千葉大藤川氏×LINE福岡氏が語るプログラミング教育の今、そしてこれから – リセマム

千葉大藤川氏×line福岡氏が語るプログラミング教育の今、そしてこれから-–-リセマム 花のつくりとはたらき
 2020年4月から小学校でプログラミング教育が必修となったが、コロナの影響によって遅れがちな通常教科の授業で手一杯だという声もある。GIGAスクール構想で、学校のICT環境の整備が進む中、教員や保護者はどのような視点でプログラミング教育を捉えればよいのだろうか。

 コンピューターと教育に携わる専門家、藤川大祐氏(千葉大学教育学部教授、教育方法学・授業実践開発)/千葉大学教育学部附属中学校校長)と福岡俊弘氏(デジタルハリウッド大学教授/LINEみらい財団企画室)に、小学校でプログラミング教育が導入された背景や現状、そして今後の展望について聞いた。

コンピューターを使った問題解決へ

–なぜ今、小学校でプログラミング教育が必要なのか、必修化された背景をあらためて教えてください。

藤川氏:諸外国ではコンピュテーショナル・シンキングという、コンピューターを使って問題解決する力が注目され、学校教育にも導入されています。今の社会では、いろいろな数値を使ってシミュレーションしたり、プログラムを組んでより複雑なことをやってみたりなど、膨大なデータを動かしながら試行錯誤して問題解決に導くことは当たり前となっていますので、学校教育で導入されるのは自然な流れです。ところが日本の学校ではなかなか取組めていないということが背景にあります。

 子どもたちへのプログラミング教育が世界中で進んだきっかけは、MIT(米マサチューセッツ工科大学)が開発したScratch(スクラッチ)というビジュアルプログミング言語の登場です。その後、日本でも民間ではプログラミング教室が開校されたり、教材が販売されたりする動きがありましたが、ようやく今年から小学校でプログラミング教育を導入することになったわけです。社会の変化と子どもたちに使いやすいツールの出現により、プログラミング教育は世界中で盛んになってきたといえます。

福岡氏:かなり昔から「コンピューターと教育」というテーマはありましたよね。今から30年前ほど前の1992年に発売された「アラン・ケイ」(*1)という本の中で「コンピューターと教育」という章があるのですが、「コンピューターが子どもたちをプログラミングするのか、子どもたちがコンピューターをプログラミングするのか」といったことが語られています。30年も前に、コンピューターの父と言われるアラン・ケイがこうした教育の話をしていたのです。

 でも当時のプログラミング言語は難解で、これを使って子どもにプログラミングを教えるのは無理だろうとアラン・ケイも言っています。藤川先生がおっしゃった「Scratch」のような、子どもにもわかりやすいビジュアルプログラミング言語がひとつの転機になったと思います。

*1 アラン・ケイ:米国の科学者で、パーソナルコンピューターの父とも言われている。1968年に理想的なコンピューターのコンセプト「Dynabook」を発表。オブジェクト指向のプログラミング言語「Smalltalk」を開発し、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)やMIT(マサチューセッツ工科大学)のほか、京都大学でも教鞭を執ったことでも知られている。

書籍「アラン・ケイ」を紹介する福岡氏
書籍「アラン・ケイ」を紹介する福岡氏


プログラミングとはコンピューターと対話するスキル

–プログラミング教育の目的とはどのようなものでしょうか。

福岡氏:プログラミングはコンピューターと対話するための言語、また道具であって、コンピューターを使って何をするかがプログラミング教育の大きな目的だと捉えています。

藤川氏:私もコンピューターとの対話のスキルを高めるという考え方が自然だと思っています。ただ、コンピューターがなくても、論理的思考がプログラミング的思考といわれ、それはコンピューターでやらなくても手順を書き出してやるのでもいいじゃないかという話もありますね。私としては、論理の話だけではなく、新たなものを作っていこうという「創造性(クリエイティビティ)」もあっていいと思います。

福岡氏:今回、プログラミング教育の授業をどう作るかという点を、全国の先生たちが問われているのではと思います。藤川先生は企業との連携授業など、さまざまな分野の新しい授業づくりに取り組まれていますが、現時点で藤川先生がお考えになっているプログラミング教育を取り入れた授業作りとはどのようなものでしょうか。

藤川氏:小学校では、コンピューターで何かを動かしたら楽しかったという体験が大事だと思います。これまでの学校教育では、子どもたちが思っていることを実現したらどうなるかという検証もあまりしていません。プログラミングの世界では基本的に、思うことをプログラムで実現できるし、色々なアプローチがあります。小学校の算数のように、絶対こう書かなきゃダメみたいなルールも本来ないはずなんです。とにかくやってみて、間違えても改善していけばいいという中で、子どもたちが楽しく体験できるような授業作りを進めていけると良いですね。

文科省「小学校プログラミング教育の手引き」がベース

–小学校では具体的にプログラミング教育にどう取り組んでいくのでしょうか。

藤川氏:文部科学省が学習指導要領で示しているのは、小学5年生の算数「正多角形をかく」、小学6年生の理科「電気の性質や働き」の2つです。それ以外は各学校の裁量に任されています。文科省の「小学校プログラミング教育の手引き」で細かく分類されていますが、先生たちによる創意工夫された授業が展開されているかというと、必ずしもそうではないのが現状だと思います。

A.学習指導要領に例示されている単元等で実施するもの/A-(1) プログラミングを通して、正多角形の意味を基に正多角形をかく場面(算数 第5学年)
出典:文部科学省「小学校プログラミング教育の手引(第三版)」2020年2月
A.学習指導要領に例示されている単元等で実施するもの/A-(2)身の回りには電気の性質や働きを利用した道具があること等をプログラミングを通して学習する場面(理科 第6学年)
出典:文部科学省「小学校プログラミング教育の手引(第三版)」2020年2月


福岡氏:藤川先生は30年ほど教育の現場を見てこられたと思いますが、プログラミングが教育に組み込まれるまで、どういう経緯があったのでしょうか。

藤川氏:遡ってみますと1980年代あたりから、少しずつコンピューターが学校に入りはじめましたが、そのころは、ワープロソフトや簡単なプログラムに触れる程度でした。MITが1960年代に開発したLOGOというプログラミング言語を用いてプログラムを作る授業が一部の学校で行われ、それが先駆的な実践と言われていました。

 1990年代になるとワープロや表計算ソフトの利用が進み、当時の文部省と通産省が「100校プロジェクト」でまず全国の100校をネットにつなごうとしました。さらにNTTがより多くの学校をネットにつなぐ「こねっと・プラン」を始め、90年代の終わりごろには、どこでもインターネットに繋がるようになりました。当時、頑張っていた先生たちは学校間交流を行ったり、学校のホームページを作ったりして情報発信をしていました。2002年から総合的な学習の時間で「情報」を扱うことが求められ、本格的にコンピューターを使った学習がどこの学校でも始まったわけです。

 その後、2004年ごろから子どもたちのネットトラブルが顕在化し始めます。ホームページの書き込みをめぐって事件などが起き、同時に子どもたちに携帯電話が普及していきました。2007年あたりには、国でもネットいじめや誹謗中傷、出会い系サイトによる事件の問題が議論され、2009年に「青少年インターネット環境整備法」という法律ができました。

 そこからの10年間は「情報モラル教育」が中心でしたが、2010年にiPadが発売されると、一部の学校では1人1台のタブレットを持たせるようになりました。そして今年度、GIGAスクール構想が前倒しで進められ、ようやく多くの学校で1人1台の端末環境になっていくわけです。

福岡氏:今回のプログラミング教育の必修化は、30年くらいに渡っての長いうねりから、ようやく今ここに到達したんだということが、とても良くわかりました。

プログラミング教育を進めるために

–学校におけるプログラミング教育の現状はいかがでしょうか。

藤川氏:小学校でプログラミング教育が必修化されましたが、先生たちが普通にコンピューターを用いて教育するまでには至っていません。先生の中でも、熱心な方とそうではない方がいらっしゃいます。

福岡氏:先生たちの中にも多くの誤解があるのかもしれませんね。プログラミングの知識に詳しくなって、実際に教えなければならないと。でも、子どもたちにプログラミングができる環境を整えることが重要で、必要なのはファシリテーション力だと思います。

藤川氏:プログラミングの指導を見ていると、多くの先生が「教えないといけない」と思っているのはそのとおりです。だからこそ、辛くなっている。

 プログラミングは、動かしたらすぐにフィードバックがあり、本来は自分で学べるもの。うまくいかないときには、友だち同士で助け合えばほぼ解決できます。基本的には指導者が教えるという形を取らなくても良くて、むしろそうしてしまうとなかなか学習が進まない場合もあるでしょう。これまでの「先生が教える」という小学校の教育とは異なるパラダイムでの教育なのです。これまでの学校教育の延長でやれるものではないため、今は中途半端な感じが否めません。

 日本の教員は世界で一番忙しいといえるでしょう。そのうえ、コロナ禍とプログラミング教育、英語の教科化などのスタートが重なってしまった。今後は教員の負担を減らしていくことがとても重要です。従来やってきた教科も内容を精選し、さまざまな校務や教務をICTで効率化するなどし、先生に時間的余裕をもたせることも必要ではないでしょうか。

福岡氏:この現状打破のためには、親御さんたちの理解も欲しいところですね。過度な期待を先生にかけている部分もあるでしょうし、あるいは「先生がすべて教えるもの」と思っている親御さんもいらっしゃると思います。

藤川氏:保護者の方の意識変革はとても難しいと感じます。というのは、受験に関係があるものはちゃんとやってくれ、そうじゃないならまあまあで良いということが多数の保護者の感覚なんですね。

 中学校では技術科でプログラミングを多少やっていたものの、本格的な授業は行っていません。そもそも技術科は週1回程度です。また、高校では2003年から必修科目として「情報」ができましたが、今のところは大学入学共通テストに科目として入っていません。必修なのでどの高校でも必ず授業はありますが、入試科目になければ保護者も生徒もあまり意欲が湧かないわけです。

福岡氏:2022年からは高校の「情報」がガラッと変わって「情報I」と「情報II」になりますね。「情報I」は必修で、プログラミングやネットワーク、データベースの基礎などに触れていき、選択科目の「情報II」では、さらにコンテンツの制作やデータサイエンス、機械学習・AIなどの基礎も学びます。共通テストの選択科目として「情報」の導入が検討されていますし、CBT(*2)も準備が進められていますので、これからもっと変化していくのでしょうね。

*2 CBT:「Computer Based Training」(コンピューターを使った自主学習)、または「Computer Based Testing」(コンピューターを使った試験)の略称。

小学校からコンピューターをツールとして使った教育を

福岡氏:先日開催された教育ITソリューションEXPOの安西祐一郎先生(慶應義塾大学理工学部名誉教授)と鈴木寛先生(東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授)の基調講演で、OECD(経済協力開発機構)によるPISA(生徒の学習到達度調査)によれば、日本の15歳時点での教育水準は世界の中でもかなり高く、つまり小中の教育はとても上手くいってるが、22歳頃になると世界の中でも相当下のほうに落ちてくることが語られていました。これから重要なのは高校・大学の教育改革だとお二人がおっしゃっていたのが、とても印象的でした。

藤川氏:私は小学校からの問題だと思っています。というのは、小中学生の学力を見ても、情報活用能力や情報機器を使って回答するテストなどは得点率が低い。諸外国では小学生のころからICT機器を使って学習したり、コンピューターで情報を見たり発信したりすることは問題なくできるのに、日本ではコンピューターを使って意見を書くことは、ほぼできていません。タイピング能力も、文部科学省「情報活用能力調査」(調査時期:2013年10月~2014年1月、2015年公表)では、小学5年生で1分間の平均が5.9文字、中学2年生では17.4文字。実質タイピングができない人が大半なわけです。

 大学に行けば、自分で調べて発信することは当たり前で、それができなければ力にはならない。でも、その基礎となるような学習が小中高でほぼできていない。そういうことが全体的に影響していると思います。

福岡氏:PISAを見ると、日本の15歳は集団による問題解決能力が世界でも高いんですね。これをプログラミングの授業に生かせないものでしょうか。

藤川氏:個別の学習だけではなく、集団で協力しながら学びをどう成立させるか、そのための授業作りをどうするかが課題です。教室には多様な学習者がいて、お互いが役割分担をしながら協力することで1人で学ぶよりも多くのことを学べるという、「集団で学ぶ良さ」を生かしたいですね。みんなで協力して分担して作って、最終的に何かすごいと思えるような授業ができると非常に楽しいと思います。

1人1台だからこそできるプログラミング教育

–GIGAスクール構想で1人1台の環境になることによって、プログラミング教育はどう進むとお考えでしょうか。

藤川氏:何かをやるという機運が高まらないと、端末が生かされないと思うので、小学校のプログラミング教育で端末を使うのはとても良いと思います。1人1台だからできるプログラミング学習も見えてきていて、個々でやるだけではなく、複数の端末が同時並行で動き協働して何かを作るなど、たとえばクラウド上でプログラムを共有して素材を作って、作品を作るというのが当たり前にできる仕組みになると良いですね。とはいえ今のところはまだハードルが高いです。

福岡氏:藤川先生としては、このハードルを乗り越えるには何が必要だと思われますか。

藤川氏:熱心な先生はおそらく全体の1割か2割しかいない。慣れてないのに教員が自分1人で授業をやって、うまく回らなくなって、辛いからやっていけなくなるというのでは皆が不幸ですので、ICT支援員の方々にもしっかりと協力してもらえるようになるといいですね。

小学校段階のプログラミングに関する学習活動の分類

 民間企業に期待したいのは出前授業の実施です。やはり安心感があります。「LINE entry」でも出前授業に来てくれて、その後に学校の先生がその授業を参考にできるのは効果があると思います。また、リモートによる出前授業も作れるといいですね。

福岡氏:LINEみらい財団では「LINE entry」を採用した東京都八王子市の小学校4年生、約4500人を対象に、文部科学省の学習指導要領に基づいたオリジナル教材「プログラミングで角をかこう!」による出前授業を行っていて、先日、東京都八王子市立松が谷小学校でリモートで開催したんです。事前に接続テストを行って、担当の先生も実際に「LINE entry」を使いながら基本操作を覚えました。授業後には、担当の先生が「子どもたちが興味をもって取り組めていた。自分から積極的に試したり、思考したりできていてよかった。」と手応えを感じてくれていました。これからも学校教育に貢献していきたいですね。

 ※出前授業のようすを取材したレポート「LINEみらい財団が無償提供する「プログラミング出前授業」八王子市立松が谷小で公開実施」はこちら

子どもの「好きだからやりたい」を大切に

–保護者の心構えや家庭でのサポートなどのアドバイスをお願いします。

福岡氏:まずはプログラミングに触れる環境を整えることが大切だと思います。また、情報モラルの問題は子どもたちに必ず必要となる領域なので、保護者が責任をもって見るべきだと思います。子どもたちは当たり前のようにコンピューターと接する毎日を過ごしていくわけですから、親自身もリテラシーを身に付けなければならないでしょう。

藤川氏:家庭では、プログラミングに興味がもてそうな機会を与えてあげることが大切だと思います。試してみて、もっとやりたそうならば、Scratchなど手軽に始められるプログラミング学習の環境を作ってあげるのが良いと思います。

 自分でやりたくてやった、やったら面白かったとならないと、動機や気付きはありません。将来に役立ちそうだからと子どもは興味がなさそうなのにプログラミングをやらせる方向で親が先走ってしまうと、子どもたちはどこかでやる気をなくす場合があります。

 そうした中で、ネットリテラシーについて折に触れて話していただきたい。個人情報を出してしまう、友だちを傷つけてしまう、金銭的に騙されてしまうなど、遭遇するかもしれない危険性のポイントを知り、何かあったら親に相談ができるよう信頼関係を崩さないことが大切です。また、長時間の利用は生活習慣が乱れる場合もあるので、規則正しい生活は身に付けておきたい。ゲームも含めた利用時間を自分でコントロールできるようになってほしいです。

–最後にデジタルネイティブキッズにメッセージをお願いします。

藤川氏:コンピューターはどんどん性能が良くなって、これからもさらに便利になると思います。だから過去の常識にとらわれる必要はないですし、こんなことできたらいいな、あんなことできたらいいなと思いながら、夢を描いて楽しく学んでほしいと思っています。

福岡氏:昔から言っていることですが、コンピューターは友だちです。その友だちとたくさんお喋りをして、仲良くなってほしい。いろんなことをやってくれる友だちですので、ぜひコンピューターの言葉を覚えて、いろいろやってみてください。

–ありがとうございました。

 お二方のお話からは、現状多くの課題があることを認識するとともに、プログラミング教育を通じて、学校教育が大きな変革の時を迎えていることをあらためて感じることができた。学校でのプログラミング教育は現場の先生を孤立させることのないよう、多くのサポーターを集め、できることからまず動くことがとても重要になるのではないだろうか。

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