全日中会長でもある宮澤一則校長の東京都板橋区立中台中学校(生徒482人)では、ユニークな校内研修で、教員が授業力を研さんできる環境を整えた。それが他教科の教員同士が協働し、1つの授業をつくりあげる「コラボ授業」だ。教科の垣根を超えた学びを実現するとともに、教員間のコミュニケーションにプラスの変化を与えているという。同校の研修を取材し、その狙いや可能性に迫った。
他教科の教員同士が“コラボ授業”
「技術科の学びを生かして、体育で使うロイター板を作れないかな」「理科の実験結果の考察を、英語でまとめてみるとどうなるだろう」――。放課後の体育館で、教員たちが集まり、前のめりになって語り合っている。
6月下旬、今年度3回目となる校内研修会が開催された中台中学校。同校が3年前から取り組んでいるのが、他教科の教員同士がタイアップし、1つの授業をつくりあげる「コラボ授業」というユニークな試みだ。
宮澤校長は「新しい学習指導要領では、教科のつながりを意識しながら、協働学習や主体的で対話的な深い学びを実現するよう記されている。まずはその学びをつくる教員自身が、教科のつながりを体感したり、主体的に学びを得たりする必要があると始めた」と、その狙いを話す。
全校一丸で取り組んだ前年度は、個性溢れるコラボ授業が数多く生まれた。
例えば社会科では、裁判員制度を取り上げ、数学科や国語科とコラボした学びを展開。まず社会科の授業で生徒は裁判員の役割を理解した上で、昔話をテーマにした模擬裁判を想定し、実際に判決文をまとめるワークに挑戦した。被害の大きさや犯行の残虐性を加味して、根拠を持って判決文を示す必要性を知った。
一方、数学科では、証明問題を取り上げ、根拠を整理して論理的に自分の考えを説明する手法について触れた。さらに順序立てて証明をしていくために、国語科の教員のアドバイスをもとに、活用できる接続詞の一覧を提示しながら授業を展開した。
社会科以外の他教科の学びを生かすことで、回を重ねるごとに、厚みのある判決文をまとめる生徒が増えていったという。
教科は理系と文系に分けて捉えてしまいがちだが、生徒は考え方や伝え方の面で両教科につながりがあることを発見し、学びを深めていった。
技術の授業でロイター板を作る?
この日の研修会は、コラボ授業の“アイデアの種”を見つける「個別相談会」を実施。
体育館に長机を並べ、教科ごとにブースを設置。教員らは興味のある教科や教員のブースを訪れアイデアを出し合ったり、自分のブースに立ち専門教科をアピールしたりと、教科を横断して学びのヒントを探る仕組みだ。
目当てのブースに直行して「こんな授業を考えているんです」と積極的にアピールする教員や、教科書を見せ合って「これからこの単元を扱うんですけど、英語科ではどうですか」などとミクロな視点で教科間のつながりを探る教員など、それぞれが思い思い自由に動き回り、あちこちで歓声や笑い声もあがった。
例えば体育科のブース。「ロイター板のような体育で使う器具を、授業で作ってみたいな」と、あっと驚くアイデアを口にする体育教員。すかさず、技術科の教員が「面白いですね」と反応し、「器具の仕組みやその狙いを考える授業なら、できるかもしれません。例えば『ハードルにクッション素材が使われているのは、足が当たった時に痛みを軽減させるため』というように振り返っていくと、生徒も興味がわくかもしれない」と提案。続いて社会科の教員も「器具だけではなくて、スポーツウェアをテーマにしてもいいですね。地理では、石油やレアメタルなどウェアの素材の産地や移り変わりについて触れます。それと絡めて、何かできませんかね」と、どんどんと発想が転換されていく。
家庭科のブースでは、英語科の教員が以前より温めていた企画を熱心にプレゼンしている。日本と海外の食の違いに触れる単元で家庭科とコラボし、「日本の伝統料理を海外で受け入れられるようアレンジする」というテーマの授業を企画しているようだ。家庭科の教員は「それ楽しそう」と身を乗り出し、教科書を広げて郷土料理の一覧を見せる。「例えば海藻やタコは食べない国が多いですよね」「もし“ずんだもち”を海外で人気料理にするならば、どうします」など、1人の教員の構想がどんどんと具現化していく様子が垣間見えた。
お互いの教科書を突き合わせて、真剣に議論しているブースもあった。数学科の教員と国語科の教員が、数学の文章問題の読み解き方について語り合っているのだ。「数学の問題を、国語的に読むと分かりづらくなってしまう。そんな生徒にはどうアプローチすればいいだろう」「数学は出てくる言葉を順番に抑えていくことがコツ。国語との違いを説明した方がいいかもしれない」と、教科のつながりがあるからこその課題について対話を深めていた。
職員室の会話がポジティブに
このコラボ授業を取り入れて、授業実践の他に変わったことがもう一つある。職員室での会話だ。
宮澤校長は「個別相談会で話したことがきっかけで、『先生の教科では最近何をしていますか?』『〇〇について、他教科の視点から考えるとどうでしょう?』など、ポジティブな会話が日常的に繰り広げられるようになった」と、職員室の変化を語る。
とはいえ最初から、ここまで風通しよく意見を交わし合える状態だったわけではない。多くの中学校で見られるように、教科や学年間で教員同士の壁を感じることもあったし、日々の業務に追われて職員室の会話もそう多くはなかった時代もあった。しかし少しずつ、着実に変化していったという。
25人ほどいる同校の教員は、平均年齢36歳と若手が目立つ。次いで多いのが、ベテラン勢。世代を超え、柔軟な交流を図ることも課題の一つだったという。
研究主任を務める木下千津子教諭は、コラボ授業は「必然的に教員の世代がシャッフルされて、日々の授業や学級活動では接点の少ない同僚のことを知れるチャンスになっている」と話す。「ベテランの先生とじっくり話してみると、特に若手の先生は、積み上げてきた経験や知識に刺激を受けるようだ。逆に若手の先生に、GIGA端末の活用についてアドバイスをもらえることもある。『続きは職員室で教えて』とその場限りではなく、明日からの授業でも生かせるつながりが生まれている」と、教員の士気の高まりを実感する。
今回取材した個別相談会は、教壇に立ち始めて3カ月ほどの初任教員も参加。最初は心もとない様子だったが、先輩教員に「この単元を、理科の観点から考えるとどうかな?」「理科で使う言葉を英語で表現するのは、どう思う?」と問い掛けられるごとに、少しずつ自分の授業観やアイデアを披露し始める姿が印象的だった。
その他にも、過去2年間コラボ授業を経験してきた体育科の教員のもとには、今年度異動してきた若手の教員が集結。「『先生も英語で授業してください』と言われて困ったよ」と冗談を交えながら、英語科とコラボした「日本語を使わないサッカー」の授業について課題点や生徒の様子などを振り返り、アドバイスを送っていた。
木下教諭は「従来の研修は、講師の先生や質問者が一方的に話す形式が多かった。全員の先生が何回も話して、主体的に参加していると感じられる研修になるよう心掛けている。コラボするためには、自分の教科に興味を持ってもらわなければならない。教員のプレゼン能力や、コミュニケーション能力も求められる。私自身も自分の教科について、担当教科以外の先生と語り合えて、思わぬ気付きを得ることもあった」と説明する。
まず教師が“教科のつながり”を体感する
コラボ授業は校内研修にとどまらない。昨年度以降、職員室の他愛ない雑談がきっかけで、あちこちの学級で日常的に開催されているのだ。宮澤校長は「来週は〇年でコラボ授業するんでしょ。楽しみだな」と連日、教員に声を掛け、授業実践について意見を交わし合っている。
この現状について「教科のつながりを意識してみると、とても面白いアイデアが生まれて、教員自身もどんどん夢中になるようだ。職員室で毎日、『次はどんなことやるの』とみんなに話し掛けているから、『そろそろ校長室に戻ってください』などと言われることもある。こうやって教員自身が考えて主体的にチャレンジできる雰囲気を、もっとつくっていきたい」と目を細める。
さらに「いつかこのコラボ授業に、地域の人や企業の人などもいれて、新たな角度から学びをつくっていきたい。今すぐには難しいが、将来的にコラボ授業をもとにカリキュラムを組み立てても、学びの可能性がどんどん広がるなと思いを巡らせている」と構想を明かした。
個別相談会の最後、宮澤校長は教員に向けて、「教科のつながりを、まずは私たち教師が意識して、生徒に伝えていきましょう。身の回りの現象を見ても、国語だけ、数学だけで解決できる問題はありません。いろいろな教科の学びが複雑に絡み合っています。私たちのこの試みは、生徒の生活や毎日に密接した、生かせる学びへのチャレンジです。今日のアイデアをぜひ明日からの職員室でも広げて、一歩先の教育を考えていきましょう」とメッセージを送った。
(板井海奈)
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