首都圏の中学入試は、新型コロナに伴う追加入試を除けばほぼ終了した。今年はコロナ禍にもかかわらず、トンデモ倍率となった学校や、出願者全員が受験し合格者全員が入学手続きをした学校など、いくつものサプライズが見られた。安田教育研究所代表の安田理氏が、偏差値からは測れない2021年中学入試の話題校を振り返る。
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「倍率115倍」──。実際の入学試験でこんな倍率になるなんて信じられないと思われるでしょうが、これは今年、広尾学園小石川中学校の2月4日の第5回入試の本科コースで起こった現象です。
名目倍率115倍、実質倍率19倍のワケ
広尾学園小石川といってもご存じない方がほとんどだと思います。以前あった村田女子という学校が、共学校として再開したもので、実質的には新設校です。校名から分かる通り、人気校である広尾学園の姉妹校としてスタートしました。
広尾学園と同様な教育が受けられるとして、初年度にもかかわらず総出願者数(すべての入試回の出願者数の合計)は3210名にも達しました。
総募集人員は90名という小規模にもかかわらず6回も入試を行うというスタイルを採ったものですから、2月4日の第5回入試の本科(一般的なコース)の募集人員はわずか5名でした。そこへ578名が出願したので、名目倍率(出願者数÷募集人員=115倍)となったわけです。
ただ、後半入試(東京の場合は2月1日から入試がスタート)だったため、それまでに合格していた受験生は受験せず、実際に受けに来たのは265名でした。これでも2月4日の受験者数としては極めて多い数です。
一方、合格発表数も、中学入試では何校も併願するので他校に抜けることを見越して多く発表します。この入試では14名発表しました。その結果、実質倍率(受験者数÷合格発表数)は19倍となりました。
このように名目倍率と実質倍率とではこんなにも開きがあるのです。とはいえ、19人に1人しか受からないのです。今年の入試ではこんな“非情な”現象も見られたのです。
日本一入試が多い学校の「プレゼン入試」とは
中学入試というと、主として2科(国語・算数)か4科(2科に加え理科・社会)で筆記試験が行われることはご承知だと思います。近年はそれに加えて英語1教科入試、算数1教科入試のほか教科型でない入試も増えています。
それにしても驚くのは、1校で10種類もの入試を行った学校があったことです。それは宝仙学園中学校共学部理数インターです。この学校は「日本一入試の種類が多い」と自負しています。どんなものがあるのか以下に挙げてみましょう。
「2科・4科型」「公立一貫型(適性検査)」「プレゼン型(リベラルアーツ入試)」「プレゼン型(AAA<世界標準>入試)」「プレゼン型(グローバル入試)」「アクティブラーニング型(入試『理数インター』)」「英語AL入試」「読書プレゼン入試」「オピニオン入試」。これに帰国生入試を加えて10種類の入試スタイルになります。
どんな入試なのか中身を想像できないものが多いのですが、例えば2019年に私が実際に見学した「プレゼン型(AAA<世界標準>入試)」はこんな具合でした。
AAAとはトリプルAで、アーティスト、アスリート、自分の得意なことを表します。受験者は男子2名、女子1名。小6なのに全員がノートパソコンを持ち込んでプレゼンしました。
女子は幼いころからチアリーディングをやっていて、小4では全国大会2位という成績。優勝チームと2位に終わった自分たちのチームとの違いについて発表していました。
男子の1人はモトクロスのユニフォームでさっそうと登場。「僕はBMXのライダーです」と自己紹介。日本代表として5回も世界選手権に出ているそうです。男子のもう1人はファーストレゴリーグの国際大会出場経験者。帽子には10個以上のバッチが付いていて、「いろんな国の子と友だちになりました。その証拠としてのバッチです」とアピールしていました。
実際に観ていて、こうした子どもたちを学校に入れれば、クラスが活性化するのではないか、他の生徒にエネルギーを与えてくれるのではないかと、そんなことを思った記憶があります。
このプレゼン型(AAA<世界標準>入試)が2019年から、読書プレゼン入試が2020年から、オピニオン入試が2021年から加わりました。つまり毎年のように1つずつ増やしているのです。
入試を行うということは、作問、検査、採点と大変な手間がかかります。そしてものすごく神経を使います。ですから普通の学校では教員の反対でできません。入試によっては受験生が2名しかいなかったものもありますから、時間的にも労力的にもものすごく効率が悪いものです。
しかし、この学校の姿勢は、塾に長期間通って平均的な学力をつけた子より、入学後に伸びそうな何か一つ光るものがある子を入れたいという点にあります。少し大げさに言えば、日本の従来の教育が均質的な人材養成であったことへのアンチテーゼとも言えます。
現在の中学入試のシーンにはこうしたインパクトのあるスタイルも登場しているのです。
出願者全員が受験、合格者全員が入学手続きの「奇跡」
高校などの推薦入試(中学入試でも千葉には推薦入試が存在)では、出願者全員が受験、合格者全員が入学手続きということはごく普通にあります。が、一般入試では長いこと中学入試にかかわる仕事をしてきた私にも経験がないことでした。
参考までに受験率(出願者のうち何人が受験したか)とはどのくらいのものなのか、例を4つ挙げましょう。いずれも男子校・女子校の難関校です。
【開成】出願1243名/受験1051名/受験率84.6%
【麻布】出願881名/受験844名/受験率95.8%
【桜蔭】出願581名/受験561名/受験率96.6%
【女子学院】出願723名/受験664名/受験率91.8%
開成は例年、関西や九州からも志望するケースが多く、出願はしたけれども受験には来なかった受験生もいるため下がりますが、こうした誰もが憧れる学校でも100%にはならないものなのです。
それが2021年の入試では100%の学校が出現したのです。明星学園中学校です。第1回の2月1日午前のA入試。出願者115名が1人の欠席者もなく全員が受験、さらに合格者を64名発表したところ、全員が入学手続きをしたのです。まさに「奇跡」がダブルで起こりました。
明星学園といってもご存じない方が多いかもしれません。大正デモクラシーの時代に「自由」「個性」を尊重する教育思想の基で誕生した学校です。それだけに、一般の学校が主要教科の学習に力を入れているのに対して、芸術教科・総合探究科を大切にしています。
昨年末亡くなった絵本作家の安野光雅さんが教員をしていたこと、YOASOBIのボーカルikuraさんが卒業生であることでも雰囲気が分かるかと思います。そのほかにも、特別授業『この人に会いたい』などユニークなものがたくさんあり、これは私の感想ですが、「この学校を卒業したら、人生が豊かになるだろうな」と、そんな感じがする学校です。
今回、ダブルの「奇跡」と同時に、このようなタイプの学校が出願者を増やしたことに、新しい学校選択の脈動も感じました。
これ何科の問題!? 麻布の入試問題
次は入試問題での珍しいケースをお届けしましょう。私立御三家の麻布中学校は毎年ユニークな出題をすることで知られています。今回は思考力を問う難問や長文の自由記述といった問題ではなく、皆さんがすぐできる問題の紹介です。
次の問題をAとします。
設問:下線部(1)について、最後の氷期に日本列島にわたっていた人々による文化として最も適当なものを次のア~エから選び、記号で答えなさい。
ア 仏教 イ 土器 ウ 鉄砲 エ 通貨
もう1つをBとします。
設問:下線部(1)について、このことがらに関係が深いことわざとして最も適当なものを次のア~キから選び、記号で答えなさい。
ア 急がば回れ イ 馬の耳に念仏 ウ のれんに腕押し エ 覆水盆に返らず オ 仏の顔も三度まで カ 笑う門には福来る キ 犬も歩けば棒に当たる
Aは社会、Bは国語の出題だと思いますよね。この2問とも今年同じ教科で出された問題で、なんと理科です。問題文中の下線部を記してみましょう。
Aの下線部は、〈この氷期の終わりごろに、人々は陸地をつたって大陸から現在の日本列島にわたり、日本列島に広く定住しました〉です。一方Bの下線部は、〈管の中の水に広がったインクは自動的に元の位置に集まって1滴のインクにもどることはありません〉です。
問題文を見れば当然理科なのですが、出題者は敢えて社会や国語の要素を混ぜ込んでいるのです。麻布らしいユーモアのセンスが感じられます。
もっと言えば、これからの時代に必要とされる学際的な人材がなかなか育たないのは、高2で文系・理系に分かれてしまうことにあるという危惧からの出題とも思えるのです。「自分は理系人間だから社会や国語はやらなくていい」という人間にはなって欲しくないというメッセージととれるわけです。
大学にも学際的な学部が設けられるようになっていますし、社会に出れば文系でもITスキルが求められる時代です。中学入試においても、合科型入試、総合入試という特別な入試でなくても、ごく普通の教科試験の出題にも今後融合的なものが増えていくとみています。
いかがだったでしょうか。ネット上では偏差値や大学合格実績での学校比較が盛んに行われていますが、実際にはそうしたことで測れる単線な世界ではなく、もっと個性的な世界であることを知っていただければ幸いです。
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