15歳までの子どもたちに、どこまで性について教えたらいいのか。1月30日、都立中高一貫共学校の南多摩中等教育学校(八王子市)で、前期課程3年生(中学3年生相当)に向けて、外部講師による性教育のモデル授業が開かれた。
都教委の「性教育の手引(中学校編)」が2004年に改訂されて以降、初めての改訂が2019年3月に行われる。その手引に盛り込むための授業で、学習指導要領を超えた発展的な内容も含まれる。
好きな人はいますか?
保健体育の指導教員がマイクを握り、生徒に語りかけた。「好きな人はいますか」
4クラス159人の生徒たちは、一斉に色めき立ち、笑い声と共に「手を挙げるのかな?」「え、いるの~?」と話し始めた。
「現在、好きな人、身近にいる人が多いんじゃないかな」と続けた。話を続けるうちに、生徒たちが少しずつ真剣な表情に変わった。産婦人科医の長岡美樹さんにマイクを渡し、授業が始まった。
女性は16歳で結婚できる日本。「セックスしちゃいけない」押しつけ型の授業ではダメ
長岡さんは、なぜ赤ちゃんが生まれるのか、子孫を残すためのしくみについて話し始めた。
そして、性教育をする意義について「10年ほど前までの性教育、性の健康教育では『性病怖い』『セックス怖い』『セックスするな』という押し付けるような教育が多かった。でも、考えてみれば日本の法律では(女性は2022年4月の民法改正までは)16歳になれば結婚できるわけだし、セックスをしちゃいけません、なんて教育をしても違うよね」と呼び掛けた。
現在の中学生向け学習指導要領では、「妊娠の過程については取り扱わない」となっている。セックス、避妊方法、そして人工妊娠中絶については盛り込まれていない。
生徒も性についての知識はそれぞれ違う。長岡さんは「表面的におりこうさんに見えても、中身は違うとか、すごく悩んでいる子がいるのが現状。そこを踏まえて話をしていきます」と力を込めた。
その上で「セックスを見たことある人、知っている人、知らない人もいるかもしれない。『なんでこんな変なことするの?』って思うかも。でもこれは、お腹の中に子どもを隠せば守れるから、確実に子孫を残すために進化したもの」と説明した。
女性にはピル、男性にはコンドーム。「コンドームを使うかどうかはその人の自由かと思っていた」という声も
授業では、避妊方法や性感染症についても触れた。現在、患者が増え続けている梅毒や、より身近なクラミジア、淋菌による感染症について説明。「クラミジアや淋菌は、診察をしていると毎日のように目にする。それは性についての職業に就いている人だからとか、特別な人だからではなく、そのへんの大学生とかでも普通にいる」と話した。
性感染症を防ぐ手段としては、「今のところコンドームしか有用な手段がない」と説明し「男の子は、コンドームをつけることがマナーだと思ってください。女の子は、日本の女性はいまだに断りにくいと思う人がいるかもしれないけど、使わない人にはNOと言って下さい」と伝えた。
授業後のグループワークでは、男子生徒の班から「コンドームを使うかどうかは、その人の自由だと思っていたんですけど、コンドームを使うのは性感染症を防ぐためのマナーなのか、と分かった」という意見も出た。
コンドームは、性感染症を防ぐほか、避妊方法の一つでもある。長岡さんは女性向け避妊方法としてピルも紹介。「試験や旅行にかぶらないように生理をずらしたり、生理痛の治療としても使う」と話し、価格帯なども説明した。また、性交後一定の時間内に飲むことで、8~9割程度の確率で妊娠を防ぐことができる緊急避妊薬(アフターピル)についても「値段は高くなるが、原則として72時間以内に飲んで『できるだけなかったことにしたい』ときはこういう薬を病院でもらえるということを、頭に入れておいてください」と呼び掛けた。
また、親から保険証を借りられなかった場合の対処法なども紹介し、「守秘義務があるから親に電話したりは絶対しない。一対一の関係で相談する。だからちゃんと相談に来てほしい」と語った。
このほかにも月経の困りごと、包茎についての悩み、マスターベーションに関する誤解、アダルトビデオやポルノと実際の性交渉の違いなどを教えた。
全体を通して長岡さんは「寂しい、を恥ずかしいと思わないで。事件に巻き込まれるきっかけは寂しいという理由が多い。受け入れてもらいたい、誰だって認めてほしい。それを隠そうとしたりしないで」と、寂しさを埋めたり自分を認めてもらう手段として性を使わないことの大切さを説いた。
性教育をめぐり、現実と教育内容に乖離が生まれている
現在の中学生向けの学習指導要領では、中学校で妊娠や出産について触れるものの、性交については説明しないことになっている。
ただ、2018年8月までに東京都教育委員会が都内の全公立中学校へ実施した性教育の実施状況調査によると、約1割にあたる55校では、指導要領を超える発展的な内容を取り扱っていると回答。
管理職の意識調査では、「学習指導要領に示されていない内容を指導することも必要だと思う」という設問に対し「とてもそう思う」「そう思う」が46%を占めた。
厚生労働省の2017年度の調査でも、同年度に人工妊娠中絶をした15歳以下の女性は全国で736人いることが分かっている。15歳以下にセックスや避妊について教えないことは、現場との乖離が如実に表れている。
議論が巻き起こる現場と都教委、そして政治介入
一方で2018年3月には、東京都足立区の中学校で学習指導要領にない「性交」「避妊」「人工妊娠中絶」といった言葉を使って説明したことについて、都議会で自民党の古賀俊昭都議から「不適切」という指摘が入った。
教育現場における性教育をめぐっては、幾度となく巻き起こってきた。
2003年には、都立七生養護学校で行われていた性教育で性器の名前などを出して説明していたことに対し、古賀都議と当時自民党の都議だった田代博嗣氏、そして民主党都議だった土屋敬之氏が、過激だと批判したことで教諭が処分され、訴訟に発展する事件が起きた。
この養護学校では1997年に、女子生徒と男子生徒が性的な関係を持ったことが発覚し、保護者や教諭が協議を続けて、知的障害を持つ子どもたちに向けた「こころとからだの学習」と名付けた性教育プログラムを作成していた。
問題視されたこの学習は、母親のお腹の中を再現した「子宮体験袋」や、実物大の家族の人形を使って性について説明。これについて産経新聞が2003年7月5日付の朝刊で「過激な教材がずらり。都議らは『常識では考えられない』『まるでアダルトショップのよう』と口々に非難した」などと報道。
国政でも安倍晋三幹事長代理(当時)を座長とする「自民党過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が立ち上がり、「過激な性教育で子供の人格破壊をしているのは、ジェンダー論をベースにしているから」などの意見が出た。
この事件では、2009年3月の東京地裁判決で都議らの行為を「政治的な信条に基づき、学校の性教育に介入・干渉するもので、教育の自主性をゆがめる危険がある」と断じ、都教委と都議3人に210万円の賠償を命じた。 2011年9月の控訴審でも「学習指導要領に違反しているとはいえない」として教員の処分は違法であると判決が下され、2013年11月には最高裁で都と三人に控訴審判決額の賠償を命じる判決が確定した。
校長「発達段階に応じた指導ができるのはありがたい」
都教委は2018年11月から、今回までに5回のモデル授業を実施。
南多摩中等教育学校の永森比人美校長は「いままで学習指導要領の内容のみで教えていた。初めての発展的内容の授業で、指導要領を超える内容については、保護者に2つの指導内容を選択してもらって了解を取ったり、個別に指導を希望する生徒には養護教諭が控えたりと準備を重ねたが、大きな反対もなく159人全員が授業として受けることができた」と経緯を語った。
今回の授業について「生徒の発達段階に応じた対応ができるというのは、ありがたい。また、今回の授業では生徒たちの知的体力、そして長岡医師の語り口がとてもマッチングした。繊細な問題なので大切に扱っていきたい」と評価。
今後とも継続的にモデル授業をしていく方針という。
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