パラリンピックの成功には、“パラリンピック教育”が重要な役割を果たす。
史上最高の成功を収めたといわれるロンドン2012パラリンピックでは、大会前から子どもたちがパラリンピックに関連した教育プログラム『Get Set(ゲットセット)』を通して、パラリンピックやアスリートについて学ぶ機会が数多くあった。さらに子どもたちが学んだことを大人に教える“リバースエデュケーション”によって、国全体にパラリンピックムーブメントが波及していったのだ。
そして、ロンドンを手本とする東京2020パラリンピックでも、パラリンピック教育を大きな原動力にすべく、様々な教材開発やパラスポーツ体験授業が展開され、2020年4月からは学習指導要領にも「パラリンピック」が表記されるようになった。
そんなプログラムの一つである、日本財団パラリンピックサポートセンター主催のパラスポーツ体験型出前授業「あすチャレ!School」(協賛:日本航空株式会社/以下、JAL)は、2016年4月にスタートし、この10月、小中高等学校・特別支援学校への訪問数が累計1,000校に到達。受講児童生徒数は延べ15万人を数えることとなった。
ここでは、記念すべき1000校目となった京都市立七条中学校での授業の様子と「あすチャレ!School」担当者の思いを紹介したい。
華麗な車いす操作で生徒たちを魅了
この日、体育館に現れたのは、パラリンピックに7大会出場した陸上競技界のレジェンド・永尾嘉章講師。生徒たちに盛大な拍手で迎えられ、マスク姿ながら両手を振って笑顔で応えた。
「今年は(新型コロナウイルスの影響で)行事が少ないと思うけれど、今日はみんなの思い出に残るような90分間にしたいと思います」(永尾講師)
永尾講師は、スクリーンで映像を見せながら、パラリンピックや陸上競技について紹介。車いすマラソンの世界記録が健常者のマラソンより速いことや、視覚に障がいがあってもガイドランナーと一緒に走ることができるなどパラスポーツならではの見方をレクチャーした。
受講した1年生の生徒たちは、最初は緊張気味だったが、永尾講師が陸上競技用の車いす「レーサー」に乗り移ると興味津々の様子。体育座りで整列していた生徒たちの目の前を軽やかに駆け抜け、全員からの視線を一心に集めた。
応援も楽しい! パラスポーツ体験
プログラムのふたつ目は、パラスポーツ体験だ。レーサーをローラー台に固定させて、代表生徒が実際に漕いでみる。まずは永尾講師がハンドリムをリズミカルに叩いて手本を披露。生徒たちに拍手をもらうと気合いが入ったのか、息を切らしてスピードを上げていき時速50km弱をマーク! 「手拍子の中で走るのはやっぱり力になるね」と永尾講師はうれしそうな表情だ。
続いて、生徒代表が固定させたレーサーに乗り、力いっぱい腕を回して時速何キロを記録できるか挑戦することに。生徒たちは、両腕の力だけでタイヤを回す難しさを口にしながらも渾身の走りで時速7~9kmを記録した。その後、永尾講師が教職員を呼び込むと、会場は大盛り上がり。懸命にレーサーを漕ぐ教職員を、見守る生徒たちも手拍子を用いて精いっぱい応援した。
次は、タイヤがハの文字になった車いすバスケットボールの競技用車いすを使用する車いすリレー。各クラス5人の生徒が車いすをバトン代わりにつないでいき、一着を争う。生徒たちは、車いす操作に苦戦しながら、笑顔でゴールまで走り切った。
「夢」や「目標」を持つ力を学ぶパラリンピアンの講話
最後に、永尾講師による講話があり、生徒たちは真剣な表情で耳を傾けた。
幼少時にポリオを発症し、突然足が動かなくなったという永尾講師。「歩くことも、友人と遊ぶこともあきらめて、だらだらと過ごしていた」。転機になったのは、高校時代。教師からのすすめで陸上競技を始めると、その楽しさにハマり、目標としていた大会を目指して本気で打ち込むようになったという。しかし、初めて出場した大会で惨敗。そのとき湧き出てきた「勝ちたい」という気持ちを胸に再び全力でトレーニングに取り組み、パラリンピック出場まで上り詰めていく。
パラリンピック本番では、あと一歩でメダルに届かず悔しい思いをしたり、ケガに泣いたりしたが、決してあきらめることなく挑戦を続け、2004年アテネパラリンピックの4×400mリレーでついに銅メダルを獲得。日本人最多となるパラリンピック7大会出場を果たしたレジェンドは「目標があったから強い気持ちで取り組むことができた」と力強く語り、あきらめないでやり通すことの大切さを伝えた。
また、障がいのある当事者として、「足は不自由だが、車いすに乗れば自由になれる。だから街で困っている車いすの人に出会ったとき、ちょっとだけ手助けをしてくれたらうれしい」とメッセージを送った。
最後は生徒全員に、協賛企業であるJALの担当者からJALオリジナルネームタグと、パラサポから自身の「あすチャレ!(明日へのチャレンジ)」を書く折り紙のキーホルダーがプレゼントされ、90分間のプログラムが終了。永尾講師がアテネパラリンピックで獲得したメダルを首にかけて生徒全員を見送った。
★受講した生徒の声
実際にレーサーに乗り、曲がるところのコントロールが難しかったり、腕だけでタイヤを回す大変さがわかったり、驚きがありました。パラスポーツやパラリンピックについて、これまで知らなかったことを知るいい機会になったので、来年の東京パラリンピックにも注目したいと思います。
★担当の先生の声
オリンピック・パラリンピック教育推進校であり、保健体育の授業での調べ学習と実際に見て体験することをリンクさせて子どもたちの学びを深めたいと考えて「あすチャレ!School」に申し込みました。当日は、講師の話にぐっと惹きつけられている生徒の様子が見られたので、大人が教え込むのではなく、子どもたちの内面から沸き起こることを学びにつなげていきたいと思っています。
「あすチャレ!School」の歩み
2016年4月 「あすチャレ!School」プログラム立ち上げ 2017年4月 JALの協賛がスタート:スタッフの航空機での移動や競技用具などの空輸など各種輸送が可能に。 2019年2月 全国47都道府県での「あすチャレ!School」実施を達成! 受講児童生徒数、延べ10万人超。 2019年7月 初の海外開催:シンガポール日本人学校で「あすチャレ!School」を実施。 2020年9月 コロナ禍でプログラム再開:ガイドラインを作成して実施。 2020年10月 通算1000校達成! 受講児童生徒数、延べ15万人超。
★担当者インタビュー
●あすチャレ! プロジェクトディレクター&講師 根木慎志
1,000校達成はプログラムスタート時の大きな目標でした。この日は僕も講師として埼玉県の学校で「あすチャレ!School」を行いましたが(999校目)、これまで回ってきた学校や子どもたちの表情が走馬灯のように思い出されて、涙がこみ上がるのを必死にこらえながらプログラムを進行しました。
「あすチャレ!School」ではアスリートの話を直接聞く講話の時間も大切にしていますが、障がいについて一緒に考えることで、他人事を自分事にしてもらい、明日から行動に移すきっかけにして欲しいという思いがあります。受講した子どもたちが東京パラリンピックのボランティアを志すなど、チャレンジが広がっていることが何よりうれしいです。
スポーツに取り組んでいる生徒はもちろん、たくさんの子どもたちに自分が競技生活で学んだあきらめないことの大切さを伝えたい――そんな思いで、全国の学校を訪問していますが、1,000校目でも子どもたちが素直な反応をしてくれてうれしかったです。大人になって「あすチャレ!School」を思い出してくれたら最高ですね。これからも呼んでいただけたら全国に行きます!
●日本航空 ブランドコミュニケーション・東京2020オリンピックパラリンピック推進部 佐藤好さん
2017年度からJALが協賛させていただき、パラサポの皆さんとともに1,000校達成の瞬間を迎えられたことを大変うれしく思います。今年度は新型コロナウイルス感染症の影響があり、開催できるか不安でしたが、子どもたちにパラスポーツのリアルな体験の場を届けたいという強い想いで、皆で協力してプログラム内容など工夫を重ね、再開をすることができました。パラアスリートが競技する姿を実際に「見て・体験して・応援」できる、この素晴らしいプログラムを今後とも力を尽くして提供し、コロナ禍で学校生活を送る生徒たちに「夢」や「目標」を持つ大切さを伝えることができたら幸いです。
立ち上げ当時、「2020年度に1,000校」を目標に掲げたものの、正直なところ、それがどれほど大変なことなのかというイメージはできていませんでした。実際には、応募してくださる学校があり、一つひとつに応えていった結果、「1000」という数字を積み上げられたと思うと感慨深いです。
「あすチャレ!School」は、来年度も継続が決まっています。引き続き、より多くの子どもたちに、パラアスリートとの交流を通じて得られる“人間の多様性”や“障がい”について考える機会と、明日へのチャレンジにつながるキッカケづくりに取り組んでいきたいと思います。
90分という短い時間の中で、子どもたちの講師を見る目が一変する。「あすチャレ!School」の持つ可能性は回数を重ねるごとに広がっていく。
text by Asuka Senaga
photo by Haruo Wanibe
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