。

運営費は寄付で賄っており、生徒の費用的な負担は基本的にない。家庭教師はエイドネットに登録している講師で、このプロジェクトに賛同した人の中から、生徒との相性や希望を踏まえてマッチングしているという。

同社取締役の西岡真由美さんは「院内学級は緩やかな学校とのつなぎにはなるが、受験や定期テストの対策までは難しい。一方、このプロジェクトの学びを活用すれば、退院して学校に通えるようになったときに、学習が遅れないようにできる。学校とうまく連携が取れれば、学習内容を進級や単位に加味することを検討してもらえることもある」と話す。

「まずは病気を治して」は、子供を孤独にさせる

しかし、遠隔授業の環境が整いさえすれば、長期入院中の高校生の学びが全て保障されるわけではない。

オンラインで家庭教師から学習指導を受ける入院中の子供(KAYOUプロジェクト提供)

院内学級での学びについて研究している谷口明子東洋大学教授は「生徒にとって、自分のことを分かってくれて、そばで支えてくれる先生の存在は重要だ。それはオンライン環境がいくら整っても代えがたい。特に高校生の場合は、進路をはじめ、勉強以外のさまざまな悩みを抱えているからなおさらだ」と話し、生徒がじかに教員と話せる寄り添い型の支援の重要性を指摘する。

また、谷口教授は、多くの保護者や高校生にとって、突然の入院は分からないことだらけで、学習面について原籍校や教育委員会にどのように相談すればいいか分からないことが多いとし、「全国の長期入院中の高校生の学びの保障に関するさまざまな事例にアクセスできる仕組みがあれば、仮に原籍校が支援に難色を示した場合でも、説得材料や対応策が見つかり、支援を求めやすくなる」と提案する。

病弱教育の現場経験が長い東京都立王子特別支援学校のアントニスきよみ教諭は、高校生が長期の入院で留年や退学にならないようにするためには、原籍校の理解が欠かせないと強調。「『同級生と一緒に卒業したい』という生徒の思いを大切にすることで、退院後の未来も見えてきて前向きになれる。原籍校のサポートは絶対に必要だ。単位の認定や学習支援など、どうすれば生徒の力になれるかを考えてほしい」と呼び掛ける。

また、退院して学校に通えるようになった後も、例えば生徒の「特別扱いされたくない」などの気持ちを尊重し、体力やメンタル面での配慮をしながら、本人の希望に沿った支援を考えていく必要があるとアドバイスする。

多くの教員にとって、病気などで長期間入院せざるを得なくなる子供を受け持つ経験はあまりない。だからこそ、そうした場合に教員・学校として、何ができるのかを想像しておくことが求められる。

アントニス教諭は「『まずは病気を治して』と言うのは、子供を孤独にさせてしまう。病気があっても子供は学びたい、社会とつながりたいと思っている。長期入院した子供を受け持った経験がある教員は少ないと思うが、病気と闘っている子供の現状や支援について、普段から関心を持ってもらえたら」と話す。


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