【特集】専門研究と在外研修で養われる教員の「授業力」…成蹊 – 読売新聞

基本問題

 成蹊中学・高等学校(東京都武蔵野市)には、教職員を対象とした在外研修の制度がある。専門研究の研さんを積むことが、学問の面白さを生徒たちに伝えるための質の高い「授業力」につながるという考えから実施されている。この「授業力」向上のための取り組みについて、跡部(あとべ)(さやか)校長と、在外研修制度を利用した教員たちに聞いた。

リベラルアーツ教育を重視する旧制高校以来の伝統

「授業のレベルを高めるには、教員自身が常に新しいものに触れ、普段から自己研さんを積む必要がある」と話す跡部校長

 「7年制旧制高校の歴史を持つ本校には元々、幅広い教養を身に付けるリベラルアーツ教育を重視し、アカデミックかつ体系的に指導することを大切にしてきた伝統があります。また、建学の精神の一つに『個性の尊重』があるように、『生徒自身が学びたい科目こそが、その生徒にとっての主要科目になる』という考え方が根づいています」と、跡部校長は話す。

 生徒たちに学問本来の持つ面白さに気付かせる「授業力」向上のため、同校には教員が自分の担当教科について独自のテーマで理解を深める「専門研究」をバックアップし、1年間研究に専念する「在外研修」という制度が整えられている。1995年から始まったこの「在外研修」は、国内外の大学や専門の研究施設などを利用して調査や研究を行ったり、各種の講座を受講したりするなど、さまざまな方法で活用することができる。

 「授業のレベルを高めるには、教員自身が常に新しいものに触れ、生徒に伝えるべきことを蓄え、普段から自己研さんを積む必要があります。それは社会の変化が激しい現代においては、特に重要なことであると考えています」

貧血研究で学校生活全体のパフォーマンスを上げる

国語科の濱村先生(左)と保健体育の小山先生

 同校に勤務して13年目となる保健体育科の小山雄三先生は、自らの専門研究を「健康とスポーツのエビデンス」としている。「朝食を取らない貧血気味の生徒が多く、そのことが体育だけでなく他の教科の勉強にも影響を与えていました。貧血を示すヘモグロビン値を測定することで、生徒たちが自分の体の状態を数値で理解し、勉強及び学校生活全体のパフォーマンスを上げてほしかったのです」

 小山先生は、指をかざすだけでヘモグロビン値を測定できる機器を使用し、5年前から東北学院大学や電気通信大学と協力して生徒たちのヘモグロビン値と生活習慣・体力調査を定期的に行うとともに、日本体力医学会などで発表を行ってきた。

小山先生が学外で発表した研究内容

 昨年行った「在外研修」では、筑波大学大学院で子供の発育発達について学ぶと同時に、ファシリテーション(自律的な学びの支援・促進)研究のため、さまざまな教育研究会を訪れ、今年はその成果として、キャリア教育としての探究学習を行っている。

 現在、卒業生が会長を務める大正製薬の力を借り、高1、高2生の希望者を募って、一緒に女性向け栄養ドリンクのパッケージ作成に取り組んでいる。また、困っている人を助けることで社会を変革するためのグループワークも進行しているそうだ。

 「体育の授業では、スポーツのルールを変えることで、競争するだけでなく、皆でより楽しめるようにするという、未来の体育を『共創』する試みも生徒と一緒に行っています。保健体育の分野でも、物事の見方を変え、柔軟に取り組むための力を養っていきたいと考えています」

文学作品やテレビドラマを通して表現力を磨く

 同校勤務16年目となる国語科の濱村愛先生は、10年ほど前から「教科書にない文学作品を授業に取り入れる」ことを専門研究のテーマとし、文学作品を一冊読み通して、それをもとに授業で作文を書くという指導を続けてきた。

 「現在の教育界では、国語の授業で文学の勉強は不要なのではないか、論説文の読み方・書き方だけを学んでいたほうが、社会に出て役に立つのではないかという意見がありますが、私は文学から時代や場所を超えた新しい経験を得て、現代の社会や自分の生活と比較し、『いかに生きるか』を見つめるきっかけにしてほしいと考えています」

 生徒に三浦綾子の小説「氷点」などを読ませ、北海道旭川市にある「三浦綾子記念文学館」の作文賞に応募させるといった活動を続けたのち、昨年、自身も「在外研修」を活用して同文学館で学ぶことになった。

三浦綾子記念文学館で講演を行った濱村先生

 「週に1回、飛行機で旭川を訪れ、文学館が開いている講座を受講すると同時に、地元の愛読者や全国の三浦綾子読書会参加者向けに講演する機会を、何度かいただきました。また、上智大学で近代文学と国語科教育法について学び直しました。三浦綾子には『泥流地帯』という十勝岳噴火時の状況を扱った作品がありますが、それを基に災害時の被災者と支援者の心理心情を理解し、『いかに生きるか』を見つめる授業ができるのではないかと考え、上智大学国文学会で発表しました」

 新型コロナウイルス感染拡大に伴う休校時、同校では授業動画配信と課題提出・添削指導を行っていた。国語の授業とは別に濱村先生が出した道徳の課題は、テレビドラマ『JIN―仁―』を見てその感想をオンラインで提出するというものだった。「自粛生活が続くなか、テレビドラマであれば家族と一緒に見て感想を話す機会も生まれるのではないかと思い、この課題を出しました。国語で求められる『表現力』を養うために、毎日少しずつでも、自分の考えを言葉で表現する習慣を付けてほしいと思っています」

 休校中の各教科の授業動画を、学校のウェブサイトで受験希望者に公開したところ、保護者から「内容が面白い」「自分も受けてみたい」という声が寄せられたという。当時を振り返りつつ、今後の学校のあり方について、跡部校長はこう語った。

 「成蹊の源流である成蹊実務学校の開校直前に、近隣から火の手があがり、新校舎全てを失った創立者・中村(なかむら)春二(はるじ)は、『教えたい者と教わりたい者がいれば、たとえ野原でも教育はできる』と言ったと言われています。コロナによる休校の間に、学校のあり方について改めて考えさせられ、本当に大切なこととは何かが見えてきたように思います。学校は知識と人間力をバランスよく学ぶ場。教員も生徒も皆が小さな失敗や成功を繰り返しながら、互いに切磋琢磨(せっさたくま)して成長していける機会を、これからも大切にしていきたいと考えています」

 (文:足立恵子 写真:中学受験サポート 一部写真提供:成蹊中学・高等学校)

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