「歴史を暗記するより、数学を学んでほしい」早稲田政経の入試改革が伝える – Yahoo!ファイナンス

花のつくりとはたらき

12:16 配信

2020年度、大学入学共通テストが始まった。入試の変化は私立大学でも起きている。大学入試改革に詳しい石川一郎さんは、「なかでも話題になったのが、早稲田大学政治経済学部の入試改革だ。数学は必須化され、社会の入試も大きく変わった」という――。

 ※本稿は、石川一郎『いま知らないと後悔する2024年の大学入試改革』(青春新書インテリジェンス)の一部を加筆・再編集したものです。

■コロナの陰でひっそりと始まった教育大改革

 2020年度から小学校で新学習指導要領が導入され、大学入試改革が行われた。新しい大学入試では、「大学入試センター試験」が「大学入学共通テスト」へと名前を変え、これまでの知識を中心とした入試から、「思考力」「判断力」「表現力」を測る入試へと変わることは決まっていたが、当初予定していた英語の4技能(聞く・読む・話す・書く)評価と、国語と数学での記述式入試の導入については、採点の不透明さが指摘され土壇場で中止に。こうした混乱ぶりだけがクローズアップされ、「教育改革といっても、結局、たいして変わらなかった」という見方をする人は少なくない。

 また、タイミングとして、新型コロナウイルスの感染拡大に人々の関心が集中したこともあり、本来であればもっと大きく取り上げられるはずだった日本の教育大改革はひっそりと始まった。

■「出口=大学入試」から日本の教育を変える

 しかし、私は今回の大学入試は「確かに変化があった」と判断している。一番分かりやすい変化は、実社会を意識した内容にシフトチェンジしていることだ。30年ぶりとなる大改革が行われた背景には、急速な社会の変化がある。PCやインターネットの普及によるIT化やグローバル化など、私たちが暮らす社会は30年前と大きく変わっている。さらに、今はコロナ禍で学校の授業はオンライン授業になり、自宅でリモートワークをする人が増えるなど、生活スタイルまでが激変した。この事態を2年前に予想することができただろうか。

 このような未知の社会で生きていくには、今ある知識を使って、自ら考え、判断し、行動すること、すなわち「思考力」「判断力」「表現力」を鍛えることが重要だと考えられるようになった。文科省ではこれまでもこの3つの力を育成する教育を目標に掲げてはいた。しかし、いくら理想を述べたところで、出口となる大学入試が変わらなければ、そのための勉強をせざるを得えない。そこで今回の改革では、大学入試の中身を変えることにしたのだ。IT化やグローバル化の遅れによる日本経済の低迷は、従来の知識重視型の教育にあると考えた政府は、「強い日本」を取り戻すには、「教育の再生」が「経済の再生」と並んで重要課題であるとし、いよいよ本気で改革に乗り出したというわけだ。

■実社会を意識、「使える英語」を求める問題に

 変化が顕著に表れたのが、共通テストの英語だ。日本では小学5年生から英語に触れ、中高の6年間、さらには大学まで多くの時間を使って英語を学ぶ。ところが、それだけ多くの時間を費やしているにもかかわらず、外国人と英語でコミュニケーションをとったり、英文でメールを打ったりするのにもひと苦労するなど、実用的な英語力の乏しさが問題視されていた。

 それでも、これまではなんとかやり過ごすことができたが、急速に進むグローバル化に英語力は必須になっている。共通テストには、こうした時代背景を意識した問題が多く出題された。スマートフォンによるメールのやりとりや、ファンクラブの案内やレビューサイト、ブログなど、日常生活に関連した英語素材が多く使われていたのだ。

 また、いくつかの情報や資料を比較したり、俯瞰してみたりして考えさせる問題や、事実と意見を区別して内容に合う記述を選んだりする問題も出された。事実と意見を区別することを「ファクト or オピニオン」と言うが、アメリカなどでは中学生くらいからかなり徹底して学習している。インターネットやスマートフォンの普及で、さまざまな情報があふれている昨今、正しい情報とそうでない情報を見極めることは非常に大切なスキルだ。その訓練に必要なのが、事実と意見を自分で区別できるようにすること。共通テストでその要素を取り入れたということは、グローバル社会に対応できる人を育成していきたいという狙いがある。

■「思考力」「判断力」「表現力」を測る問題が強化された

 英語に限らず、共通テスト全体に言えることは、複数の素材から情報を読み取る問題が多かったことだ。情報は文章だけでなく、グラフや表、写真なども使われており、センター試験と比べて各教科の問題のページ数が大幅に増えている。問題文が長くなると難しくなったという印象を受けるが、極端に難しい知識を問う問題は出ない。

 その代わり、その場で文章を素早く読み取り、グラフなどの資料と照らし合わせながら考え、判断し、答えを導く力が求められた。「思考力」「判断力」「表現力」を測る問題だ。「知識や情報を活用して考える力」は文科省が新学習指導要領で提唱しているもので、学校で学ぶことと大学入試の内容を合致させようとする意図が見てとれる。これは今までなかった変化だ。

■早稲田政経は社会の独自問題をやめ、数学を必須にした

 変化は私立大学入試でも見られた。なかでも注目すべきは早稲田大学政治経済学部の入試改革だ。早稲田の政経といえば、同大学でも最も難度が高いことで知られている。なかでも歴史の試験は、膨大な知識が要求された。大学受験の歴史のバイブルといえば「山川の一問一答」と答える人は多いと思うが、それを隅から隅まで読んでも見逃してしまうような細かい知識を問う、受験生泣かせの試験内容だった。ところが、その社会の入試を独自問題から共通テストにあっさり切り替えたのだ。

 変更点はほかにもある。これまでは大学独自の問題のみ、外国語(90点)・国語(70点)・地理歴史または数学(70点)の計230点満点という構成で、外国語と国語は必須、地理、歴史、または数学は選択の合計3科目入試だった。それが2021年度入試から、共通テスト100点満点・大学独自試験100点満点の計200点満点に変わったのだ。共通テストは外国語・国語・数学(数学Ⅰ・数学A)・選択科目(地理歴史・公民、数学Ⅱ・B、理科のいずれか一つを選択)の4科目と、これまでより1科目増えることになった。また、大学独自の入試は「総合問題」と呼ばれ、国語と英語による長文を読み解いて解答する問題になった(記述解答もあり)。

■スマホで手に入る知識より、情報を活用する力が重要

 なぜこのような大きな変化があったのか? 

 社会については、これまでは受験生をふるい落とすために、大学受験に特化した高度な知識問題を出題してきたが、今やこうした知識はスマホ一つで簡単に調べられるようになった。大量の知識を頭に叩き込むよりも、世の中のさまざまなことに関心を持ち、数ある情報の中から事実を読み取り、自分なりに判断し、活用していく力をつける方がはるかに重要だ。学んだことが実社会に生きてくるような入試に変えていく必要性を感じたのだろう。今回、共通テストがそのような内容にシフトチェンジしたことで、それを利用しない手はないと考えた。

 選択科目だった数学が必須科目になったのは、もともと経済学では高度な数学を多用しているし、政治学でも統計や数理分析などの数学の知識が求められる。立場が異なる人たちとの議論が前提となるグローバル社会では、数字という客観的なものを用いて論理的に説明することが必須だ。グローバル化が進む時代、理系科目が苦手だから文系を選ぶという日本独自の思考回路はもはや成立しなくなっているのだ。

■慶應SFCの入試問題のテーマは「不条理」

 今回の大学入試改革で評価の要になった「思考力」「判断力」「表現力」。全国約50万人が受験する共通テストでは、採点の面から記述問題は見送られたが、これらの力を身に付けていくことが重要であることは変わりない。共通テストで実現できなかった記述式は国公立大学の二次試験や私立の大学入試では実施された。

 なかでも慶應義塾大学SFC環境情報学部の入試は、非常に良質な入試問題だった。テーマは「不条理」だ。「私たちが生きる世の中には不条理なことがたくさんある。それら臭いものに蓋をしても、隠し通すことはできず、近い未来に必ずそれらの不条理と向き合う日がやってくる。腰がひけたまま、他人事のように未来をただ待つのではなく、私たち一人ひとりがどうすればそれらの不条理を解決し、残すに値する未来を想像できるかを考え、できることを仕掛けることが大切だ」(内容簡略)という文章の後に続いて、最初に登場するのが数学の問題だ。

 問題の冒頭には「不条理を解決する第一歩は、論理的にあり得ない問題を発見し、定量的な観点から、合理的な答えを導き出すことです」と書かれており、その後に論理的に正しいかどうかを判断する問題が出題されている。数学の問題自体はそれほど難しくはないが、世の中の不条理について考えさせる問題で、まず数学の問題を出してくるところがおもしろい。数学の基礎を測るという目的もあるのだろうが、「定量的な観点から、合理的な答えを導き出す」には、教科の枠にとらわれない教科横断型の学びが大切であることを伝えている。

■これぞ「生きる力」を身に付ける教育のゴール

 次の問題は「あなたがこの世の中で不条理だと感じること」を15個、不条理の内容と理由をそれぞれ書くというものだった。Ⅰ問目の数学と打って変わって、自分の考えを記述する問題だ。課題ジャンルが「人間の習慣に関すること」「社会のしくみやルールに関すること」「人間と環境の関係に関すること」と3つ指定されてはいるものの、15個挙げるのはかなり大変だ。日ごろから世の中に関心を持っているかどうか、それについて自分で考え、自分なりの意見を論理的に伝えられるかどうかという、まさに文科省が新学習指導要領で提唱している「思考力」「判断力」「表現力」を求める問題と言えるだろう。

 そして最後に、自分が不条理と感じていることから3つを選び、その解決の方向性と方法をビジュアル入りで説明をするという問題が出た。問題の発見から解決まで、一連の流れを見ようとする入試で、これこそ、文科省が掲げた「生きる力」を身に付ける教育のゴールと言えるのではないだろうか。

 大学入試改革のスタート年である2020年度入試は、新型コロナウイルスによる世の中の混乱の陰に隠れ、それほど大きく話題にならなかった。しかし、ここまで説明した通り、共通テストにおいても、私立大学の入試においても、「確かに変化があった」のだ。この変化を軽く見るか。重く受け止め、従来の知識詰め込み型の勉強から未来につながる学びへと変えていけるか。21年からは中学校で、22年からは高校で新しい教育が始まり、一新された教科書で学んだ世代が初めて大学受験を迎える2024年、大変化の本当の姿が明らかになったときに、その力が試されることになる。

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石川 一郎(いしかわ・いちろう)

「聖ドミニコ学園」カリキュラム・マネージャー

「21世紀型教育機構」理事。かえつ有明中・高等学校校長を経て、「21世紀型教育」を研究、教師の研究組織「21世紀型教育を創る会」を立ち上げ幹事を務めた。著書に『2020年の大学入試問題』(講談社)、『いま知らないと後悔する2024年の大学入試改革』(青春出版社)など多数。

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最終更新:11/14(日) 12:16

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