河瀬直美監督の最新作、映画「朝が来る」が公開中である。直木賞作家・辻村深月さんの『朝が来る』を映画化した。映画・小説に描かれている特別養子縁組とは? この映画を観てどう感じたのか。思いつくままに、述べてみたい。
筆者は生まれて間もなく母が病死したことから生後半年以降、養子縁組家庭に育っている。6歳の時、健康保険証の記載から養子であると知った。20歳でパスポートを取得する際、養親から生い立ちや生みの親に関する情報などを聞いた。その後、DNA上の肉親と再会し、養親を交えての交流がある。
特別養子縁組は「子どものための制度」
育ての親とその親族は養子の成長を支え、生活に寄り添って日々、見守ってくれる存在である。一方でDNA上の肉親や親戚との交流はそれほど多くない。筆者の場合は生老病死に関わる局面、例えば葬儀などで肉親と再会し、自分の命の根源を確認した。養子にとって肉親との再会・交流は「生まれ」と「育ち」を統合する重要な経験であると思う。
「朝が来る」のテーマとなっている特別養子縁組は子どもの福祉のための制度で、養子となる子の実親(生みの親)との法的な親子関係を解消し、実の子と同じ親子関係を結ぶ。予期せぬ妊娠により生まれた子を養親の実子として出生届を出すことによってあっせんしたと自ら告白した菊田昇医師(宮城県石巻市の産婦人科医)事件などを契機として1987年に成立している。
40代の筆者が養子縁組した当時「特別養子縁組」という制度はなく、「普通養子」として迎えられた。特別養子縁組の養子の戸籍は、子の福祉を積極的に確保する観点から、記載が実親子とほぼ同様の形式である。実母が病死した後、養子縁組した筆者の戸籍には「養女」と明記されているが、現行の特別養子縁組に沿ったならば記載は「長女」となる。ただし、主に「家」の存続や親のために行われる普通養子縁組は現在も「養子」「養女」と記載されている。
「うそのない子育てを」
公開初日、映画「朝が来る」を観た。辻村さんの『朝が来る』も既に読んでいた。「ネタバレ」が含まれているため、両作品をご覧の上、拙文を読んでくだされば幸いである。
映画は、時系列を前後して、親子や夫婦で丁寧に築き上げてきた信頼関係が確かであることの描写に時間を割いている。子ども同士の幼稚園でのトラブルと永作博美さん演じる栗原佐都子の対処の仕方、養子縁組で朝斗を迎える以前の、佐都子と夫・清和(井浦新さん)との紆余曲折。そして、特別養子縁組へ夫婦の心が動いていく経緯に共感した。
浅田美代子さん演じるNPO法人「ベビーバトン」代表の浅見静恵が登場すると、「これは、岡田卓子さんがモデルでは?」と思った。岡田さんとは、特別養子縁組をあっせんする団体・NPO法人「Babyぽけっと」の代表である。この団体は、養親・養子が生みの親と交流することを勧めている。もちろん、それは双方の同意が得られた場合で、子どもも交流に前向きであり、安定した状態にある時に限っている。
養子・養親・生みの親の3者が交流する意義を岡田さんに聞いたことがある。「うそのない子育てをして、何があっても強く生きられる子を育ててほしい」と力強く答えた。浅田さんのきっぱりとした口調は、岡田さんのコメントを思い起こさせる。エンドロールには、やはり「取材協力」として岡田さんとスタッフ、団体の名前があった。
「養子縁組あっせん団体」の認可を受けている事業者は全国に21団体あり(厚生労働省家庭福祉課調べ、2019年10月現在)、NPO法人だけでなく、一般社団法人や社会福祉法人、産婦人科の医院を含む医療法人もある。このほか、地域の児童相談所による養子縁組もある。筆者はこのケースである。
「予期せぬ妊娠」を繰り返さない
片倉ひかり(蒔田彩珠さん)の登場は、初々しい恋愛や、両親に対する反発など、青春時代に経験した感情を思い起こさせてくれた。自然の中でのみずみずしい恋愛が描かれ、その輝きは作品の魅力でもある。しかし、妊娠によってひかりは窮地に追い込まれる。
「ベビーバトン」の寮でひかりは、風俗店に勤務していた妊婦・コノミに「本当に好きな彼氏との子どもだ」と語る。妊娠という事実が明らかになって問いたいのは「性教育は、どうなっていたのか」ということだ。問題は、抽象的で実践力の乏しい性教育のあり方にあると思う。
2000年代前半に全国で性教育バッシングが起こった。東京の養護学校で人形を使った性教育の授業が行われたことなどが都議会で問題になり、それがきっかけで「過激な性教育で寝た子を起こすな」「小学生にピル(低用量経口避妊薬)を教えているのは問題だ」と国会でも議論になった。
公立中学校のある教員に聞いてみると、保健体育の教科書には精子・卵子・子宮などの図があっても、性交やコンドームの付け方、緊急避妊薬、人工妊娠中絶についての詳述はない。教員の裁量として、性交や避妊、人工妊娠中絶について言及しても、性感染症予防に論点を置くことがほとんど。生徒は「ざっくりとした知識」しか得られない。
大人は、若い恋愛感情が暴走し歯止めがかからない時に確実なブレーキとなる手段を教えておくべきではないか。ひかりの両親は、「学校頼みにしていた性教育」を激しく悔いたに違いない。
岡田さんによると、Babyぽけっとでは出産した女性が赤ちゃんを託した後、どう生きていくかを一緒に考え、避妊の相談にも乗っている。継続的なピルの服用が難しければ、子宮内避妊器具(IUD)を入れることの支援も検討する。「予期せぬ妊娠」の苦悩を2度と繰り返さないために、何をすべきか。パートナーに避妊を要求できない、あるいは性的に搾取される状況にある場合は、支配的な関係性から逃げることができるように新居を探すなどして環境を整える。特別養子縁組のあっせん団体は養親を力強く励ます一方で、生みの母の「これからの人生」に直接的な支援も含めてエールを送っている。
養子縁組のデータはどうなったのか
出産後も家庭での居場所を見いだせないでいたひかりは、浅見を頼って妊娠時に過ごした「ベビーバトン」の寮を再訪する。そこで偶然、特別養子縁組の過去のデータを集めたファイルを見つけ、自身が産んだ男児と養親が暮らす住所を知る。物語では浅見の個人的な事情により、養子縁組あっせん事業をやめることになる。ひかりが見た膨大なファイルはどうなったのか。養子当事者としては、とても気になった。
ちなみに筆者は近年、自身がかつて数カ月いた乳児院を訪ねたものの入所・退所の日付しか分からず、家庭裁判所、児童相談所とも記録は残っていなかった。半世紀近く前の縁組では仕方ないのかもしれないが、せめて存命中は残してほしかったと思う。また、廃業したあっせん団体の代表によると、養子縁組の記録を地元の児相に移管し、生みの親すべてを訪問して事情説明をしたそうだ。ほかの団体では、事業連携している他団体に託したケースもある。
記録の保存期間や場所を把握しないままルーツ探しを始めると、相当な時間と労力がかかる。養子当事者に聞いたところ「手続きが繁雑で、出てきた資料を読んでも分からないことが多い」「1人では物理的にも精神的にもしんどかった」などの意見が聞かれた。ルーツ探しを支援する専門機関や支援者が団体があればいいと思うが、どうだろう。
筆者は肉親と再会・交流しているので、分からないことがあれば聞くことができる。とはいえ、関係者の加齢とともに分からなくなる情報もある。ルーツ探しや肉親との再会・交流は、養子本人の意志によって、自分のペースで進めるべきであり、知る権利があると同時に、知らない権利もあると思っている。あえて「知らないまま生きる」という選択肢もあっていいと思う。再会や交流を望まない養子もいるし、生みの親がだれか分からないケースもある。しかし、養子にとって、いつか情報が必要になるかもしれない。その時、確実に情報を入手できる仕組みがあってほしい。
養子・養親・生みの親が理解し合う
映画の中で一番印象に残ったのは、意外にも佐都子とひかりのストーリーとは関係ないセリフだった。コノミが子を託す養親のことを考えて「恨めしい」とつぶやく。つぶやきは子を「授かる側」と「授ける側」の間に、深い溝があると感じさせる。コノミの子の父親が好きな彼氏で、未婚の母に対する支援が充実していたら、母子で生活をしたいと考えたかもしれない。
韓国にある25歳未満の「未婚の母の家」のような支援があれば、一緒に生活してから「養子に出す・出さない」の選択ができたかもしれない。生みの親への支援、カウンセリングが必要ではないだろうか。その上で、子どもが安心して育つためには、養子・養親・生みの親がそれぞれの立場を尊重し、理解し合うことこそ必要だと感じている。
現在、日本にはさまざまな事情から生みの親と暮らせない子どもが約4万5000人いる。厚生労働省はそういった子どもを家庭で成長できるよう里親家庭を増やそうとしている。そこから特別養子縁組で戸籍上の家族になることは安定した親子関係の一助となるだろう。特別養子縁組の成立件数は2011年に374件だったが、2017年以降は増え続け、2019年は711件になっている。2020年4月の法改正により、子どもの対象年齢が原則6歳未満から15歳未満に引き上げられており、縁組の条件が緩和されていることは追い風になるだろう。
現状として、日本では生みの親と暮らせない子どもの8割以上が乳児院や児童養護施設で暮らしており、里親・特別養子縁組に繋がるケースは、海外に比べてかなり少ない。特別養子縁組の「特別感」がなくならない限り、なかなか難しいのではないかと思う。「特別感」とは、「特別な生い立ちの不幸な人生を歩む子」というイメージの先行である。養子は人生の早い段階で離別を経験し、その理由は親の死や性暴力被害など悲しい出来事のケースもある。真実を知って動揺することもあるが、ずっと泣いているわけではない。家庭で普通に暮らし、成長していく。
当事者の声は、なかなか広がらない
筆者は30代半ばまで養子当事者と会ったことがなかった。というか、他者から語られることがなかったから、分からなかった。ふとしたきっかけで知人が養子であると語り、自身も生い立ちを伝え、「身近にそんな人がいなかったから、会えて良かった」と喜び合った。養子のロールモデルが身の回りにいなかった。当事者同士のネットワークが必要だと感じている。
養子当事者に聞いてみると自身を語らない理由には「育ての親への配慮」もある。「生みの親に会いたい」と言えなかったり、「(生みの親の個人情報を)知りたいけれど会いたいわけではない」と思ったりもする。筆者は若いころ、夢中になることがたくさんあって、あえて考えたり、語ったりすることを面倒だと思っていた。さまざまな理由から声を発する養子は少ないように思う。だから制度に対する当事者の声は、なかなか広がらない。
公開に先立つインタビューで河瀬監督は「この映画には(子どもの)朝斗のまなざしが不可欠」と述べ、自身が養子縁組家庭で育ったことを語った。作品や河瀬監督のライフストーリーのように、当事者が「特別でない自分」を一つの養子像として伝え、その声に耳を傾ける人が増えれば、もっと特別養子縁組は認知されていくのではないだろうか。
※写真はすべて映画「朝が来る」のワンシーン。(C)2020「朝が来る」Film Partners
※映画「朝が来る」公式サイト
※「特別養子縁組制度について」厚生労働省ホームページ「普通養子縁組と特別養子縁組について」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000637049.pdf
※NPO法人「Babyぽけっと」のホームページはこちら。
※「Babyぽけっと」についてはこんな記事も書いています。
・「子どもと実親をできるだけ会わせたい」ある里親の思い
※参考文献など
・『朝が来る』(辻村深月著、文藝春秋、2015年6月)
・「家族とは何か、新しい感覚を見つけられる映画に―河瀬直美監督 養子縁組描く『朝が来る』映像化に辻村深月、『よくぞ育ててくれた』」(時事通信社、2020年10月24日)
・「養子は不幸じゃない…河瀬直美監督が新作映画に込めた経験」(産経新聞、10月23日)
・『「赤ちゃん縁組」で虐待死をなくす/愛知方式がつないだ命(矢満田篤二・萬屋育子著、光文社新、2015年1月)
・『赤ちゃんあげます/母と子の悲劇をなくすために』(菊田昇著、集英社、1981年3月)
・日本財団ジャーナル「潜在的な里親候補者は100万世帯!なぜ、里親・養子縁組制度が日本に普及しないのか?」(2019年2月12日)
・『里親と子ども』vol.9.2014年10月(明石書店)「養子縁組あっせんと『真実告知』――当時者の立場から」(若林朋子)
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