学校プールの廃止や民間委託を進めていいのか? 体育指導の専門家が訴える「義務教育で学ぶべき水泳の力」 – 東京すくすく

学校プールの廃止や民間委託を進めていいのか?-体育指導の専門家が訴える「義務教育で学ぶべき水泳の力」-–-東京すくすく 基本問題

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水泳の授業を受ける子どもたち=水泳の授業を受ける子どもたち=東京都文京区の筑波大附属小で(平川譲さん提供)

 各地で小中学校のプールの廃止や民間委託の動きが相次いでいる。子どもの教育という視点からどうみるか。「水泳指導のコツと授業アイデア」(ナツメ社)などの著書があり、体育指導が専門の筑波大学附属小学校体育研究部の平川譲教諭に聞いた。

ー外部の施設を使う理由に財政的なメリットを挙げる自治体もありますが、学校教育に必要な施設を廃止していいのでしょうか。

 コストの面で言うと、確かにプールってお金がかかるんですよね。設置費だけでなく、水道代や消毒のための薬品代など管理費用もかかります。ひと夏、水を足しながらの管理も大変です。ただ、それを整える義務は本来、学校設置者である自治体にあります。きちんと義務教育の教育課程を完遂するのであれば、プールの設置は必要でしょう。

 学校の統廃合が進んでいる地域も多く、昔に比べれば、造るプールの数は減っているので、かかるお金は減っていくんですけどね。

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筑波大附属小学校体育研究部の平川譲教諭(本人提供)

ー暑すぎる、寒すぎるという天候を理由に授業を見合わせることも多く、年間十数時間のために新設するというのは、なかなか厳しいという判断なのでしょうか。

 年間十時間って、体育の全体の時数からみても結構大きいんですよ。小学校は105時間がベースで、学年によって多少の違いはありますが、その10%が水泳の授業です。むしろ問題は、体育の授業時間の10%を使っても、水泳指導の成果が上げられていない学校やクラスが少なくないことです。

ー親としては、すごくうまくならなくても、クロールと平泳ぎがある程度泳げて、溺れたときに沈まずに助けを待てる力をつけることくらいは、学校に期待したいのですが。

 学校はそれをやらなきゃダメなんです。でも、各教育委員会には学校現場にいた人が多いので、現実はそうなっていないことを分かっている。「学校の水泳指導だけでは泳げない」ということになり、指導もスイミングスクールの指導者の方が良いのでは、という議論につながるのだと思います。


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 世の中全体にある「体育はそんなに大事じゃないよね」という認識もプール授業軽視の背景にあるんだろうと思います。国語や算数なら、塾の方が指導がいいから全部任せよう、とならないですよね。学校側は10時間×6年分の授業成果を上げられていないことを反省すべきだと思います。

ー確かに、水泳は先生によって指導力に差がありそうです。

 「指導力に差があるから、指導もスイミングスクールに任せてしまおう」では、教員の指導力は絶対上がらない。経験しなければ。そこも行政は捨ててほしくないのですが。

ー市や区のプールを使って、指導は先生がする場合はどうでしょう?

 体育専門の立場として心配するのは、移動時間が本来の授業時間に食い込むことです。民間のプールで水泳をして学校に戻ると、半日かかるという話も聞きます。年間105時間のうち、数時間が移動にあてられてしまうかもしれません。

 また、移動時間がもったいないとなると、どうしても1回に2時間とか3時間とかたくさんやろうとします。でも、運動は40分とか45分の授業を何回もやる方が身に付き、技能が高まっていく。小分けにした方がいいんです。

 私の勤務校は水泳も、他の授業と同じように通常時間割のまま、クラス単位で1時間で組んでいるんです。10時間やるとすると10回は水泳の時間を取るわけです。2時間を5回やるよりも、確実に成果が上がります。

 1時間であれば、多少気温や水温が低い、暑いといったコンディションの悪さがあっても、授業を手際良く進めれば成果の上がる授業ができます。2時間授業の方が、入水時間が長くなって寒さに震えたり、活動が間延びして終盤十数分が自由時間になったり、時間数に見合った内容の授業ができていないことも多いのです。

 われわれと一緒に研究会で勉強している教員仲間には、「指導効果が上がるから」と1時間にしたり、1回に入るクラス数を減らしたりと、授業のあり方を改革し、効率よく進めようとしている先生も多くいます。

ー民間に指導を任せたり、水泳の授業自体を廃止したりする動きが広がれば、学校の先生の指導力がつかないのでは。自治体をまたいで異動した場合、経験のない先生が、水泳指導をするケースも出てきますよね。

 そのとおりです。例えば、私のように体育を専門にしている教員が、プールがない初任の学校で5年間過ごし、2校目にはプールがあり水泳の授業がある学校に異動した場合、「体育専門だよね。2校目だし体育主任ね、水泳授業よろしく」となることも考えられます。きっとその先生は困るでしょうね。クラス担任として教える場合も同じです。

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葛飾区教育委員会は2021年度以降に改築する小学校にはプールを造らず、校外の室内温水プールを水泳授業に使う方針。今年の夏で役目を終えることになった葛飾区立水元小学校の25メートルプール

ー外部の指導者の授業の場合、成績はどうつけるのでしょうか。

 教員が指導していなければ、評定を出せません。学校教育は指導と評価を一体としてすすめていくものです。指導のない評価・評定はあり得ません。東京では学校で「スキー教室」に行ったりすることがありますが、それと同じ扱いにしないといけません。体育のカリキュラムではなく、「水泳体験教室」のような扱いにしないと本来はまずいんですね。外部に指導を任せていたら、通知表の評定に水泳を含めることはできません。

ー習い事としてスイミングスクールに通う子もいますが、学校の授業でしか水泳を習えない子もいます

 学校の授業は、スイミングスクールに通っていない子、泳げない子を重視した授業であるべきです。行政や一般の人たちが「授業でスイミングクラブに行って専門の指導を受けられるならそっちの方がいいよね」と言うのは、泳げるようになることだけを価値として見ている部分があるからだと思います。

 私も泳げるようになることが一番大事だと考えていますが、その中で仲間と関わったり助け合ったり、友達の動きを見て学んだり、補助してもらったりすることも大切です。泳力別に分けて授業を行うとそういう関わり合いが少なくなりがちなので、本校は泳力別にはしません。上手な子と苦手な子、あるいは得意同士、苦手同士も関わりながら進めたい。水泳も、ほかの体育の授業と同じように、クラス単位で担任の先生が指導し、子ども同士が関わり合い、認め合いながらやるべきです。

ーそもそも小学校の水泳の授業で身に付けてもらいたい泳力とはどの程度なのでしょうか。

 学習指導要領には、「高学年はクロールと平泳ぎで、手や足の動きに呼吸を合わせて続けて長く泳ぐこと」とあります。「長く」というのは25mから50mを想定しています。スピードは速くなくていいんです。なんとかこの距離を泳げるようにしておけば、自分の命を守る力になるだろうということですね。

ー毎年、川や海、水際の事故があります。着衣のまま水に落ちる状況を体験して対応を学ぶために、服や靴を身に付けたままプールに入る「着衣泳」を取り入れる学校も多く見られます。

 本校では着衣泳はしていません。学習指導要領では「安全確保につながる運動では、背浮き(ラッコのように上向きに寝た姿勢で呼吸を確保しながら浮くこと)や浮き沈みをしながら続けて長く浮くこと」とあり、着衣泳はマストではありません。それよりも、しっかり泳げるようになることが、いざというときに助かるための一番の技能になります。

 もちろん「背浮き」は大事に扱います。「もし、入りたくないのに水に落ちてしまったときには、泳ぐよりも背浮きで助けを待った方がいいんだよ。流れがないとか、俺は泳いで岸までいけるぞ、という場合はクロールではなく平泳ぎ。服を着ているときはクロールで腕を上げると疲れてしまうから、平泳ぎでゆっくりゆっくり進むようにする。呼吸を確保すればそれでいいんだからね」という内容は、自分を守る技能として身に付けさせるようにしています。

 着衣泳に関して、気になることがあります。動画や写真で、ゴーグルで着衣泳をしている場面を見ると「奇妙な絵柄だなあ」と。ポチャンと水に落ちちゃった時にゴーグルはしてないですよね。パニックにならないことが大事なので、せっかく着衣泳をするならゴーグルは外すのがいいですね。

ープール廃止の理由に、人手の問題を挙げた自治体もあります。「体育の専門でない先生が水泳の指導をすることや、プールの管理面で教員の負担がとても大きい。公営・民営のプールを使うことで負担を減らせる」と。

 プール管理で大変なのは、体育主任と教頭、養護教諭くらいで一部です。水に入るのが苦手な先生もいるでしょうが、水泳の授業は場所が狭いので、校庭を広く使うボール運動など、体育の他の領域より指導しやすい面もありますよ。「先生の負担をこれで軽減する」というのは、私には詭弁(きべん)に聞こえますね。

 これが進むと、水泳という領域そのものが危なくなるかもしれない。体育の領域は、体つくり運動、器械運動、陸上運動、水泳運動、ボール運動、表現系、保健学習に分かれています。多くの自治体がプールの維持管理がもうできないということになれば、水泳も、雪国のスキーやスケートのように指導要領上「学校や地域の実態に応じて」という形になっていくかもしれないですね。ちなみに水泳は「適切な水泳場の確保が困難な場合には取り扱わないことができる」と書かれています。

ー体育での水泳授業の重要性が分かりました。必要なお金はかけて、おろそかにしないでほしいです。

 そうですね。国にお金がないわけではないと思うんですよ。(小中学生に1人1台のタブレット端末を配布する)GIGAスクール構想でこれだけのお金をあてているのですから。水泳、体育はICT能力を高めることほど重視されていないどころか、てんびんにかければこんなに差がつくということでしょうね。私たち教員、特に体育を専門とする教員がアピールできるほど成果が上げられていない状況も反省しなくてはなりません。

ー小中学校の体育の授業は、特に苦手意識がある子にこそ運動に親しむ機会であってほしいです。

 苦手と感じている子をしっかりすくって、最低限の技能と、「コツコツ努力すればできるようになった」という経験を積ませ、自信を持たせるのが小中学校という場です。それこそが、義務教育の仕事だと思っています。

水泳は義務教育 学校指導要領上の扱いと、学年ごとの目標は?

 水泳学習は、義務教育の教育課程に組み込まれている。体育の領域は、体づくり運動、器械運動、陸上運動、水泳運動、ボール運動、表現系から成る運動領域と、保健学習の領域に分かれている。水泳運動は、低学年・中学年・高学年ごとに知識・技能の目標が設定されている。

 低学年は、水への不安感を取り除き、水の心地よさを味わうことからのスタートだ。「運動遊びの楽しさに触れ、その行い方を知るとともに、その動きを身に付けること」として、「水の中を移動する運動遊びでは、水につかって歩いたり走ったりすること」「もぐる・浮く運動遊びでは、息を止めたり吐いたりしながら、水にもぐったり浮いたりすること」を目標とする。

 中学年は「浮いて進む運動では、け伸びや初歩的な泳ぎをすること」「もぐる・浮く運動では、息を止めたり吐いたりしながら、いろいろなもぐり方や浮き方をすること」、高学年は「クロールと平泳ぎでは、手や足の動きに呼吸を合わせて続けて長く泳ぐこと」「安全確保につながる運動では、背浮きや浮き沈みをしながら続けて長く浮くこと」を目指す。

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